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第五十九話 究極の一杯、命のスープ
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湊に与えられたのは王宮の厨房ではなく、法廷の隅に設けられた質素な調理台と最小限の調理器具だけだった。
食材も限られている。水、塩、そして一袋の乾燥した豆。
こんなもので一体何が作れるというのか。誰もがそう思った。
しかし湊の心は不思議と穏やかだった。
彼は全ての雑念を払い、ただ目の前の食材と向き合った。まるで森の静寂の中で木々と語り合うかのように。
彼はまず乾燥した豆を丁寧に水で洗い鍋に入れた。そしてたっぷりの水を注ぎ火にかける。
ただそれだけ。
彼は鍋の前に座り時々灰汁をすくいながら、何時間も何時間も豆を煮込み続けた。
法廷のざわめきも、自分に向けられる疑いの目も、もはや彼の耳には届いていない。彼の世界には、ただ豆と水と火だけが存在していた。その姿はまるで祈りを捧げているかのようだった。
法廷にいる誰もが彼の意図を測りかねていた。
やがて豆はすっかり柔らかくなり鍋の中の水は白く濁り、とろみがついてきた。
湊はその豆の煮汁を布で丁寧に、根気よく漉していく。
一滴、一滴、黄金色の液体がボウルに溜まっていく。それはまるで、大地の血液そのもののようだった。
最後に彼はその液体にほんのひとつまみの太陽の塩を加えた。
ただそれだけのスープ。
彼はそれを小さなカップに注ぎ分け法廷にいる全ての人間に一人一人配っていった。
彼の告発者である宰相オルダスにも例外なく。
「これは……ただの豆の煮汁ではないか」
貴族たちは訝しげにカップを見つめる。
しかしそのカップから立ち上る香りは不思議と心を落ち着かせる優しさに満ちていた。それは派手な香料の香りではなく、雨上がりの土のような、生命そのものの香りだった。
誰もがおそるおそるそのスープを一口啜った。
その瞬間。
法廷に静寂が訪れた。
口の中に広がるのは衝撃的な旨味。
豆そのものが持つ凝縮された生命の味。そしてそれを極限まで引き立てる完璧な塩加減。
余計なものは何一つない。
これ以上引くことも足すこともできない完成された味わい。
それは全ての料理の原点であり終着点とも言える究極の一杯だった。
その味は人の心の最も柔らかい部分に直接語りかけてくる。
嘘や偽り、嫉妬や憎悪。そんな穢れを全て洗い流してくれるような清らかで力強い味がした。
宰相オルダスは震えていた。
このスープを作った人間が邪悪な呪術師であるはずがない。
この味は何よりも雄弁に彼の無実を語っていた。
マルセルの卑劣な陰謀もこの究極の一杯の前ではあまりにも矮小で無力だった。
彼はカップを置くとその場に崩れるように膝をついた。
勝敗は決したのだ。
食材も限られている。水、塩、そして一袋の乾燥した豆。
こんなもので一体何が作れるというのか。誰もがそう思った。
しかし湊の心は不思議と穏やかだった。
彼は全ての雑念を払い、ただ目の前の食材と向き合った。まるで森の静寂の中で木々と語り合うかのように。
彼はまず乾燥した豆を丁寧に水で洗い鍋に入れた。そしてたっぷりの水を注ぎ火にかける。
ただそれだけ。
彼は鍋の前に座り時々灰汁をすくいながら、何時間も何時間も豆を煮込み続けた。
法廷のざわめきも、自分に向けられる疑いの目も、もはや彼の耳には届いていない。彼の世界には、ただ豆と水と火だけが存在していた。その姿はまるで祈りを捧げているかのようだった。
法廷にいる誰もが彼の意図を測りかねていた。
やがて豆はすっかり柔らかくなり鍋の中の水は白く濁り、とろみがついてきた。
湊はその豆の煮汁を布で丁寧に、根気よく漉していく。
一滴、一滴、黄金色の液体がボウルに溜まっていく。それはまるで、大地の血液そのもののようだった。
最後に彼はその液体にほんのひとつまみの太陽の塩を加えた。
ただそれだけのスープ。
彼はそれを小さなカップに注ぎ分け法廷にいる全ての人間に一人一人配っていった。
彼の告発者である宰相オルダスにも例外なく。
「これは……ただの豆の煮汁ではないか」
貴族たちは訝しげにカップを見つめる。
しかしそのカップから立ち上る香りは不思議と心を落ち着かせる優しさに満ちていた。それは派手な香料の香りではなく、雨上がりの土のような、生命そのものの香りだった。
誰もがおそるおそるそのスープを一口啜った。
その瞬間。
法廷に静寂が訪れた。
口の中に広がるのは衝撃的な旨味。
豆そのものが持つ凝縮された生命の味。そしてそれを極限まで引き立てる完璧な塩加減。
余計なものは何一つない。
これ以上引くことも足すこともできない完成された味わい。
それは全ての料理の原点であり終着点とも言える究極の一杯だった。
その味は人の心の最も柔らかい部分に直接語りかけてくる。
嘘や偽り、嫉妬や憎悪。そんな穢れを全て洗い流してくれるような清らかで力強い味がした。
宰相オルダスは震えていた。
このスープを作った人間が邪悪な呪術師であるはずがない。
この味は何よりも雄弁に彼の無実を語っていた。
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彼はカップを置くとその場に崩れるように膝をついた。
勝敗は決したのだ。
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◇
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