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「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があれば 誰でもよかったんだよ。」
そう笑いながら知人たちと話している俺は、そんな言葉をいう資格もない愚か者。
「所詮 俺はスペアのスペア。
父上にすれば家の役に立つ相手と婚姻するのが、一番の親孝行なんだろうな。
まぁ、ここまで育ててくれた恩は、伯爵家との共同事業の成功で返せるさ。」
侯爵家三男の俺は、嫡男兄ほどの頭の良さもなく 次男兄ほどの剣の才もなく
何に置いても平凡。唯一の取柄は女受けするこの顔くらい。
今回の婚約だって、決して伯爵家から望まれたわけじゃない。
入婿次男の父が、私財をギリギリまでつぎ込んだ事業がどうにも上手くいかず
何とか援助と助力をしてもらうために、こんな出来損ないの俺を差し出した。
なんの価値もない俺を差し出したって、相手が喜ぶわけがない。
「お相手とはうまく付き合えそうなのか?」
「あぁ、可もなく不可もない容姿と頭の出来さ。
侯爵家に嫁入りは到底無理だろうが、たかだか伯爵家だ。
年1・2度父上のご機嫌伺に連れていくなら十分だよ。」
大嘘だ。彼女は富豪伯爵家の一人娘。蝶よ花よと育てられ、マナーも勉学も完璧。
不可しかない俺の相手になど絶対にならないはずだった女性だ。
「なかなか辛辣だなぁ。この前のデビュタントで見かけたけど可憐な子じゃないか。
それにまだ16だろ?」
「あぁ、5つも違うんだ。まだまだ子供だよ。
胸も尻も俺の好みには到底足りないね。」
「おいおい、それはいくらなんでも・・・」
「はは、誰が聞いてるわけじゃない。仲間内での戯言だ!」
彼女は女神のように美しい女性だ。お前らなんかに彼女の話などしてやるものか。
どこかで彼女を見かけても、俺の婚約者などと思われないように嘘を重ねる。
「成長しても、胸も尻もそのままだったらどうするんだ?離縁するのか?」
「おい、婚姻前から失礼な話題をだすなよ。」
「いいよいいよ、おまえはまじめだなぁ。
もし今のままの未成熟な体だったら、抱いてもつまらんだろうし愛人でも囲うさ。
侯爵家との事業で、伯爵家だってかなりの利があるんだ。
それくらいのお遊びはさせてもらうよ。文句は言わせんさ。」
彼女と婚姻できるなら、俺はどんな努力でもしよう。
血を吐くような努力だって厭わない。彼女以外の女など目にも入らない。
だが・・・
この婚約は、あくまでも仮の婚約だ。
彼女は、国一番の美しく優秀な男 第3王子に愛を乞われている。
しかし、聡明な彼女は家格と家督を考え 断りを入れている。
王家と伯爵家。確かに婚姻するとしたら、彼女は多大なる苦労をするだろう。
しかし、聡明で気品高く美しい彼女ならばきっと全貴族・全国民に認められ
立派な王族になれるはずだ。
それを確信してか、第3王子はいまだ彼女をあきらめてはいない。
先日も彼女に“ずっと待っている”と愛を乞うのを俺は陰で見ていた。
伯爵は、第3王子が他令嬢と婚約を決めたら 早々に俺との婚約を白紙に戻し
しっかりした男と彼女を縁組させるだろう。
浅慮な父は“仮婚約でも、お前の顔で彼女を惚れさせ本婚約にすればよい”
などとお花畑なことを言っているが、そんなことあるわけがない。
あの、聡明で気品高く美しい彼女は 俺のようなスペアのスペアで頭も能力も平凡で
女を引き寄せるくらいしか脳のないボンクラなどには、もったいなさすぎる。
