シンジュウ

阿綱黒胡

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第1章

<50話>発生(side葉月 中編)

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『葉月、しっかりしろ!
呆けてる場合じゃ無いぞ!』

ピノのこの一喝で、
私は我に返りました。
「ねえ、ピノ!
一体何が起きてるの!?」
『知らないよ!
でも、ここにいるのは絶対にまずい!』

そんな話をしていた時、
「皆さん、落ち着いて!
今警察の方に連絡しました、
事態が把握できるまで、
絶対にこの場に待機していて下さい!」

見ると、スタッフのおじさんが、
メガホンを通して叫んでいます。

「ダメなんですよぉ・・・。」
涙で顔をグチャグチャにした隼人君が、
消えそうな声で訴えます。

でも、大人達の主張は、
まさに正論そのものです。
(一体、どうしたらいいの・・・。)

私が迷っていた時、
突如としてガサガサと音がしたと思った次の瞬間、
猛烈な勢いで飛び出してきた何かが、
私に抱きつきました。

思わず倒れそうになるのを
どうにか堪えて、見ると・・・。

「・・・みーちゃん!?
今までどこにいたの!?」
みーちゃんから返ってきたのは、
「あうあうあ、あうううう・・・。」
という、震えた声の、
言葉にもなっていない返事でした。

服の上からでも分かるくらい
尋常じゃないほどの
汗にまみれたその体を震わせて、
これ以上無いくらいに呼吸を荒げて、
真っ青の顔で、
必死に私に抱きついてきます。

こんなに怯えた
みーちゃんを見たのは初めてです。

周りを見ると、
みーちゃんと同じ班の他の人たちも、
同じように何かに怯えています。

「最上さん!?
一体何があったの!?」
みーちゃんの異変に気づいたタクミ君が
私の方に駆け寄ってきました。

「最上さん!?」
「タクミ君、
今は質問攻めにしちゃダメ!」

半ば怒鳴りつけるようにして
隼人君を黙られて、
私は震え続けるみーちゃんの頭を
ゆっくりと撫でながら、問います。

「みーちゃん、落ち着いて。
もう大丈夫だよ。
私がいる、タクミ君もいる。

だから、ゆっくり呼吸して?
ほら、大丈夫だよ、
もう大丈夫だから。」

私達の顔を見たからか、
みーちゃんの息は、
少しずつ落ち着いてきました。

私はできる限り優しく、
みーちゃんに問いかけます。
「何が、あったの?
何を、見たの?」

「・・・あ。」
みーちゃんの口から、
言葉が絞り出されました。

「み、みんなで、
チェックポイントを回ってて、
それで、それで、
第3チェックポイントに行った時、
何でか誰もいなくて、
それで、うううう、
場所間違えたのかなって言って
引き返そうとして、そしたら、
なんかブヨってした変なもの踏んで、
それでそれでそれでそれで・・・。」
「大丈夫?無理しなくていいよ。
もうやめる?」

流石にこれ以上は無理かもしれない。
私が話を切り上げようとした時、
不意にみーちゃんが、
さらに強く私を抱きしめました。
「ううん、話す、話すか、ら。」

私は少し戸惑ってから、微笑んで、
「・・・うん。」
と一言だけ返しました。

「それで、
その『ブヨブヨしたもの』って、
一体なんだったの?」
タクミ君が質問します。

「え、ええええとね、
踏んだ最初は、
なんか動物の死骸かなって思ったの。

でもね、違ったんだ。
それね、それね、


びっくり、したけど、
ううううう、その時は、
誰かのイタズラかなって思ったんだ。

でもね、でもね、その近くから、
なんか変な音も聞こえるの。

バリバリグチャグチャって。

なんだろうなって思ってさ、
覗いたらさ、いたんだよ。

が。
人間を食べてるの、口とか顔とか、
血で真っ赤にしながら食べてるの。

私、それ見て、喋れなくなっちゃって、
そしたら、私の横にいた子が、
悲鳴あげて、それでそれでそれで、
蛇がこっちに頭向けて、
あって思った瞬間にはもう、
もう何十っていうヘビに、
おっきい牙の生えた、
真っ赤な口に囲まれてて・・・。」

その言葉を聞いた瞬間、
私は殴られたような衝撃を受けました。

みーちゃんはまだ話を続けます。
「それでそれで、
もうダメだって思った時に、
女の子が1人、走ったんだ。


それで、それで、私達逃げられて。

でも、あの子は、あの子は。」
「わかった、みーちゃん。
ありがとう、もう大丈夫だからね。

タクミ君、ちょっとだけお願い!」

私はタクミ君にみーちゃんを任せると、
パニックの対応に追われる
スタッフ達に向かって
もうダッシュをしました。

何かはわからないけど、


ここにはいちゃダメだ、
ひょっとしたらみーちゃん達は、
後をつけられてるかもしれない。
いまこんなところを襲われたら、
間違いなく終わりだ。

『葉月!』
「うるさい!わかってる!」

誰かに伝えなくちゃ、行動しなくちゃ。

誰なら信じてくれる?
誰なら適切な行動を取れる?

私1人じゃダメだ、
影響力なんてほとんど無い。

・・・やっぱり
「本多さん!」

私はパニック鎮圧に奔走中の
本多さんの前に立ち塞がるようにして、
動きを止めました。

「邪魔だ!
変な用事じゃ無いだろうな!」
「この山の中に、
人を食べる怪物がいます!

そしてそいつはどんなに長くても、
多分あと10分くらいでここに来ます!

ここにいたらみんな殺されます!」.

私は、誰がどう聞いても馬鹿げたことを
怒鳴りつけるように言いました。

これで信じてくれる人は、
相当の狂人でしょう。

しかし、本多さんは、
目まぐるしく動く人々から、
切り離されたように
ピタリと動きを止めて、
「・・・北畠も、
おんなじようなこと言っていたな。

それ、本当に本当なのか?」
私は頷きました。

すると本多さんは、
無言で私の頭を掴むと、
おでことおでこをぶつける勢いで
顔同士を無理矢理近づけて、

「アタシの目を見て答えろ。
?」

私は、頷きました。

「・・・わかった。」

本多さんはそう一言だけ呟くと、
何故か広場の出口に駆けて行きました。

「おい、本多!
この忙しい時にどこ行く気だ!?」
武蔵さんの制止も聞かずに、
「ちょっと『確認』してくる!
すぐ戻るから、少しの間だけ頼む!」
本多さんは、
広場を出てしまいました。

すると突然、
大人のスタッフの指示が響きました。

「全員落ち着いて!
大丈夫です、なんてことありません。
まだ帰ってきていない人達が、
きっとイタズラしたんでしょう。

今から緊急会議を行いますから、
指示があるまでその場で待機を・・・。

うわっ!何をするんだ!」

マイクから妙な声が流れます。
見ると、
本多さんがスタッフのおじさんから、
マイクを取り上げていました。

「あいつ、戻ってきたのか。
本当に何がしたかったんだ・・・。」
武蔵さんが困惑したように呟きます。

次の瞬間、
本多さんが叫びました。

「全員、宿舎に戻れ!
今このキャンプは、
何者かにされてる!
ここにいたら命が危ねぇぞ!」

一瞬沈黙したあと、我に帰った大人達が
本多さんに詰め寄ります。
「何を言っているんだ君は!!
こんな非常事態に、証拠も無しに
そんな馬鹿げた事言うんじゃない!!

