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第1章
<53話>あの子の名前(side葉月)
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時刻は午後5時前。
私達がこの宿舎にたてこもってから、
2時間ほど経ちました。
あの時以来、
攻撃されてはいないし、
雨で火も消えたのですが、
私達は未だ脱出に至っていません。
電話で救助を呼んで、
来てくれるという連絡が入ったのが、
つい1時間ほど前のこと。
「これから山に入ります!
あと30分くらいで着くから、
君達はそこに待機していなさい!」
そんな言葉を聞いて、
みんなが歓声を上げてから、
予告の2倍近くの時間が経ちましたが、
一行に救助隊は来てくれません。
雨のぬかるみのせいで、
進行が難航しているのか、
はたまた今は様子を見ているのか、
もしくは・・・。
考えるのやめとこ。
幸い食料は、
2日分くらいなら
キャンプで使うはずだったものがあり、
小さいながらも調理室もあって、
そこには水道も通っているため、
なんとか3日くらいなら
持ちそうなのですが、
それより問題は精神面です。
なにせこっちは、
全員未成年なのですから。
小学生の小さい子の中には、
既に泣き出している子もいますし、
中高生もかなり衰弱してきています。
さっき、あの木が触手を使って
ヘリを墜落させるところを見てから、
みんな完全に希望を失っています。
本多さんはというと、
さっきから仕切りに
誰かに電話しています。
「ああ、クッソ、やっぱ出ないか。
あっちもあっちで、
えらいことになってんだろうな。」
『これじゃ、明日まで
持つかどうか・・・。』
ピノがポツリと呟きます。
「本当にすみません。
僕達があの時勝っていれば、
こんなことには・・・。」
横にいる隼人君が、
うなだれたままでつぶやきます。
「仕方ないよ、
あんなの、規格外だもん。」
私は、外で見張るようにそびえ立つ
黒い大木を見ながら呟きました。
私の気持ちが沈んだのを読んだのか、
隼人君が妙に明るい声で、
「・・・そうだ!
さっきピノ・・・君?が、
言ってましたよね!!
アイツは昔、
『旅人』ってやつに倒されたって!
だったら今度も、
その人が助けに来てくれる
可能性も・・・。」
『極めて低いね。』
ピノは吐き捨てるように呟きました。
『『旅人』のシンジュウ体を見た奴は、
僕達含めて誰もいないんだ。
わかっているのは、
特別な憑依型であることと、
赤い髪をしていること、そして、
一度身を隠せば、
誰だろうと、どんな方法を用いようと、
絶対に探せないってことだけ。
まるでこの世界にいないみたいにね。
そしてもう1つ確かなのは、
かつて『捕食者』を倒した『旅人』は、
今は行方不明なんだ。
それ以外はわからない。
どんな奴なのかも、
どんな『加護』を使えるのかも。』
「・・・。」
再び、沈黙が訪れました。
そんな時、不意に誰かが、
私の肩を叩きました。
顔を上げると、そこには本多さん。
「高校生たちが、別室で
対策会議をやるらしい。
さっきの騒動で、
一番冷静に対応してただろ、アンタ。
ちょっと参加してもらえないか?
隼人、悪いが、
ちょっとあっちのチビ達の面倒、
見といてやってくれ。」
私達は、頷きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・というわけだ。
俺達は今、危機的状況に立たされてる。
幸いあれ以来、
アイツは攻撃してこない。
だが、外へ出るのは、
絶対に不可能だろう。
そこでだ、今決めるのは、
食糧の分配についてだ。
あ、申し遅れたが、
俺は須藤。
これからは俺が指揮をとるから、
よろしくな。」
リーダーらしき長髪の男子高校生は、
そう言いながら、
ホワイトボードをバン!と叩きます。
「みんな、意見を出してくれ。」
するといきなり、
本多さんが手を上げました。
「お、君か。
どうぞ、意見を言ってくれ。」
本多さんは須藤さんを
じっと見つめながら
「アタシが言いたいのは、1つです。
アンタは馬鹿なのか?」
一瞬沈黙、ですが次の瞬間、須藤さんは
「な、何だと!?」
と物凄い勢いで憤慨します。
本多さんはそれを呆れた目で見つめて、
話し始めました。
「第一次世界大戦の、
主な戦闘方法知ってるか?」
今度は須藤さんが、
呆れた顔をしました。
「お前、こんな状況で、
一体何を言ってんだ?
さっきはとっさに判断できたからって、
調子に乗るなよ。
言っとくが、
ここにいる高校生達のほとんどは、
俺の指示でついてきたんだからな。」
本多さんは、
「ま、そうなるか。」
と一言吐き捨ててから、
今度は私に向かって、
「知ってる?」と聞いてきました。
『こいつ、おかしいんじゃねえの?』
ピノも呆れていますが、
私はおどおどと答えます。
「ざ、塹壕戦、でしたっけ?」
「そう、正解。
あれって、塹壕っていう
バカ長い溝みたいなのを掘って、
その中で隠れながら戦ったんだよな。
何日も何日も、死の恐怖に耐えながら。
耐えきれなくなって発狂して、
塹壕から出て行って
蜂の巣にされたやつもいたらしいぜ。
似てるよなぁ、これ。
今の状況と。」
本多さんは、
死んだような笑みを浮かべながら、
淡々と言葉を吐き出します。
「わかってんのか?
大の大人でも、
恐怖でおかしくなるんだぜ?
ましてや、ここの最年長は18歳だ。
アタシ含めて、
精神的に完成してるやつなんて、
おそらく1人だっていないだろう。
実際、小さい子達の中には、
もう既に危ない子もいるし。
ここで耐える?
何日も何日も、救助隊が来るまで?
何人発狂するか、見ものだな。」
「じゃあ、どうするんだよ!?」
「それは・・・。」
本多さんが何か言いかけた時、
『イイネェ、イイネェ!
ミンナ怯エテルナァ。』
突如として、そんな声が響きました。
窓の外を見ると、
あの蛇の触手がいました。
発声源はこれのようです。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃぁぅぅ!!」
再び阿鼻叫喚となる会議室。
『・・・ゲス野郎。』
『久シブリダナァ、マセガキ。
オシメハトレタカ?』
『黙れ、この肥溜以下が。
あのジイさんにボコボコにされて
小便漏らして逃げてたあの時とは、
えらい違いだなぁ、ええ?おい?』
『口二気ヲツケタ方ガイイゼ。
テメェモ、ソノカワイイ宿リ主ガ、
ボリボリ貪ラレルトコナンテ、
ミタカネエダロ?』
『・・・。』
ピノが黙ります。
そして『捕食者』は、
私達の方に顔を向けると、
「アーアー、ソウ怯エルナヨ。
今回ハオマエラ二、
イイ話ヲ持ッテキタンダゼ?」
その光景を嘲笑うかのように、
話を進めます。
『俺達ノ要求ハ1ツダ。
斯波葉月ヲサシダセ。』
「え・・・!?」
驚愕の要求に、
私は思わず声が漏れます。
『俺達モ、財閥側モ、
今回ノ第一目的ハ、オ前ノ捕獲ダ。
オ前ガ俺達ト来ルノナラ、
ココ二イル全員ハ逃シテヤル。
欲ヲイエバ『騎士』モ欲シイガ、
アマリ食イスギルト、
コッチニモ負担ガカカルノデナ。
ソレニ、
アッチハ食ウノニ骨ガ折レル。
マア、片割レノ一部ヲ手二入レタラ、
今ハ充分ダロウ。
オマエ二関シテハ、
イキテツレテコイトノ命令ダ。
悪イ話デハナイト思ウガ?』
私は、沈黙します。
『おい、葉月、
まさか乗る気じゃねえだろうな!?
どうなるかわかんねえんだぞ!』
「わかってるよ!
