幸せになっても良いですか? 

あさがお

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第二章

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 ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻




 約二週間ぶりのアラーム、制服、学校。
 
 
 7時35分。久しぶりに外に出ると、30度近くあった気温は下がり、頬を撫でる風に冷たさすら感じる。寒さに耐えるために背中を丸めていると、上着をかけてもらえた。

 「ありがとうございます、朔弥さん」
 
 朔弥さんは、お兄様の付き人だ。お兄様が「一番信頼している」と表現するほどの特別な人で、僕もすごくお世話になっている。腰まであるきれいな黒髪を風にながびかせながら、朔弥さんは言った。

 「本当に行くんだな」

 「はい。お願いします」

 僕がそうやって答えると、「はぁ」とあからさまにため息を付きながら車のドアを開けてくれた。
 朔弥さんが開けてくれたドアから車に乗り込む。あの事件以来、僕が外出する際は朔弥さんが送迎してくれることになった。ボディガードのようにずっと近くに置いておいてもいいとお兄様は言って下さったけれど、朔弥さんは別のお仕事もあって忙しいから、流石に遠慮して、送迎だけ。それでもすごくありがたいし、申し訳ない…。



 家から学校までの運転中、朔弥さんは言った。
 
 「俺は、凛も言っていたように、高校は変えるべきだと思っている。代わりはいくらでもあるからな」

 「……はい」

 「が、あれだけ説得されても辞めずにこうして登校するんだ、もう何も言わない。好きにすればいい」

 「……」

 

 学校が近づいてくる。
 『学校』に対して、恐怖がなくなることはない。今も動悸がするし、胃からなにかがせりあがってくるような感じがする。でも、今日はそれよりも大切なことがあるから…。

 「ここを曲がればすぐに高校だが、いいんだな」

 やめておくなら今だぞ、ということだと思う。けれど、僕は「いきます」と返事をした。車が校門を通って、駐車場にとまる。朔弥さんは車のドアを開けてくれた。

 「ありがとうございます」

 「帰り、必要なら呼べ」
 
 「はい、ありがとうございます。行ってきます」

 ヘッドフォンをつけて、車を降りた。


 

 久しぶりの学校。2週間じゃ何も変わらない。あっ、でも、草を刈ったのかな、好き放題に伸びていた雑草は綺麗サッパリなくなっていた。そんなどうでもいいことを考えながら靴を履き替えて、教室まで歩いていく。

 「……っ」

 人の視線が怖い。女の人二人が笑っている。もしかして、僕のことを笑っているのかもしれない。角にいるあの人たちは僕を見ながらヒソヒソ何かを話している。

 怖い。怖い…。

 できるだけ人を意識しないように下を向きながら歩いた。教室までそれほど距離がないはずなのに、凄く遠いような気がした。




 やっと、教室に着く。けれど、なかなか入ることができない。人が多くて怖いし、2週間も家にいたせいか、学校で自分がどのように振る舞っていたのか、どのように振る舞っていいのか忘れてしまった。勇気を出して一歩を踏み出そうとするけれど、体が固まって動かない。そんな僕をみんなが見ている、気がする。

 「……うっ……」

 前を見れないからわからない。ヘッドフォンをしているから聞こえない。けど、僕を見て、きっと、笑っている。
 教室も入れないカッコ悪いやつ、恥ずかしいやつだって。
 
 「う、うぅ……っ」

 やっぱり、僕なんかが来るべきじゃなかった。前と同じようになんて無理だったんだ。お兄様にも、朔弥さんにもそう言われたのに、なんで来れると思ってしまったんだろう。
 だめだ、自分の情けなさと恐怖に泣けてきた。でも、こうやって泣いていると、また笑われる。もっと笑われる。
 笑われて、殴られて、虐められる。


 あのとき、みたいに。


 「……!」

 ──あっは、おもしろぉ!

 ──いたそぉお!
 
 ──俺らに逆らうからこうなるんだよ?


 「あ、ぁ…あぁ…っ…」

 あのときの痛みが、トラウマが、蘇ってくる。必死に違うことを考えようとするけれど、トラウマが頭の中に膨れ上がっていく。
 無理矢理体を触られて、殴られて、笑われて、こじ開けられて……。

 「いやだ、…見ないで、触らないで……!」

 ──蓮見くん、恥ずかしいね?

 「やだあっ!」

 端に身を寄せて、できる限りの抵抗をする。

 ──なにそれ? 抵抗?

 ──よっわ! なんの意味もないよ!

 ──でもムカついたから4発なぐりまぁす♡

 でも、僕の抵抗なんて意味がない!

 「ひ…っ!」

 もう嫌だ!
 逃げたい!
 だれか、だれか助けて…!


 
 ぎゅっ



 「……っ、?」

 抵抗するための両手を握られる。
 抵抗の手段を封じられて、怖いはずなのに、不思議と恐怖はない。どころか、安心感さえ覚える。ずっと触れていたいって思う。なんでだろう、そう思いながら手を握り返すと、理由はすぐにわかった。

 大きくて、ゴツゴツしていて、厚みがあって、あったかい、男らしい手──何十回も握った、大好きな人の手の感触。

 会いたかった! 
 
 顔をあげるとそこには大好きな人がいた。

 
 
 「瑠威…!」


 「久しぶりだな、蓮見」


 大好きな人は、僕を見て優しく笑ってくれた。




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