我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件【書籍化決定!】

木ノ花

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第二章

第65話 真珠の取引(日本)

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 フィーナさんとの会談の翌日は特に予定もなく、獣耳幼女たちとサリアさんのお世話をしながら楽しくも賑やかに過ごした。

 いつも通り明け方に起きて、しっかり朝食を取る。午前中にはネットで注文していた荷物がいくつか届き、中身のお披露目会で大いに盛り上がった。

 段ボールを開けて最初に出てきたのは、食料品類。異世界で大好評だった紅茶のティーバッグやチョコレートなんかのお菓子も多めに取り寄せたから、台所の棚が一気に充実した。また女神教の特使団のみなさんに、軽く差し入れでもしようかな。

 次に出てきたのは、四人分の縄跳び。使い方は言わずもがな。
 続いて俺が手に取ったのは、室内外で使用できるバランスストーン。

 これは『川の飛び石』をイメージした遊具だ。大きさや高さの異なるストーンを地面に置き、飛び移って遊ぶことでバランス感覚や運動能力を養える、と説明書きがあった。

 最後に梱包から姿を現したのは、トランポリンクッション。
 その名の通り、室内で手軽にジャンプ運動ができる。うちではルルがよく飛び跳ねているので、きっと気に入ってくれるだろう……と思ったのだが、予想以上だった。

 さっそくルルがポヨンポヨンとジャンプし始めると、すぐにエマやリリが乱入してきて取り合いの大騒ぎ。

 ひとまず順番で使うようルールを決めれば、仲良く尻尾を揺らして楽しそうに遊んでいた。人数分を買うか、ちゃんとしたトランポリンを取り寄せてもいいかもね。
 騒ぎが一段落したらお着替えして、庭で縄跳びなどを楽しんだ。

 みんな運動神経がとても良く、すぐに二重跳びまで習得してしまった。サリアさんは楽々十重跳びを成功させ、羨望を集めていた。調べたら、ギネス記録を軽々超えていた。

 夢中で遊ぶうちに、帽子やフードから獣耳がこんにちはしていたのは御愛嬌だ。我が家は山間の田舎に立地するため、庭であればそこまで人目に気を使う必要もないだろう。

 獣耳幼女たちは、晩秋の青空のもと明るい声を上げて芝生を転げ回っていた。
 廃聖堂で出会って以降、日を追って元気になっていく。最近はもう体力があり余っているようで、こちらとしても嬉しいかぎりだ。

 それからまた時間は過ぎていき、迎えた翌日の昼前。
 俺は車を走らせ、隣市にある古風な喫茶店へ赴いていた。

 年季の入った木製の扉を押し開けた途端、カランコロンと真鍮のドアベルが鳴る。
 ふわりと漂うコーヒーの香りを心地よく思いながら店内へ。ざっと見渡すと、ソファに座る客は二組。

 片方は、お年を召したご夫婦。
 であれば必然、俺が向かうべき席はもう片方に絞られる。

「失礼、老松さんでお間違いはないですか?」

「ええ、そうです。はじめまして、伊海さん」

 席に近づいて声をかけると、スーツ姿の中年男性が立ち上がって軽くお辞儀をしてくれた。次いで、一枚の名刺を差し出してくる。

 案の定、待ち合わせの約束をした人物で正解だった。
 この男性の名は、老松久蔵(おいまつ・きゅうぞう)さん。受け取った名刺には、『老松パーソナルエージェンシー株式会社』の代表取締役社長と役職の記載がある。

 見たところ年齢は四十代半ば。薄くなった頭髪、細く垂れ下がった目尻、痩せぎすの体躯……風貌としては、コンサルタントという職種の華やかなイメージとは似つかない。

 それでもセイちゃんが言うには、かなり敏腕らしい。
 人は見かけによらない、ってやつの典型かも。実際、俺の『上物の真珠を未加工で用意してもらいたい』なんて要望にもすぐ応えてくれた――そう。彼こそが、紹介してもらった例のコンサルタントである。

「すみません。今は名刺を切らしてまして」

「いえいえ、お構いなく。ご贔屓にしていただきたくて、こちらが勝手にお配りしているだけですから。伊海さん、どうぞ席へ。お飲み物はどうされますか?」

 手のひらで促され、俺はビジネスバッグを置きつつ対面のソファに腰を下ろす。
 目の前にメニュー表が置かれていたので、少し眺めて……お店の特製ブレンドコーヒーのホットを選ぶ。店員さんを呼ぶまでもなく、老松さんが先んじてオーダーしてくれた。

「本来なら伊海さんのご自宅までお届けするところを、お呼び立てして申し訳ないです」

「いえ、私もちょうどこちらの方へ出向く予定がありましたので。それに老松さんこそ、都内からわざわざご足労いただきありがとうございます」

「とんでもない。お呼びいただけるのでしたら、どこへでもお伺いしますよ。それにしても、最近はめっきり寒くなってきましたね。先日の休みに、一足早くコタツを出してしまいましたよ」

 わはは、と場を明るくするように笑う老松さん。
 まずは軽く雑談タイム。

 ブラックサラリーマンから足を洗ってしばらく。自分の営業トークに若干の錆付きを覚えつつも、和やかに受け答えしていく。幸い老松さんは口達者で、途切れずに話が弾む。

 ややあってご年配の店員さんが、二人分のコーヒーをテーブルに置いてくれた。多分、店主さんかな。

 わずかな間を置き、揃ってカップに口を付ける。
 相手から本題が切り出されたのは、その風味をたっぷり味わった数秒後。

「いやあ、とても美味しいコーヒーですね。ネットの高評価も頷ける。そうそう、高評価といえば……こちら、ぜひ御覧になってください。ご満足いただけそうな品質の真珠を揃えることができました」

 老松さんは、隣に置いてあったご自分の革の鞄をゴソゴソやり、中から細長いベロア調のケースを取り出す。

 続いて、パカリ。
 テーブルに置いたケースの正面をこちらへ向け、蓋を開く。

「これは、すごい……本当に素晴らしいですね」

 ふっくらした内張りには仕切りが設けられ、細かく区切られている。そして各スペースには、輝くような白さを纏う真珠が鎮座していた。

 都合、十粒。どれもつやっつやの大ぶりで……ぜんぜん興味のなかった俺でも、ため息がでるほどの美しさを湛えている。

「卸元も絶賛の品ですよ。こちらに鑑定書もありますので、よろしければ目をお通しください」

 老松さんが手渡してくれた台紙には、アコヤ真珠であること、サイズ、『巻き・照り・きず』などの各種評価、さらには特別呼称という欄に『花珠』と記載されていた。

 ちゃんとエンボス加工の偽造防止印もある。これなら、間違いなく本物と見ていいだろう。まずもって、偽物を掴ませるような人間をセイちゃんが紹介するはずがない。

「サイズはもちろん、品質に関しても問題ありません。私はまったくの素人ですが、どれも美しくて感動しました」

「そう言っていただけると、私も張り切ってご用意した甲斐があります。もし数が不足するようでしたら、またいつでもご連絡ください」

 まだいくらか在庫がありますので、と笑みを深める老松さん。
 フィーナさんたちにいったん確認してもらい、必要そうならまたお世話になりますね。

 この流れで、個人的に頼んでいた専用クロスと新しい保管箱も受け取った。これで祖母の真珠のネックレスも少しは長持ちするだろう。

 今度はこちらが差し出す番。俺はジャケットの内ポケットからまあまあな厚さの封筒を取り出す。中に収まっているのは、現金四十万円。

 言わずもがな、今回の取引の代金だ。銀行振込ではなく、現物との手渡しを相手が希望したので持参した。

「どうぞ、こちら代金です。ご査収ください」

「これはこれは、ワガママを言って申し訳ありません。ありがたく頂戴いたします」

 これで無事に取引終了。
 老松さんは、中身も確認せず封筒を鞄にしまった。さすが敏腕コンサルタント。微塵も顧客を疑う様子を見せないあたり、実に如才ない。

「急な依頼にもかかわらず、ここまで完璧に応えていただいて助かりました」

「こちらこそ、ご用命いただき感謝しています。他にも私でお役に立てそうなことがあれば、遠慮なくお声がけください。コンサルタントなどと名乗っておりますが、皆様のお力があればこその商売ですから」