でも・・・。」
もし要求を飲まなければ、
彼らは今からでも
最後の攻撃を開始するでしょう。
隼人君は今、『騎士』にはなれません。
あのカブトムシは、
治癒力を上げるために、
凛さんの方にいるのでしょう。
・・・一か、八か、やってみるか。
「わかりました、行きましょう。」
『イイ選択ダゼ。』
私は笑顔でそう言うと、
近くにあったリュックを背負い、
「ダメだ!行くな!」
と叫ぶ本多さんを横目に、
「ありがとうございました。」
と一言言ってから、窓を飛び降り、
ぬかるむ地面に着地しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『サアテ、行コウカ。
言ットクガ、
逃ゲヨウト思ッタッテムダダゼ。
オ前ノ身体能力強化ハ、
カナリ低イ方ダト聞イテイルカラナ。』
触手がそう呟いてくるのを、
私は鹿撃帽をかぶって、
微笑みで返します。
「へえ、なかなか調べてるんですね。
でも、1つだけ間違えてます。
別に、身体能力向上の倍率は、
シンジュウには個体差無いんですよ?」
『・・・ハ?』
呆けたように口を開ける触手。
「そもそもシンジュウが強化するのは、
体の組織なんです。
筋肉の伸縮性とか、
心臓の鼓動数とか、
脳の処理能力とかね。
身体能力強化は、
その強化された血管や心臓を使って、
血の流れを早くしてるだけ。
おねいちゃん達みたいな人と、
私みたいなのの違いは、
実はリミッターの上限なんですよ。」
『・・・何が言いたい?』
『・・・よせ、葉月、やめろ。
そんなことしたら君は!』
私は不適な笑みを浮かべて、
「つまり、私も、
おねいちゃんや義経君並みに
動けるんですよ!
体の負担を考え無ければね!」
瞬間、私は、
脱兎の如く山中へ駆け出しました。
『ハッ、馬鹿ダナァ。
ソンナコトヲシタラ、
周リヲ取リ囲ンデル触手ガ、
アノ施設ノ中ノ奴ラヲ、
貪リ喰ウダケダゼ?』
その言葉通り、森の中から、
十数の触手が現れます。
その時、私は、
隠し持っていた物の
スイッチを入れました。
すると触手達は、
施設に一瞥もくれることなく、
一斉に私達の方へ向かいます。
(・・・やっぱりね。)
『ナ、二!?
何故ダ、何故指示ヲ聞カナイ!?
・・・マサカ
、気付カレタノカ!?』
「『ご名答。』」
そもそも、疑問だったんです。
どうやってこの数を動かしてるのか。
あの木の中にいる本人が、
全部操作してる?
ありえません。
人間の処理能力の限度を
超越していますし、
第一、動きがあまりにも単純すぎます。
じゃあ、答えは一つ。
自分の意思で動かしているものは
ほんの一部で、
そのほとんどは、
命令を組み込んだ自動操縦なのです。
命令内容は、さしずめ
『半径〇m以内に入ったものを襲え』
とかそんなのでしょう。
次に、
『なんでみーちゃん達が
逃げられたのか』ということ。
みーちゃんは何十という数に囲まれた、
と言っていました。
その数が全部
走り出した凛さんを追うなんて、
なかなか考えられません。
距離はほぼ一緒ですから、
全員襲われるはずでしょう。
凛さんだけが優先された訳、
それは、
トランシーバーを持っていた
からです。
当然電源の入った電子機器からは、
電波が出続けていますから、
それを目印に攻撃してきたわけです。
自動操縦も、
これで無効化されます。
第1目的が私の捕獲なら、
私が逃げ続けている限り、
相手は宿舎はほっといて、
全力で追い続けるはずです。
そんなことしてたら、
逃げられるのは明白ですし、
私を取り逃せば、
取り返しがつきませんからね。
今の私は、
かなり人間離れした速度で
動いていますから、
余裕は一切ないでしょう。
事実、さっきから襲ってくる触手も、
私は全て回避に成功していますし、
一度追い抜けば、
一気に突き放せています。
ただ、オーバーヒート状態のこちらも、
同じくらい余裕はありませんが。
目から、鼻から、耳から、口から、
ありとあらゆるところから、
出血が始まっています。
目が霞む、音が聞こえなくなる。
ピシピシと葉っぱが当たる感覚も、
次第になくなってきていますし、
血の味も匂いも、
かろうじてしかわかりません。
『もうよせ、やめろ、やめてくれ!