第3王子のような顔も頭も品もよく、育ちも地位も一級品の男でなければ
彼女の隣になど立てはしない。
だから俺は、愚か者のまま彼女の前に立つ。
万が一にもこの顔に、彼女が好意を持たぬように。
報われない努力などして彼女の同情を買い、心を残さぬように。
俺の背後が映る窓に、彼女と真っ青な父、真っ赤な伯爵が見える。
皆こんな馬鹿な俺を見て、軽蔑し婚約を白紙にしてくれればいい。
貴女は あの第3王子の隣に立つのがふさわしい女性だ。
こんなスペアの言葉など耳に入れず、さっさと俺を捨ててくれ。
彼女は、俺の望み通りにこの愚か者との婚約を白紙にしてくれた。
父の手前、焦った演技をして第3王子に不敬を吐いて
二度と父が彼女との婚約を蒸し返さないように手を打った。
しかし、彼女は本当に女神だった。
婚約を白紙にされた俺の 行く末まで整えてくれていた。
共同事業は継続。俺には『名誉欲の強い父が満足できる隣国の王族との婚約』が
用意されていた。父は、富豪の貴族よりも名誉ある王族との婚約に有頂天で
俺の再教育に掛かり切り。事業を全て伯爵に丸投げした。
伯爵家は、第3王子が婿入りし将来は公爵家になるそうだ。
第3王子は共同事業にも積極的に関わられ、次々と功績をあげている。
侯爵家は、その成功に相乗りしている郭公だ。
嫡男兄は、父に“侯爵家の威厳にかかわるので、報酬を半分返還すべきだ”と
上申したが、父は当然の権利と全額受け取った。
嫡男兄は執務室から父を締め出し、領政に関わらせないようにした。
父が得た報酬も一切領内事業には使わず、堅実に領政を行っている。
次男兄は金に執着した父に反発し、家を出て辺境伯軍に入隊した。
本来であれば近衛も狙える力量の次男兄。しかし、その実力を認めたわけではなく
“家の名誉のために近衛になれ”と叱咤していた父に絶望したのだろう。
実力がなければ生きていけない辺境で、次男兄は今本当の意味で認められようと
頑張っている。
俺は2か月の再教育後、隣国に渡り婚約者となる第8皇女と面会した。
彼女は俺より5歳上の小柄でふっくらした女性だった。
会って早々彼女は
「あなた、婚約者は誰でもよいんですってね?ならば私でもよろしいですよね?」
とコロコロ笑いながら言った。
びっくりした。あの自分の吐いた最低な台詞を知られていたのにも冷汗をかいたが
それ以上に王族の彼女が、そんなろくでもない男に
自分にしておけなんて言ってくれるなど思ってもみなかった。
「私は、上に14人の兄姉がおります。下には4人の弟妹。この国の王は好色で
未だに愛妾を増やしておりますので、弟妹はもっと増えるでしょう。
下級メイドの母から生まれた私は、あまり美しくもなく品もありませんし
母の地位も後ろ盾もないので、今まで誰にも選ばれたことがございません。
もし、あなたが相手は誰でもいいのであれば、私を選んでくださいまし。
王族とは名ばかりの婚外子の様な私ですが、選んでくださるのならば
あなたを心の一番に据え、生涯尽くしてまいりましょう。
私の心があなたに届いたのならば、
あなたも私を心の一番に据えていただければ嬉しいですわ。」
彼女の王族とは思えないような言葉に、頬を殴られたような衝撃を受けた。
この国に来るまでは、
どうせスペアの俺は誰にも必要とはされない。
ならば適当な者同士、適当に婚姻すればいい。
公式時の体裁さえ整えれば、通常時など どうとでもなる。
王族として育った彼女だって、こんな俺などと婚姻したくなかっただろう。
もしかしたら愛人だっているかもしれない。もちろん居たってかまわない。
俺にもそれを許してくれれば文句などいうつもりもない。
そう思っていた。
しかし彼女は、選ばれたことがないから俺に選ばれたら生涯尽くすと言ってくれた。
こんな出来損ないで愚か者の俺を、心の一番にしてくれるといった。
訳もわからず、目から大量の水が溢れた。どうやら俺は泣いているらしい。
彼女は、ふんわりと俺の手を取り
「随分と目から汗をかいてらっしゃいますわ。遠路お疲れになったのでしょう。
どうぞ私の膝を使ってお休みください。落ち着いたらお茶にいたしましょう。」
と言ってくれ、ソファで膝枕をしてくれた。
膝枕なんて今まで何人もの女にしてもらったが、
こんなに温かくて落ち着く膝枕 今まで経験したことがなかった。
俺は、目から水を溢れさせながらいつしか眠っていた。
「婚約者様、そろそろお目覚めなさいませ。
温かいお茶と冷たいタオルをご用意しましょうね。」
そんな声で、目が覚めた。
彼女は優しく、俺の髪を撫でながら俺を寝かしつけてくれていた。
「ほら、目の周りが赤くなってますわ。明日は、第9・第10皇女との合同婚約式。
目元が腫れてはせっかくの美男子が勿体のうございます。
しっかり冷やして、明日はわが婚約者様が一番の美男と
国中の貴族に知らしめましょう。
みなきっと臍をかんで悔しがりますわ。」
楽しげな口調で、冗談を言う彼女がとても愛おしかった。
伯爵令嬢は神々しい天上の女神であったが、第8皇女は温かい地上の女神だ。
やさしい空気で周りを包み、皆に慈愛を与えてくれる。
俺は、また女神に出会ったんだ。
それから俺は、配偶者教育を真剣に受けつつ この国での人脈を広げるため
積極的に第8皇女を伴い社交界に出席した。
故郷の社交界での俺の扱いとは違い、みなが“端くれではあるが王族”と扱ってくれ
軽蔑のまなざしもスペアという蔑みの陰口も寄越さない。
俺は、秋波を送ってくる女たちを無視して婚約者の彼女だけエスコートした。
ダンスも“会談中”ということでほとんど踊らず、
ファーストダンスを婚約者と踊るだけ。彼女も俺だけとダンスをしてくれた。
配偶者教育が終わると、山間部の小さな王領を賜った。
特に目立った特産品もなく、繁華街もない静かな領だが 領民は皆温かく
俺のことを“領主様”と慕ってくれる。本当は第8皇女が領主で俺は配偶者なのだが
彼女は俺を“旦那様”と呼び、どんな時でも立ててくれた。
そんな彼女を見て、領民もみな俺を大事にしてくれた。
俺は、代替わりし侯爵になった嫡男兄に助力を求め、
寒い地方でもよく育つ作物や、雪に閉ざされた地方でもできる蚕産事業を行い
公爵伯爵家共同事業の間伐材を安く分けてもらい、領民に分け与えた。
その際、第3王子から黒炭白炭の作り方を伝授してもらい
寒い冬も心地よく過ごせるよう燃料改善し、
白炭の販売で得た収入で、領税も下げることができた。
第3王子は当時の愚か者の俺を蔑んだ目で見ない少ない一人だった。
「私も第3王子。スペアのスペアな立場は一緒だ。
だが、私には最愛の彼女がいる。彼女のためならどんな努力も苦労ではない。
第8皇女が君のその方だとよいね。」
そういってお忍びで 国を出る俺を見送ってくれた。
同じスペアのスペアとはいえ、努力を惜しまない彼と俺が同じであるわけがない。
それでも俺を見下さず、伯爵令嬢と共に俺の未来を示してくれた素晴らしい人だ。
俺は、彼らのおかげで自分の女神に出会えた。
スペアのスペアな俺と、誰にも選ばれなかった彼女。
これからもこの領地を領民を大切にし、彼女を心の一番にし、
一生懸命生きていこう。
「おはようございます。今日も昨日に増して美しいですね!旦那様。」
