見つめていたい

稲葉真乎人

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02.久々の帰郷

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『山海や』の暖簾を仕舞い、下沢卓郎、峰子夫妻の心づくしの宴は始まった。
下宿時代の、六年間の懐かしい話で盛り上がり、間もなく零時になろうとしていた。
そろそろ終わろうというとき、優一が話していたとおり、峰子が秀一の離婚に触れる。少し酒も入っていたが真剣な顔だった。
「秀一さん、お母さんに言うといて、お嫁さん探しは心配いらへんから、下沢の小母ちゃんに任せるから言うといてな、心配してはるやろから」
「大丈夫ですよ、それに直ぐには結婚しません、こっちの仕事に慣れてからですよ」
「そんな、優一かて、今年の終わりには子供ができるんや、話しが合わしまへんえ、ぐずぐすせんと……、おんなのひとに懲りたんと違うんやろ?」
「そうですか、優ちゃんはお父さんになるんだ?、今日、何も話さなかったなぁ」
「まだ二か月やさかい、友美さんは優一に話してへんのや、早よう話すと優一は心配性やから?、友美さん、気ぃ遣こうて、優一が知ったら、店の手伝いをさせへんやろ言うてな」
「そうですか、優ちゃんに負けたな。でも小母さん、ありがたいですけど、嫁さんのことは気にしないでください、今度は慎重に探します、優ちゃんにも、今度は両親に会わせてから決めろと言われました」
「あの子は慎重派やから、と言うか、独り息子やから憶病なんや」
「そんなことはないですよ、憶病なら転職なんて簡単にできませんよ、それより明日から田舎に帰ってきますので、荷物は戻ってから解きますから、そのままにしておいてください」
「そうか、久しぶりなんやろ?」
「そうなんです、結婚式以来です、何となく帰り辛いんですけど、心配を掛けたままですから」
「そうですやろ、私らも離婚と聞いたときは心配やった、そやけど、元気そうやから安心しましたえ、この家も優一が出て行って、寂しゅうなってたさかい、丁度、良かった、ゆっくり嫁さんを探しまひょうな?」
卓郎が言った。
「だから、あんたが心配せんかてええ言うてはるやろ、秀一くん、気ぃにせんとな、六年も住んだ家や、自分の家や思てな……。秀一くんの結婚は楽しみにしとくさかいな」
「ありがとうございます、今度は六年も居させてもらうつもりはありませんから、でも、ここに住まわせて貰うと本当に助かります、最近の食生活はいい加減でしたから」
「そうやろな、まぁ、その点は心配せんかてええ、それに、店は遅ぉまでやってるさかい、帰りが遅ぉても気兼ねせんかてええから、風呂も先に使こうてええしな」
「はい、よろしくお願いします。小父さん、学生時代と違いますから、手伝うことがあれば何でも言って下さい」
峰子が言った。
「秀一さん、そないに気ぃを遣うことあらしまへんえ、この頃の管理職は大変なんやろ、うちでは気楽にしてたらええ、鬱病になんかにならんようにな?」
「いいのかなぁ、下宿人がこんなに親切にしてもらって」
「何を言うてますの、下宿人やあらへんえ、息子や思うてますがな、家賃は頂戴しますけど、ほんまはただでもええくらいなんえ、賑やこうなるから、喜んでますんや、なぁ、大将」
「そうや、優一も店を持ったさかいに、一緒には住まれへん言うしな、秀一くん、ほんまに気兼ねなんかせんときや」
「ありがとうございます」
「ほいで、明日は何時頃に出ていくんや?」
「はい、京都駅を一時前に出る『スーパーはくと』で帰りますから・・・」
「そうか、いつか、車内販売が無い言うてたなぁ、弁当を作ったげるさかい、持って行き」
「ほんとですか、助かります、小父さんの弁当は最高ですから、遠慮なく頂いて行きます」

ダンボール製の洋服ケースや、ガムテープで封がされたダンボール箱を部屋の隅に寄せ、何とか蒲団が敷けるスペースを作って横になった。
天井を見上げると見慣れた節があった、三個の節の中で一つだけ、節の抜け穴に和紙を固めて孔を塞いだのがある。
大学一年の時、寝ころんで軟式ボールを、天井に向けて投げ上げていて、力が入って天井にぶつけたときに節が抜け落ちたのを、自分で和紙を刻んで、糊で固めて詰め込んだものだ。変色して天井板の色に同化していた。
学生時代の六年間を過ごした部屋に居ることが不思議に思えた。
京都に戻り、懐かしい部屋に落ち着いて、初めて、東京での離婚に係わる煩雑な交渉事や、会社内の雑音から逃れられたたことを実感した。
旧姓に戻った内田聖子に未練はないが、中に立った野間夫妻のペースに流されて、結婚にまで行ってしまったことには後悔があった。
仕事に打ち込むあまり、積極的に女性と接触する機会を得ようとはしていなかった。
野間夫妻の熱心な仲介に対して、妻となる女性の理想像も、結婚生活についての考え方も定まらない情況で、流れに乗ってしまった。
決心も何もない、自分の結婚に対する考え方は何処にあったのかも思い出せない。
日常の仕事のスケジュールの合間に、結婚式が組み込まれて、一週間の休暇が決まっていた。
何もかもが、定められたままの予定に従って結婚した自分が情けなかった。
離婚して初めて、結婚を真剣に考え始めている自分に気づいた。
離婚届を出して三か月、関西への転勤は、遅ればせの傷心旅行のようにも取れる。
こみ上げてくる悔しさを、鼻で笑ってやり過ごすのが精一杯だった。

京都始発、倉吉行の特急は、新大阪駅と大阪駅で乗客を乗せると、途中の停車駅で乗降する客は少ない。
秀一は列車が大阪駅を過ぎて、乗客が席に落ち着いた頃を見計らい、卓郎が手渡してくれた折詰弁当を開く。
学生時代の優一との山歩きや、下沢の家族と行った、桜の花見や、秋の紅葉見物のことを思い出した。
坊主頭に、幅広に畳んだ日本手拭を巻き、いかつい感じで俎板の前に立っている卓郎からは想像できない繊細な調理で、綺麗な配色の折詰料理は、以前と変わらない京風の優しい味付けだった。
列車は上郡(かみごおり)駅から山陽本線を離れ、智頭急行線に入ると北上して中国山地に向かう。
車窓に見える山や畑、所々に見える古びた会社や商店の看板、閑散とした集落、山陽と山陰を結ぶ道路上には、都会の様な渋滞で車両が連なる光景は見えない。
前日の朝に東京を発ち、一晩過ぎただけで、都会の賑やかさが遠い記憶のように思われる。
ひとの気配が薄い分、桃か梅か桜なのか、ピンク色の花を付けた木々や、畑に無造作に植えられた、仏壇用の花々が目に留まる。
東京では感じることのなかった、故郷で過ごした日々のことが、細やかに記憶の中に蘇る。

家族と親友には、東京の結婚式で会って以来の再会になる。
離婚の経緯を訊かれることは覚悟しているが、気持ちは既に過去のこととして処理できていた。
早々と離婚することになった経緯を話したところで、誰にも生産的な影響をもたらすことはないと考えると、訊かれたくもなく、話したくもなかった。
結婚をいちばん喜んでくれた祖父母に会うのが億劫だった。
結婚式や披露宴の様子を撮ったDVDを送ってから、半年も経っていないのだ。
祖父の良作と祖母の文美は、映像の中の新婦と直接会うことはなくなった。
東京で結婚を決め、婚約者としての内田聖子は、秀一の実家を訪れることなく、東京で結納に代えて両方の両親と、仲介をした野間夫妻を加えて会食をした。次に、親同士が顔を合わせたのは結婚式当日だった。
家族に対して、聖子との結婚に関しては、全て秀一が決めて進めたことになっていた。離婚も同じだった。
離婚を決めてから、自分で野間夫妻を訪ね、事情を説明した後で、父親の浩作に電話で報告を入れた。
浩作が野間功治に電話をして、「顔を潰すことになって申し訳ない」と言うと、野間功治は憤慨することなく、「秀一くんに悪いことをしてしまった」と、恐縮した態度で答え、「仲人として至らなかった、申し訳ないことをした」と、謝り返した。
当時、野間功治が恐縮して、父の浩作に謝っていたと、秀一は母の美佐江からの電話で聞かされた。
野間夫妻に対しては、多少疎ましく思っていたが、それを聞いた時、全ては自分の軽率な行動に責任があったと痛感した。
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