54 / 101
第五十四話 王女の秘密のクッキング
しおりを挟む
湊が厨房での人間関係に悩んでいた頃、彼を元気づけるもう一つの出来事が起こっていた。
ソフィア王女がこっそりと厨房を訪ねてくるようになったのだ。
「ミナト! わたくしにもお料理を教えてくださいな!」
彼女はキラキラした目で湊にねだった。
城の堅苦しい作法や勉強に飽き飽きしていた王女にとって、自由に何かを作り出す料理の世界はとても魅力的に映ったのだ。
もちろん王女が厨房に入ることなど前代未聞だ。ギデオンや侍女たちは真っ青になって止めたがソフィアは全く聞く耳を持たない。
「いいでしょう? ね? お願い!」
その愛らしいおねだりの前に誰もが根負けしてしまった。
こうして王女の秘密のクッキング教室が始まった。
ただし周りにバレないよう皆が引き払った夜の厨房でこっそりと行われる。月明かりだけが差し込む静かな厨房は、二人だけの秘密基地のようだった。
湊が最初に彼女に教えることにしたのはパンケーキだった。ハーピィのレト親子を笑顔にしたあの空色のパンケーキだ。
「まずは卵を割るところからですよ、王女様」
「えー! 卵なんて触ったことないわ!」
ソフィアはきゃあきゃあ言いながらおそるおそる卵を手に取る。
力の加減が分からずぐしゃりと握り潰してしまい、上等なシルクのドレスは卵だらけ。
小麦粉をふるえば顔中真っ白になり、くしゃみを連発。
ムーの乳をこぼし床はびしょ濡れ。
整然としていた王宮の厨房はあっという間に大惨事となった。
しかしソフィアは心の底から楽しそうだった。その笑い声が静かな厨房に響き渡る。
生まれて初めて自分の手で何かを作り出す喜び。それは彼女にとってどんな宝石よりも価値のある経験だった。
湊も彼女の無邪気な笑顔につきあううちに、いつしか自分も厨房での嫌な出来事を忘れ、純粋に料理を楽しんでいた。
悪戦苦闘の末ようやくパンケーキが焼き上がった。
形はいびつで少し焦げている。お世辞にも上手とは言えない。
しかしそれはソフィアが生まれて初めて自分の力で作り上げた料理だった。
彼女は誇らしげな顔でその不格好なパンケーキを一口食べた。
「……美味しい!」
その瞳はどんな星よりも輝いていた。自分で作ったという達成感が、最高のスパイスになったのだ。
「ありがとうミナト! お料理って本当に楽しいのね!」
ソフィアは湊に満面の笑みを向けた。
その笑顔に湊は救われた。
誰かのために料理を作る。そしてその料理を食べた人が笑顔になる。
それこそが料理人としての最高の喜びであり原点なのだ。
彼は大切なことをこの小さな王女に改めて教えられた気がした。
しかしこの秘密のクッキング教室が新たな火種となることを二人はまだ知らなかった。
壁の向こう側で一つの影がその光景をじっと見つめていた。
それは副料理長マルセルの放った間者だった。
彼は王女と得体の知れない料理人の密会を、格好のスキャンダルとして利用しようとほくそ笑んでいた。
ソフィア王女がこっそりと厨房を訪ねてくるようになったのだ。
「ミナト! わたくしにもお料理を教えてくださいな!」
彼女はキラキラした目で湊にねだった。
城の堅苦しい作法や勉強に飽き飽きしていた王女にとって、自由に何かを作り出す料理の世界はとても魅力的に映ったのだ。
もちろん王女が厨房に入ることなど前代未聞だ。ギデオンや侍女たちは真っ青になって止めたがソフィアは全く聞く耳を持たない。
「いいでしょう? ね? お願い!」
その愛らしいおねだりの前に誰もが根負けしてしまった。
こうして王女の秘密のクッキング教室が始まった。
ただし周りにバレないよう皆が引き払った夜の厨房でこっそりと行われる。月明かりだけが差し込む静かな厨房は、二人だけの秘密基地のようだった。
湊が最初に彼女に教えることにしたのはパンケーキだった。ハーピィのレト親子を笑顔にしたあの空色のパンケーキだ。
「まずは卵を割るところからですよ、王女様」
「えー! 卵なんて触ったことないわ!」
ソフィアはきゃあきゃあ言いながらおそるおそる卵を手に取る。
力の加減が分からずぐしゃりと握り潰してしまい、上等なシルクのドレスは卵だらけ。
小麦粉をふるえば顔中真っ白になり、くしゃみを連発。
ムーの乳をこぼし床はびしょ濡れ。
整然としていた王宮の厨房はあっという間に大惨事となった。
しかしソフィアは心の底から楽しそうだった。その笑い声が静かな厨房に響き渡る。
生まれて初めて自分の手で何かを作り出す喜び。それは彼女にとってどんな宝石よりも価値のある経験だった。
湊も彼女の無邪気な笑顔につきあううちに、いつしか自分も厨房での嫌な出来事を忘れ、純粋に料理を楽しんでいた。
悪戦苦闘の末ようやくパンケーキが焼き上がった。
形はいびつで少し焦げている。お世辞にも上手とは言えない。
しかしそれはソフィアが生まれて初めて自分の力で作り上げた料理だった。
彼女は誇らしげな顔でその不格好なパンケーキを一口食べた。
「……美味しい!」
その瞳はどんな星よりも輝いていた。自分で作ったという達成感が、最高のスパイスになったのだ。
「ありがとうミナト! お料理って本当に楽しいのね!」
ソフィアは湊に満面の笑みを向けた。
その笑顔に湊は救われた。
誰かのために料理を作る。そしてその料理を食べた人が笑顔になる。
それこそが料理人としての最高の喜びであり原点なのだ。
彼は大切なことをこの小さな王女に改めて教えられた気がした。
しかしこの秘密のクッキング教室が新たな火種となることを二人はまだ知らなかった。
壁の向こう側で一つの影がその光景をじっと見つめていた。
それは副料理長マルセルの放った間者だった。
彼は王女と得体の知れない料理人の密会を、格好のスキャンダルとして利用しようとほくそ笑んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる