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第五十五話:死の海域へ
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翌朝、カイとリリアは、一人の若い漁師の協力を得て、小さな、しかし頑丈な漁船で『嘆きの海域』へと出発した。協力してくれたのは、港で唯一、二人の話を信じ、力を貸すことを申し出てくれた、勇気ある青年だった。
「英雄さんたちの頼みとあっちゃあ、断れねえよ。それに、俺も、じいちゃんが見たっていう、豊かな海をもう一度見てみてえんだ」
船が沖へ進むにつれて、空は鉛色の雲に覆われ、海の生き生きとした青色は、よどんだ灰色へと変わっていった。肌を刺すような冷たい風が吹き付け、船が不気味にきしむ。ここが、誰もが恐れる死の海域だ。
「カイ、どっちだ?」
「まっすぐです。ですが、海流が渦を巻いています。船が流されないように、注意してください!」
カイは船の舳先に立ち、目を閉じて海中の流れに意識を集中させる。彼のナビゲートだけが、この危険な海域を進む唯一の羅針盤だった。時折、船の真下を、巨大な影が通り過ぎていく。汚染された魔力によって、凶暴に、そして異形に姿を変えた海の魔物たちだ。それらが船を襲おうとするたびに、リリアが抜き放った剣から放たれる牽制の剣圧が、魔物たちを退けていく。
数時間後、カイが「ここです」と声を上げた。船の真下、深い海の底から、他の場所とは明らかに違う、清浄な、しかし弱々しい気配が感じられた。水底の社だ。
「よし、潜るわ」
リリアは、深く息を吸い込むと、躊躇なく海へと身を躍らせた。冷たい海水が、彼女の体を包む。水中では、視界も悪く、体の自由も効かない。だが、彼女は、カイの声だけを頼りに、深淵へと潜っていった。
『リリアさん、聞こえますか?』
カイの声が、直接、リリアの脳内に響く。彼が新たに得た力は、限定的ながら、精神感応のようなことも可能にしていた。
『聞こえるわ。続けて』
『右斜め下、三十メートル。岩陰に、社の一部が見えます。ですが、その手前に、強い魔力の反応があります。社の番人かもしれません』
カイの警告通り、岩陰からぬっと、巨大な海蛇のような魔物が姿を現した。その瞳は、憎しみの赤い光をたたえている。リリアは、水中という不利な状況にもかかわらず、剣を構えた。水の抵抗を利用し、体を回転させながら放つ、螺旋状の斬撃。銀色の軌跡が、暗い海中に一瞬の光を描き、海蛇の体を切り裂いた。
番人を退けたリリアは、ついに、苔むした社の鳥居へとたどり着く。その中央の祭壇に、ぼんやりと淡い光を放つ、美しい真珠が安置されていた。あれが、『人魚の涙』に違いない。リリアがそれに手を伸ばした瞬間、真珠はひときわ強い光を放ち、彼女の体を優しく包み込んだ。
水中で、大きく息を吸い込む。肺に流れ込んできたのは、海水ではなく、清らかな空気だった。
『カイ、手に入れたわ。これで、準備は整った』
リリアは、カイにそう伝えると、さらに深い、元凶が眠る海の底を見据えた。本当の戦いは、ここから始まる。
「英雄さんたちの頼みとあっちゃあ、断れねえよ。それに、俺も、じいちゃんが見たっていう、豊かな海をもう一度見てみてえんだ」
船が沖へ進むにつれて、空は鉛色の雲に覆われ、海の生き生きとした青色は、よどんだ灰色へと変わっていった。肌を刺すような冷たい風が吹き付け、船が不気味にきしむ。ここが、誰もが恐れる死の海域だ。
「カイ、どっちだ?」
「まっすぐです。ですが、海流が渦を巻いています。船が流されないように、注意してください!」
カイは船の舳先に立ち、目を閉じて海中の流れに意識を集中させる。彼のナビゲートだけが、この危険な海域を進む唯一の羅針盤だった。時折、船の真下を、巨大な影が通り過ぎていく。汚染された魔力によって、凶暴に、そして異形に姿を変えた海の魔物たちだ。それらが船を襲おうとするたびに、リリアが抜き放った剣から放たれる牽制の剣圧が、魔物たちを退けていく。
数時間後、カイが「ここです」と声を上げた。船の真下、深い海の底から、他の場所とは明らかに違う、清浄な、しかし弱々しい気配が感じられた。水底の社だ。
「よし、潜るわ」
リリアは、深く息を吸い込むと、躊躇なく海へと身を躍らせた。冷たい海水が、彼女の体を包む。水中では、視界も悪く、体の自由も効かない。だが、彼女は、カイの声だけを頼りに、深淵へと潜っていった。
『リリアさん、聞こえますか?』
カイの声が、直接、リリアの脳内に響く。彼が新たに得た力は、限定的ながら、精神感応のようなことも可能にしていた。
『聞こえるわ。続けて』
『右斜め下、三十メートル。岩陰に、社の一部が見えます。ですが、その手前に、強い魔力の反応があります。社の番人かもしれません』
カイの警告通り、岩陰からぬっと、巨大な海蛇のような魔物が姿を現した。その瞳は、憎しみの赤い光をたたえている。リリアは、水中という不利な状況にもかかわらず、剣を構えた。水の抵抗を利用し、体を回転させながら放つ、螺旋状の斬撃。銀色の軌跡が、暗い海中に一瞬の光を描き、海蛇の体を切り裂いた。
番人を退けたリリアは、ついに、苔むした社の鳥居へとたどり着く。その中央の祭壇に、ぼんやりと淡い光を放つ、美しい真珠が安置されていた。あれが、『人魚の涙』に違いない。リリアがそれに手を伸ばした瞬間、真珠はひときわ強い光を放ち、彼女の体を優しく包み込んだ。
水中で、大きく息を吸い込む。肺に流れ込んできたのは、海水ではなく、清らかな空気だった。
『カイ、手に入れたわ。これで、準備は整った』
リリアは、カイにそう伝えると、さらに深い、元凶が眠る海の底を見据えた。本当の戦いは、ここから始まる。
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