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第三十五話 リザードマンの過去と燻製肉
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陽だまり亭の常連の中でもリザードマンは最も謎の多い存在だった。
彼はほとんど言葉を発さずいつもカウンターの隅で静かに食事をしては音もなく去っていく。彼がどこから来てどこへ帰っていくのか湊もハナさんも知らない。
ただ時々彼が置き土産として置いていく極上の川魚や珍しい岩塩は、この店の貴重な食材となっていた。
そんなある雨の日。
その日の陽だまり亭は珍しく客もまばらで静かな時間が流れていた。
リザードマンはいつものようにカウンターの隅に座り湊が作った魚のグリルを黙々と食べていた。
その時厨房で薪がぱちんと一際大きな音を立てて爆ぜた。
その音にリザードマンの肩がびくりと大きく震えた。彼の琥珀色の瞳に一瞬怯えのような色が浮かんだのを湊は見逃さなかった。
湊は彼に何か特別な過去があるのではないかと感じていた。
その日の夜客が誰もいなくなった店で湊はハナさんにそのことを尋ねてみた。
「ハナさん。リザードマンの彼……何か知っているんですか?」
ハナさんは少し悲しそうな顔で遠くを見つめるとゆっくりと語り始めた。
彼の一族はかつてこの森の川の上流に大きな集落を作って暮らしていたという。
しかし数年前火山の噴火が起こり集落は火砕流に飲み込まれてしまった。
彼は奇跡的に生き残ったが家族も仲間も全てを失ってしまったのだと。
彼が火や大きな音を極端に恐れるのはその時の辛い記憶が理由だった。
そして彼が陽だまり亭に通うのは湊の作る温かい料理が、失われた家族との食卓を思い出させるからなのかもしれない。
湊は言葉を失った。
自分は彼のそんな深い悲しみに全く気づいてやれなかった。
何かしてあげられないか。
湊は厨房に立つと一つの料理を思いついた。それは「燻製」だ。
火を直接使わずに煙で食材をじっくりといぶす調理法。これなら彼を怖がらせずに美味しいものが作れるかもしれない。
湊はリザードマンが持ってきてくれた岩トツゲの肉を厚切りにし、太陽の塩とハーブをたっぷりと擦り込む。
そして店の裏に即席の燻製小屋を作った。密閉できる木の箱に煙を送り込む簡単な装置だ。
煙を出すチップには森で採れる香りの良い桜に似た木のチップを使った。
肉を小屋の中に吊るし下からゆっくりと煙を送り込む。
何時間も何時間も低温でじっくりといぶしていく。
やがて肉は美しい飴色に染まり表面には艶やかな光沢が浮かび上がった。
スモーキーで芳醇な香りが食欲をそそる。
ナイフを入れると中はしっとりとしたロゼ色。完璧な燻製肉の完成だ。
翌日店にやってきたリザードマンの前に湊はその自家製燻製肉を薄切りにして差し出した。
リザードマンは訝しげにそれを見つめていたがやがて一切れつまんで口に運んだ。
その瞬間彼の琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
口の中に広がる豊かな燻製の香り。噛むほどに溢れ出す肉の凝縮された旨味。
それは彼が今まで食べたことのない力強くそしてどこか懐かしい味わいだった。
彼は何も言わない。
しかしその食べ進めるスプーンの動きがいつもより少しだけ優しく穏やかに見えた。
食べ終えた後彼はカウンターの上に一枚の美しい緑色の鱗を置いた。
そして去り際に初めて湊の方をまっすぐに見つめ、こくりと深く頷いた。
それはどんな言葉よりも雄弁な感謝の証だった。
火は時として全てを奪い去る。
しかしその同じ火から生まれる煙は悲しみを優しく包み込み、新たな希望の味を生み出すこともできるのだ。
湊はまた一つ料理の持つ不思議な力を知った気がした。
彼はほとんど言葉を発さずいつもカウンターの隅で静かに食事をしては音もなく去っていく。彼がどこから来てどこへ帰っていくのか湊もハナさんも知らない。
ただ時々彼が置き土産として置いていく極上の川魚や珍しい岩塩は、この店の貴重な食材となっていた。
そんなある雨の日。
その日の陽だまり亭は珍しく客もまばらで静かな時間が流れていた。
リザードマンはいつものようにカウンターの隅に座り湊が作った魚のグリルを黙々と食べていた。
その時厨房で薪がぱちんと一際大きな音を立てて爆ぜた。
その音にリザードマンの肩がびくりと大きく震えた。彼の琥珀色の瞳に一瞬怯えのような色が浮かんだのを湊は見逃さなかった。
湊は彼に何か特別な過去があるのではないかと感じていた。
その日の夜客が誰もいなくなった店で湊はハナさんにそのことを尋ねてみた。
「ハナさん。リザードマンの彼……何か知っているんですか?」
ハナさんは少し悲しそうな顔で遠くを見つめるとゆっくりと語り始めた。
彼の一族はかつてこの森の川の上流に大きな集落を作って暮らしていたという。
しかし数年前火山の噴火が起こり集落は火砕流に飲み込まれてしまった。
彼は奇跡的に生き残ったが家族も仲間も全てを失ってしまったのだと。
彼が火や大きな音を極端に恐れるのはその時の辛い記憶が理由だった。
そして彼が陽だまり亭に通うのは湊の作る温かい料理が、失われた家族との食卓を思い出させるからなのかもしれない。
湊は言葉を失った。
自分は彼のそんな深い悲しみに全く気づいてやれなかった。
何かしてあげられないか。
湊は厨房に立つと一つの料理を思いついた。それは「燻製」だ。
火を直接使わずに煙で食材をじっくりといぶす調理法。これなら彼を怖がらせずに美味しいものが作れるかもしれない。
湊はリザードマンが持ってきてくれた岩トツゲの肉を厚切りにし、太陽の塩とハーブをたっぷりと擦り込む。
そして店の裏に即席の燻製小屋を作った。密閉できる木の箱に煙を送り込む簡単な装置だ。
煙を出すチップには森で採れる香りの良い桜に似た木のチップを使った。
肉を小屋の中に吊るし下からゆっくりと煙を送り込む。
何時間も何時間も低温でじっくりといぶしていく。
やがて肉は美しい飴色に染まり表面には艶やかな光沢が浮かび上がった。
スモーキーで芳醇な香りが食欲をそそる。
ナイフを入れると中はしっとりとしたロゼ色。完璧な燻製肉の完成だ。
翌日店にやってきたリザードマンの前に湊はその自家製燻製肉を薄切りにして差し出した。
リザードマンは訝しげにそれを見つめていたがやがて一切れつまんで口に運んだ。
その瞬間彼の琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
口の中に広がる豊かな燻製の香り。噛むほどに溢れ出す肉の凝縮された旨味。
それは彼が今まで食べたことのない力強くそしてどこか懐かしい味わいだった。
彼は何も言わない。
しかしその食べ進めるスプーンの動きがいつもより少しだけ優しく穏やかに見えた。
食べ終えた後彼はカウンターの上に一枚の美しい緑色の鱗を置いた。
そして去り際に初めて湊の方をまっすぐに見つめ、こくりと深く頷いた。
それはどんな言葉よりも雄弁な感謝の証だった。
火は時として全てを奪い去る。
しかしその同じ火から生まれる煙は悲しみを優しく包み込み、新たな希望の味を生み出すこともできるのだ。
湊はまた一つ料理の持つ不思議な力を知った気がした。
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