本当に死んじまうぞ!』
「うるさい!!」
なんとなくしか聞こえない
ピノの懇願を、私は一蹴し、
赤黒く染まった歯を食いしばり、
目から出る血涙を、
感覚の乏しい腕で拭いながら、
身体を引きずるように走ります。
「・・・キャア!!」
突然私は、何かに躓いて倒れました。
私は霞む目をそれにむけて、
そして、
「・・・ーーーーッ!!」
小さく悲鳴を漏らしました。
私が躓いたのは、
血に染まった道に横たわる、死体。
そこはちょうど、
レクリエーションで使うはずの、
開けた山道でした。
そこに転がる、
小学生の、中学生の、大学生の、
大人の、救助隊の、死体。
血に染まり、顔は恐怖に歪み、食いちぎられた断面から赤い肉が見える、死体。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体
シタイシタイシタイシタイシタイシタイ
シタイシタイシタイシタイシタイシタイ
シタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイシタイ
精神にぶれが生じたことによって
憑依が解け、弾き出されたピノが、
『葉月!!』
雨に打たれながら過呼吸を起こす、
私の名前を呼びますが、
私はもう動くことができませんでした。
身体も、心も。
感情が、溢れ出す。
抑圧されていた、我慢していた、
悲しみが、絶望が、恐怖が。
痛いよ、怖いよ、死にたくないよ。
誰か、誰か。
鼻水と血と涙でグチャグチャの顔で、
朦朧とする意識の中で、私は、
必死に助けを求めて、呟く。
聞こえるわけもないのに。
私に、
生きる楽しみを教えてくれた人に。
「・・・助けて、叔父さん。」
罵れ続けていたわたしを、
好きだよ好きだよと、
言い続けてくれた人に。
「・・・助けて、おねいちゃん。」
そして、ああ、ああ、そうだ。
なんで、忘れてたんだろう。
小さい頃、いつも一緒にいて、
泣き虫で、ヘタレで、だけど、
誰よりも優しかった、あの男の子に。
怖い目にあったら、
自分も泣きそうになりながらも、
私の前に立ち塞がってくれた、
あの男の子に。
私の体の傷を、
唯一何も言わなかった、あの男の子に。
私が初めて好きになった男の子に。
あの子の、名前は、
「・・・助けて、アカ君。」
『見イツケタ♪』
私達がこの宿舎にたてこもってから、
2時間ほど経ちました。
あの時以来、
攻撃されてはいないし、
雨で火も消えたのですが、
私達は未だ脱出に至っていません。
電話で救助を呼んで、
来てくれるという連絡が入ったのが、
つい1時間ほど前のこと。
「これから山に入ります!
あと30分くらいで着くから、
君達はそこに待機していなさい!」
そんな言葉を聞いて、
みんなが歓声を上げてから、
予告の2倍近くの時間が経ちましたが、
一行に救助隊は来てくれません。
雨のぬかるみのせいで、
進行が難航しているのか、
はたまた今は様子を見ているのか、
もしくは・・・。
考えるのやめとこ。
幸い食料は、
2日分くらいなら
キャンプで使うはずだったものがあり、
小さいながらも調理室もあって、
そこには水道も通っているため、
なんとか3日くらいなら
持ちそうなのですが、
それより問題は精神面です。
なにせこっちは、
全員未成年なのですから。
小学生の小さい子の中には、
既に泣き出している子もいますし、
中高生もかなり衰弱してきています。
さっき、あの木が触手を使って
ヘリを墜落させるところを見てから、
みんな完全に希望を失っています。
本多さんはというと、
さっきから仕切りに
誰かに電話しています。
「ああ、クッソ、やっぱ出ないか。
あっちもあっちで、
えらいことになってんだろうな。」
『これじゃ、明日まで
持つかどうか・・・。』
ピノがポツリと呟きます。
「本当にすみません。
僕達があの時勝っていれば、
こんなことには・・・。」
横にいる隼人君が、
うなだれたままでつぶやきます。
「仕方ないよ、
あんなの、規格外だもん。」
私は、外で見張るようにそびえ立つ
黒い大木を見ながら呟きました。
私の気持ちが沈んだのを読んだのか、
隼人君が妙に明るい声で、
「・・・そうだ!
さっきピノ・・・君?が、
言ってましたよね!!
アイツは昔、
『旅人』ってやつに倒されたって!
だったら今度も、
その人が助けに来てくれる
可能性も・・・。」
『極めて低いね。』
ピノは吐き捨てるように呟きました。
『『旅人』のシンジュウ体を見た奴は、
僕達含めて誰もいないんだ。
わかっているのは、
特別な憑依型であることと、
赤い髪をしていること、そして、
一度身を隠せば、
誰だろうと、どんな方法を用いようと、
絶対に探せないってことだけ。
まるでこの世界にいないみたいにね。
そしてもう1つ確かなのは、
かつて『捕食者』を倒した『旅人』は、
今は行方不明なんだ。
それ以外はわからない。
どんな奴なのかも、
どんな『加護』を使えるのかも。』
「・・・。」
再び、沈黙が訪れました。
そんな時、不意に誰かが、
私の肩を叩きました。
顔を上げると、そこには本多さん。
「高校生たちが、別室で
対策会議をやるらしい。
さっきの騒動で、
一番冷静に対応してただろ、アンタ。
ちょっと参加してもらえないか?
隼人、悪いが、
ちょっとあっちのチビ達の面倒、
見といてやってくれ。」
私達は、頷きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・というわけだ。
俺達は今、危機的状況に立たされてる。
幸いあれ以来、
アイツは攻撃してこない。
だが、外へ出るのは、
絶対に不可能だろう。
そこでだ、今決めるのは、
食糧の分配についてだ。
あ、申し遅れたが、
俺は須藤。
これからは俺が指揮をとるから、
よろしくな。」
リーダーらしき長髪の男子高校生は、
そう言いながら、
ホワイトボードをバン!と叩きます。
「みんな、意見を出してくれ。」
するといきなり、
本多さんが手を上げました。
「お、君か。
どうぞ、意見を言ってくれ。」
本多さんは須藤さんを
じっと見つめながら
「アタシが言いたいのは、1つです。
アンタは馬鹿なのか?」
一瞬沈黙、ですが次の瞬間、須藤さんは
「な、何だと!?」
と物凄い勢いで憤慨します。
本多さんはそれを呆れた目で見つめて、
話し始めました。
「第一次世界大戦の、
主な戦闘方法知ってるか?」
今度は須藤さんが、
呆れた顔をしました。
「お前、こんな状況で、
一体何を言ってんだ?
さっきはとっさに判断できたからって、
調子に乗るなよ。
言っとくが、
ここにいる高校生達のほとんどは、
俺の指示でついてきたんだからな。」
本多さんは、
「ま、そうなるか。」
と一言吐き捨ててから、
今度は私に向かって、
「知ってる?」と聞いてきました。
『こいつ、おかしいんじゃねえの?』
ピノも呆れていますが、
私はおどおどと答えます。
「ざ、塹壕戦、でしたっけ?」
「そう、正解。
あれって、塹壕っていう
バカ長い溝みたいなのを掘って、
その中で隠れながら戦ったんだよな。
何日も何日も、死の恐怖に耐えながら。
耐えきれなくなって発狂して、
塹壕から出て行って
蜂の巣にされたやつもいたらしいぜ。
似てるよなぁ、これ。
今の状況と。」
本多さんは、
死んだような笑みを浮かべながら、
淡々と言葉を吐き出します。
「わかってんのか?
大の大人でも、
恐怖でおかしくなるんだぜ?
ましてや、ここの最年長は18歳だ。
アタシ含めて、
精神的に完成してるやつなんて、
おそらく1人だっていないだろう。
実際、小さい子達の中には、
もう既に危ない子もいるし。
ここで耐える?
何日も何日も、救助隊が来るまで?
何人発狂するか、見ものだな。」
「じゃあ、どうするんだよ!?」
「それは・・・。」
本多さんが何か言いかけた時、
『イイネェ、イイネェ!