マイクを返しなさい!」
「証拠があるから言ってんだよ!!!」

本多さんは中学生とは思えない剣幕で
おじさんを一喝すると、
手に持った何かを投げつけました。

「一体何・・・うわぁぁぁぁ!!」
おじさんが悲鳴をあげます。
それもそのはず、
本多さんが投げたのは、
だったのです。

最近切られたものらしく、
まだ肉から血が滴っています。

「さっき探しにいったら、
山ん中に落ちてたんだ。」
「ふざけるな!
悪戯にも限度があるぞ!」

すると突然、本多さんは、
おじさんに掴みかかりました。
「これを悪戯だって思うのか!?

アタシ達より
何十年も長く生きてるくせに、
これだけ言ってもわかんねぇほど、
テメェらの頭はお花畑なのか!!

見ろよこの断面!
刃物で切ったにしちゃ汚すぎるし、
骨も妙な形でひしゃげてる、
それにこれ多分、だ!

わかるか?
これはんじゃない、
んだよ!

貪り食ったんなら
もっと肉片が散らばってるはずだけど
いくら探しても、
これしか見つからなかった。
多分たまたま、
この手だけはみ出てたんだろうな。

つまり、一口でパクリだ。

わかってんのか?
リスや小鳥の話じゃねえんだぞ?」
「何が言いたいんだ!」
「まだわかんねえのか!
その腐った耳かっぽじってよく聞け!

いいか、この山には今、
!!

そして、行方不明になった奴らは、


アタシのことを信じられない奴は、
もうそれで構わない!
好きにすりゃいい!

だけど信じられる奴、
死にたくなかったら、
全速力で宿舎まで逃げろ!

あそこには何も落ちてなかったから、
おそらくまだ来てない。
バリケードを作って、
籠城の準備をする時間くらいはある。

ここは風上だ、
食殺犯がの位置に気づくのも、
もう時間の問題だぞ!」
「ダメだ、ここにいなさい!」

2人の声が交差します。
みんなは決断を決めあぐねるように
沈黙を貫いています。

「信じられないならそうすればいい。
おまえら、行くぞ。」
超常現象研という
組織のメンバー達を連れて、
本多さんは
宿舎へと引き返して行きます。

「待ちなさい、君たち!
独断行動は許さないぞ!」
別の男性スタッフが
本多さんの前に立ち塞がりました。

本多さんはやおら鞄に手を突っ込むと、


なんの躊躇いも、無く。

「調理場から取ってきたんだ。」
本多さんはニコリと笑いました。

「どけよ。

アタシが守りたいのは、
アタシのことを信じてくれる奴だ。

そいつらを守るためなら、
アタシはなんだって捨てるぜ。

例え自分の命だろうが、
だろうが。

今アタシの邪魔をするってんなら、
死ぬ覚悟できてんだろうな?」

沈黙。

「・・・もういい。
好きにしなさい。」
おじさんは呆れ顔で道を開けました。

「ついて行きたい奴は好きにしろ!

こんなガキについていって、
どうなっても知らないけどな!」

その瞬間、

4分の1ほどの学生達が、
ゾロゾロとついて行きました。

おそらく、天原の人達でしょう。

「・・・どうしよう、斯波さん。」

私はピノを見ます。
震えた声で語りかけるタクミ君を、
私はじっと見つめてから、

「・・・私は、
あの人についていくよ。
みーちゃんを、
お布団で寝かせてあげたいし。

みーちゃん、歩ける?」

みーちゃんは弱々しくうなづきました。
「・・・わかった、タクミ君は?」

タクミ君は、少しだけ迷ってから、
「・・・俺も、行くよ。」

その一言ともに、
みーちゃんに肩を貸しました。

私はタクミ君に微笑んでから、
本多さんの列の最後尾につきました。

「・・・ねえ、ピノ。
これであってるかな?」
私はひっそりとピノに問いました。

ピノは私の方も見ずに、
『自分の命に関わる選択の正誤を
他人に問うのは馬鹿のすることだぜ?』
と言い放ちました。

私は黙りました。
『けどな葉月、一つだけ言えるのは。』
ピノが続けます。

『今この場で最も冷静なのは、
間違いなく本多って子だよ。』






















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