「おはよう。わが最愛。本日も俺は 世界一幸せですよ。」
終
そう笑いながら知人たちと話している俺は、そんな言葉をいう資格もない愚か者。
「所詮 俺はスペアのスペア。
父上にすれば家の役に立つ相手と婚姻するのが、一番の親孝行なんだろうな。
まぁ、ここまで育ててくれた恩は、伯爵家との共同事業の成功で返せるさ。」
侯爵家三男の俺は、嫡男兄ほどの頭の良さもなく 次男兄ほどの剣の才もなく
何に置いても平凡。唯一の取柄は女受けするこの顔くらい。
今回の婚約だって、決して伯爵家から望まれたわけじゃない。
入婿次男の父が、私財をギリギリまでつぎ込んだ事業がどうにも上手くいかず
何とか援助と助力をしてもらうために、こんな出来損ないの俺を差し出した。
なんの価値もない俺を差し出したって、相手が喜ぶわけがない。
「お相手とはうまく付き合えそうなのか?」
「あぁ、可もなく不可もない容姿と頭の出来さ。
侯爵家に嫁入りは到底無理だろうが、たかだか伯爵家だ。
年1・2度父上のご機嫌伺に連れていくなら十分だよ。」
大嘘だ。彼女は富豪伯爵家の一人娘。蝶よ花よと育てられ、マナーも勉学も完璧。
不可しかない俺の相手になど絶対にならないはずだった女性だ。
「なかなか辛辣だなぁ。この前のデビュタントで見かけたけど可憐な子じゃないか。
それにまだ16だろ?」
「あぁ、5つも違うんだ。まだまだ子供だよ。
胸も尻も俺の好みには到底足りないね。」
「おいおい、それはいくらなんでも・・・」
「はは、誰が聞いてるわけじゃない。仲間内での戯言だ!」
彼女は女神のように美しい女性だ。お前らなんかに彼女の話などしてやるものか。
どこかで彼女を見かけても、俺の婚約者などと思われないように嘘を重ねる。
「成長しても、胸も尻もそのままだったらどうするんだ?離縁するのか?」
「おい、婚姻前から失礼な話題をだすなよ。」
「いいよいいよ、おまえはまじめだなぁ。
もし今のままの未成熟な体だったら、抱いてもつまらんだろうし愛人でも囲うさ。
侯爵家との事業で、伯爵家だってかなりの利があるんだ。
それくらいのお遊びはさせてもらうよ。文句は言わせんさ。」
彼女と婚姻できるなら、俺はどんな努力でもしよう。
血を吐くような努力だって厭わない。彼女以外の女など目にも入らない。
だが・・・
この婚約は、あくまでも仮の婚約だ。
彼女は、国一番の美しく優秀な男 第3王子に愛を乞われている。
しかし、聡明な彼女は家格と家督を考え 断りを入れている。
王家と伯爵家。確かに婚姻するとしたら、彼女は多大なる苦労をするだろう。
しかし、聡明で気品高く美しい彼女ならばきっと全貴族・全国民に認められ
立派な王族になれるはずだ。
それを確信してか、第3王子はいまだ彼女をあきらめてはいない。
先日も彼女に“ずっと待っている”と愛を乞うのを俺は陰で見ていた。
伯爵は、第3王子が他令嬢と婚約を決めたら 早々に俺との婚約を白紙に戻し
しっかりした男と彼女を縁組させるだろう。
浅慮な父は“仮婚約でも、お前の顔で彼女を惚れさせ本婚約にすればよい”
などとお花畑なことを言っているが、そんなことあるわけがない。
あの、聡明で気品高く美しい彼女は 俺のようなスペアのスペアで頭も能力も平凡で
女を引き寄せるくらいしか脳のないボンクラなどには、もったいなさすぎる。
第3王子のような顔も頭も品もよく、育ちも地位も一級品の男でなければ
彼女の隣になど立てはしない。
だから俺は、愚か者のまま彼女の前に立つ。
万が一にもこの顔に、彼女が好意を持たぬように。