ミンナ怯エテルナァ。』
突如として、そんな声が響きました。
窓の外を見ると、
あの蛇の触手がいました。
発声源はこれのようです。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃぁぅぅ!!」
再び阿鼻叫喚となる会議室。
『・・・ゲス野郎。』
『久シブリダナァ、マセガキ。
オシメハトレタカ?』
『黙れ、この肥溜以下が。
あのジイさんにボコボコにされて
小便漏らして逃げてたあの時とは、
えらい違いだなぁ、ええ?おい?』
『口二気ヲツケタ方ガイイゼ。
テメェモ、ソノカワイイ宿リ主ガ、
ボリボリ貪ラレルトコナンテ、
ミタカネエダロ?』
『・・・。』
ピノが黙ります。
そして『捕食者』は、
私達の方に顔を向けると、
「アーアー、ソウ怯エルナヨ。
今回ハオマエラ二、
イイ話ヲ持ッテキタンダゼ?」
その光景を嘲笑うかのように、
話を進めます。
『俺達ノ要求ハ1ツダ。
斯波葉月ヲサシダセ。』
「え・・・!?」
驚愕の要求に、
私は思わず声が漏れます。
『俺達モ、財閥側モ、
今回ノ第一目的ハ、オ前ノ捕獲ダ。
オ前ガ俺達ト来ルノナラ、
ココ二イル全員ハ逃シテヤル。
欲ヲイエバ『騎士』モ欲シイガ、
アマリ食イスギルト、
コッチニモ負担ガカカルノデナ。
ソレニ、
アッチハ食ウノニ骨ガ折レル。
マア、片割レノ一部ヲ手二入レタラ、
今ハ充分ダロウ。
オマエ二関シテハ、
イキテツレテコイトノ命令ダ。
悪イ話デハナイト思ウガ?』
私は、沈黙します。
『おい、葉月、
まさか乗る気じゃねえだろうな!?
どうなるかわかんねえんだぞ!』
「わかってるよ!
でも・・・。」
もし要求を飲まなければ、
彼らは今からでも
最後の攻撃を開始するでしょう。
隼人君は今、『騎士』にはなれません。
あのカブトムシは、
治癒力を上げるために、
凛さんの方にいるのでしょう。
・・・一か、八か、やってみるか。
「わかりました、行きましょう。」
『イイ選択ダゼ。』
私は笑顔でそう言うと、
近くにあったリュックを背負い、
「ダメだ!行くな!」
と叫ぶ本多さんを横目に、
「ありがとうございました。」
と一言言ってから、窓を飛び降り、
ぬかるむ地面に着地しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『サアテ、行コウカ。
言ットクガ、
逃ゲヨウト思ッタッテムダダゼ。
オ前ノ身体能力強化ハ、
カナリ低イ方ダト聞イテイルカラナ。』
触手がそう呟いてくるのを、
私は鹿撃帽をかぶって、
微笑みで返します。
「へえ、なかなか調べてるんですね。
でも、1つだけ間違えてます。
別に、身体能力向上の倍率は、
シンジュウには個体差無いんですよ?」
『・・・ハ?』
呆けたように口を開ける触手。
「そもそもシンジュウが強化するのは、
体の組織なんです。
筋肉の伸縮性とか、
心臓の鼓動数とか、
脳の処理能力とかね。
身体能力強化は、
その強化された血管や心臓を使って、
血の流れを早くしてるだけ。
おねいちゃん達みたいな人と、
私みたいなのの違いは、
実はリミッターの上限なんですよ。」
『・・・何が言いたい?』
『・・・よせ、葉月、やめろ。
そんなことしたら君は!』
私は不適な笑みを浮かべて、
「つまり、私も、
おねいちゃんや義経君並みに
動けるんですよ!
体の負担を考え無ければね!」
瞬間、私は、
脱兎の如く山中へ駆け出しました。
『ハッ、馬鹿ダナァ。
ソンナコトヲシタラ、
周リヲ取リ囲ンデル触手ガ、
アノ施設ノ中ノ奴ラヲ、
貪リ喰ウダケダゼ?』
その言葉通り、森の中から、
十数の触手が現れます。
その時、私は、
隠し持っていた物の
スイッチを入れました。
すると触手達は、
施設に一瞥もくれることなく、
一斉に私達の方へ向かいます。
(・・・やっぱりね。)
『ナ、二!?
何故ダ、何故指示ヲ聞カナイ!?
・・・マサカ
、気付カレタノカ!?』
「『ご名答。』」
そもそも、疑問だったんです。
どうやってこの数を動かしてるのか。
あの木の中にいる本人が、
全部操作してる?
ありえません。
人間の処理能力の限度を
超越していますし、
第一、動きがあまりにも単純すぎます。
じゃあ、答えは一つ。
自分の意思で動かしているものは
ほんの一部で、
そのほとんどは、
命令を組み込んだ自動操縦なのです。
命令内容は、さしずめ
『半径〇m以内に入ったものを襲え』
とかそんなのでしょう。
次に、
『なんでみーちゃん達が
逃げられたのか』ということ。
みーちゃんは何十という数に囲まれた、
と言っていました。
その数が全部
走り出した凛さんを追うなんて、
なかなか考えられません。
距離はほぼ一緒ですから、
全員襲われるはずでしょう。
凛さんだけが優先された訳、
それは、
トランシーバーを持っていた
からです。
当然電源の入った電子機器からは、
電波が出続けていますから、
それを目印に攻撃してきたわけです。
自動操縦も、
これで無効化されます。
第1目的が私の捕獲なら、
私が逃げ続けている限り、
相手は宿舎はほっといて、
全力で追い続けるはずです。
そんなことしてたら、
逃げられるのは明白ですし、
私を取り逃せば、
取り返しがつきませんからね。
今の私は、
かなり人間離れした速度で
動いていますから、
余裕は一切ないでしょう。
事実、さっきから襲ってくる触手も、
私は全て回避に成功していますし、
一度追い抜けば、
一気に突き放せています。
ただ、オーバーヒート状態のこちらも、
同じくらい余裕はありませんが。
目から、鼻から、耳から、口から、
ありとあらゆるところから、
出血が始まっています。
目が霞む、音が聞こえなくなる。
ピシピシと葉っぱが当たる感覚も、
次第になくなってきていますし、
血の味も匂いも、
かろうじてしかわかりません。
『もうよせ、やめろ、やめてくれ!
本当に死んじまうぞ!』
「うるさい!!」
なんとなくしか聞こえない
ピノの懇願を、私は一蹴し、
赤黒く染まった歯を食いしばり、
目から出る血涙を、
感覚の乏しい腕で拭いながら、
身体を引きずるように走ります。
「・・・キャア!!」
突然私は、何かに躓いて倒れました。
私は霞む目をそれにむけて、
そして、
「・・・ーーーーッ!!」
小さく悲鳴を漏らしました。
私が躓いたのは、
血に染まった道に横たわる、死体。
そこはちょうど、
レクリエーションで使うはずの、
開けた山道でした。
そこに転がる、
小学生の、中学生の、大学生の、
大人の、救助隊の、死体。
血に染まり、顔は恐怖に歪み、食いちぎられた断面から赤い肉が見える、死体。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体
シタイシタイシタイシタイシタイシタイ
シタイシタイシタイシタイシタイシタイ
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精神にぶれが生じたことによって
憑依が解け、弾き出されたピノが、
『葉月!!』
雨に打たれながら過呼吸を起こす、
私の名前を呼びますが、
私はもう動くことができませんでした。
身体も、心も。
感情が、溢れ出す。
抑圧されていた、我慢していた、
悲しみが、絶望が、恐怖が。
痛いよ、怖いよ、死にたくないよ。
誰か、誰か。
鼻水と血と涙でグチャグチャの顔で、
朦朧とする意識の中で、私は、
必死に助けを求めて、呟く。
聞こえるわけもないのに。
私に、
生きる楽しみを教えてくれた人に。
「・・・助けて、叔父さん。」
罵れ続けていたわたしを、
好きだよ好きだよと、
言い続けてくれた人に。
「・・・助けて、おねいちゃん。」
そして、ああ、ああ、そうだ。
なんで、忘れてたんだろう。
小さい頃、いつも一緒にいて、
泣き虫で、ヘタレで、だけど、
誰よりも優しかった、あの男の子に。
怖い目にあったら、
自分も泣きそうになりながらも、
私の前に立ち塞がってくれた、
あの男の子に。
私の体の傷を、
唯一何も言わなかった、あの男の子に。
私が初めて好きになった男の子に。
あの子の、名前は、
「・・・助けて、アカ君。」
『見イツケタ♪』
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