 自嘲めかしながらも、老松さんはどのような仕事をしているか面白おかしく語ってくれた。

 その内容を要約すれば、セイちゃんのようなお金持ち相手の便利屋さん、といった印象である。事前に聞いていた通りだが、思ったよりも幅広い需要に対応しているようだ。

 もっとも彼の話は数分で締めくくられ、ごく自然に解散する方へと水を向けられた。

 本題を済ませたら速やかにお開きにするのが常らしい。顧客に多い富裕層の方々は時間にシビアなのだとか。先ほど飲みきったコーヒーの代金もご馳走してくれるという。

 いや、俺はどこにでもいる一般人なのだけど……まあ、次の予定もあるからいいけどね。

 受けとった品々を自分のビジネスバッグへ丁寧にしまい込み、「それでは」と別れの挨拶を口にする。

「老松さん。今日は、遠いところありがとうございました。本当に助かりました」

「いえいえ、こちらこそ。繰り返しになりますが、何かあればまたいつでもご連絡ください。きっとご期待に応えてみせますので」

 揃って腰を上げ、握手を交わす。
 それから俺は、再び別れの挨拶を告げて喫茶店をあとにした。

 少し歩き、ひとまずコインパーキングへ向かう。次の目的地は少し離れているため、また車で移動となる。
 そして、自分のSUVの運転席の扉を開けた途端――

「んぅっ! だっこ!」

「わあ、サクタローさんかえってきた!」

「ちゃんとまってたよ! おりこうさん?」

 ルル、エマ、リリ。シートに腰掛けたままの獣耳幼女たちが、一斉に弾むような声でお出迎えしてくれた。最後にサリアさんが、やはり座ったまま「全員いい子にしていたぞ!」と胸を張って報告してくれる。

 実は、みんなには車で留守番をお願いした。戻るまで短時間だし、窓も少し空けておいたので換気の心配もない。温かい服装に加えてブランケットを使用しており、寒さ対策も万全。飲み物も各自用意してある。もちろん擬態薬も服用済み。

 唯一の心配は、超人だけど普段ぐーたらなサリアさんがちゃんと監督してくれるか……だったけど、手抜かりなく役目をまっとうしてくれたようだ。
 それなら、こちらも彼女の要望に応えないとね。

「さあ、サクタロー殿。早くその『マルクナルド』とやらに向かおうじゃないか!」

「はいはい。すぐに着くから、もうちょっと待ってね」

 そう。俺たちはこのあと、近場にあるハンバーガーショップへ向かう。あのMのロゴマークでお馴染みの有名チェーン店だ。

 サリアさんに先日おねだりされ、連れて行くと約束した。テレビCMで見て、ずっと気になっていたらしい。それで今日、ちょうどいい機会だったから食べて帰る予定を立てた。

 獣耳幼女たちも、るんるんと楽しみにしている。
 俺もみんなと一緒に行けて、嬉しくて仕方がない。

 ファストフード自体も久々だし、Lサイズのポテトとチキンナゲットも頼んじゃおうかな。ソースは……どっちが好きかな? 聞かせてほしいな。

 とにかく、そろそろ向かいますか。ちょうどお腹もすいてきた頃合いだ。
 エマたちとサリアさんの頭をなでなでして、俺は運転席へ移動する。車をゆっくり前進させたら、安全運転に気を配りつつ目的地へ向かった。
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