報われない努力などして彼女の同情を買い、心を残さぬように。
俺の背後が映る窓に、彼女と真っ青な父、真っ赤な伯爵が見える。
皆こんな馬鹿な俺を見て、軽蔑し婚約を白紙にしてくれればいい。
貴女は あの第3王子の隣に立つのがふさわしい女性だ。
こんなスペアの言葉など耳に入れず、さっさと俺を捨ててくれ。
彼女は、俺の望み通りにこの愚か者との婚約を白紙にしてくれた。
父の手前、焦った演技をして第3王子に不敬を吐いて
二度と父が彼女との婚約を蒸し返さないように手を打った。
しかし、彼女は本当に女神だった。
婚約を白紙にされた俺の 行く末まで整えてくれていた。
共同事業は継続。俺には『名誉欲の強い父が満足できる隣国の王族との婚約』が
用意されていた。父は、富豪の貴族よりも名誉ある王族との婚約に有頂天で
俺の再教育に掛かり切り。事業を全て伯爵に丸投げした。
伯爵家は、第3王子が婿入りし将来は公爵家になるそうだ。
第3王子は共同事業にも積極的に関わられ、次々と功績をあげている。
侯爵家は、その成功に相乗りしている郭公だ。
嫡男兄は、父に“侯爵家の威厳にかかわるので、報酬を半分返還すべきだ”と
上申したが、父は当然の権利と全額受け取った。
嫡男兄は執務室から父を締め出し、領政に関わらせないようにした。
父が得た報酬も一切領内事業には使わず、堅実に領政を行っている。
次男兄は金に執着した父に反発し、家を出て辺境伯軍に入隊した。
本来であれば近衛も狙える力量の次男兄。しかし、その実力を認めたわけではなく
“家の名誉のために近衛になれ”と叱咤していた父に絶望したのだろう。
実力がなければ生きていけない辺境で、次男兄は今本当の意味で認められようと
頑張っている。
俺は2か月の再教育後、隣国に渡り婚約者となる第8皇女と面会した。
彼女は俺より5歳上の小柄でふっくらした女性だった。
会って早々彼女は
「あなた、婚約者は誰でもよいんですってね?ならば私でもよろしいですよね?」
とコロコロ笑いながら言った。
びっくりした。あの自分の吐いた最低な台詞を知られていたのにも冷汗をかいたが
それ以上に王族の彼女が、そんなろくでもない男に
自分にしておけなんて言ってくれるなど思ってもみなかった。
「私は、上に14人の兄姉がおります。下には4人の弟妹。この国の王は好色で
未だに愛妾を増やしておりますので、弟妹はもっと増えるでしょう。
下級メイドの母から生まれた私は、あまり美しくもなく品もありませんし
母の地位も後ろ盾もないので、今まで誰にも選ばれたことがございません。
もし、あなたが相手は誰でもいいのであれば、私を選んでくださいまし。
王族とは名ばかりの婚外子の様な私ですが、選んでくださるのならば
あなたを心の一番に据え、生涯尽くしてまいりましょう。
私の心があなたに届いたのならば、
あなたも私を心の一番に据えていただければ嬉しいですわ。」
彼女の王族とは思えないような言葉に、頬を殴られたような衝撃を受けた。
この国に来るまでは、
どうせスペアの俺は誰にも必要とはされない。
ならば適当な者同士、適当に婚姻すればいい。
公式時の体裁さえ整えれば、通常時など どうとでもなる。
王族として育った彼女だって、こんな俺などと婚姻したくなかっただろう。
もしかしたら愛人だっているかもしれない。もちろん居たってかまわない。
俺にもそれを許してくれれば文句などいうつもりもない。
そう思っていた。
しかし彼女は、選ばれたことがないから俺に選ばれたら生涯尽くすと言ってくれた。
こんな出来損ないで愚か者の俺を、心の一番にしてくれるといった。
訳もわからず、目から大量の水が溢れた。どうやら俺は泣いているらしい。
彼女は、ふんわりと俺の手を取り
「随分と目から汗をかいてらっしゃいますわ。遠路お疲れになったのでしょう。
どうぞ私の膝を使ってお休みください。落ち着いたらお茶にいたしましょう。」
と言ってくれ、ソファで膝枕をしてくれた。
膝枕なんて今まで何人もの女にしてもらったが、
こんなに温かくて落ち着く膝枕 今まで経験したことがなかった。
俺は、目から水を溢れさせながらいつしか眠っていた。
「婚約者様、そろそろお目覚めなさいませ。
温かいお茶と冷たいタオルをご用意しましょうね。」
そんな声で、目が覚めた。
彼女は優しく、俺の髪を撫でながら俺を寝かしつけてくれていた。
「ほら、目の周りが赤くなってますわ。明日は、第9・第10皇女との合同婚約式。
目元が腫れてはせっかくの美男子が勿体のうございます。
しっかり冷やして、明日はわが婚約者様が一番の美男と
国中の貴族に知らしめましょう。
みなきっと臍をかんで悔しがりますわ。」
楽しげな口調で、冗談を言う彼女がとても愛おしかった。
伯爵令嬢は神々しい天上の女神であったが、第8皇女は温かい地上の女神だ。
やさしい空気で周りを包み、皆に慈愛を与えてくれる。
俺は、また女神に出会ったんだ。
それから俺は、配偶者教育を真剣に受けつつ この国での人脈を広げるため
積極的に第8皇女を伴い社交界に出席した。
故郷の社交界での俺の扱いとは違い、みなが“端くれではあるが王族”と扱ってくれ
軽蔑のまなざしもスペアという蔑みの陰口も寄越さない。
俺は、秋波を送ってくる女たちを無視して婚約者の彼女だけエスコートした。
ダンスも“会談中”ということでほとんど踊らず、
ファーストダンスを婚約者と踊るだけ。彼女も俺だけとダンスをしてくれた。
配偶者教育が終わると、山間部の小さな王領を賜った。
特に目立った特産品もなく、繁華街もない静かな領だが 領民は皆温かく
俺のことを“領主様”と慕ってくれる。本当は第8皇女が領主で俺は配偶者なのだが
彼女は俺を“旦那様”と呼び、どんな時でも立ててくれた。
そんな彼女を見て、領民もみな俺を大事にしてくれた。
俺は、代替わりし侯爵になった嫡男兄に助力を求め、
寒い地方でもよく育つ作物や、雪に閉ざされた地方でもできる蚕産事業を行い
公爵伯爵家共同事業の間伐材を安く分けてもらい、領民に分け与えた。
その際、第3王子から黒炭白炭の作り方を伝授してもらい
寒い冬も心地よく過ごせるよう燃料改善し、
白炭の販売で得た収入で、領税も下げることができた。
第3王子は当時の愚か者の俺を蔑んだ目で見ない少ない一人だった。
「私も第3王子。スペアのスペアな立場は一緒だ。
だが、私には最愛の彼女がいる。彼女のためならどんな努力も苦労ではない。
第8皇女が君のその方だとよいね。」
そういってお忍びで 国を出る俺を見送ってくれた。
同じスペアのスペアとはいえ、努力を惜しまない彼と俺が同じであるわけがない。
それでも俺を見下さず、伯爵令嬢と共に俺の未来を示してくれた素晴らしい人だ。
俺は、彼らのおかげで自分の女神に出会えた。
スペアのスペアな俺と、誰にも選ばれなかった彼女。
これからもこの領地を領民を大切にし、彼女を心の一番にし、
一生懸命生きていこう。
「おはようございます。今日も昨日に増して美しいですね!旦那様。」
「おはよう。わが最愛。本日も俺は 世界一幸せですよ。」
終
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