81 / 101
第八十一話 旅立ちの朝と空飛ぶ船の厨房
しおりを挟む
旅立ちの朝は驚くほど静かで穏やかな晴天に恵まれた。森の木々は夜の間に降りた朝露を浴びてダイヤモンドのようにきらめき、陽だまり亭の煙突からはいつもと同じようにパンの焼ける香ばしい匂いが立ち上っている。しかしその日の店の前にはこれまでにない巨大な影が落ちていた。東の大陸からの使節団が乗ってきた魔法の空飛ぶ船だ。流線形の美しい船体は磨き上げられた木材と帆布、そして未知の蒼い金属で造られている。それは巨大な魚のようでもあり、優雅な鳥のようでもあった。ふわりと地面からわずかに浮き上がり、マナの微かな唸りを響かせながら静かにその時を待っている。
店の前には見送りのために陽だまり亭の全ての仲間たちが集まっていた。旅立つ者と残る者。その表情は期待と不安そして寂しさが入り混じり、複雑な色を浮かべていた。
「ミナト殿、本当に世話になった。この店のこと、儂らが必ず守っておる。だから安心して行くと良い」
ドワーフのバルガンがその無骨な手で湊の肩を力強く叩いた。彼の隣では元副料理長のマルセルが深々と頭を下げている。彼は皿洗いとして黙々と、しかし誠実に働き、今では店の重要な一員となっていた。その目にはかつての驕りはなく、ただ純粋な尊敬の念が宿っている。
「ミナトさん、フローラさんが作った栄養満点のハーブクッキーよ。長旅のお供にって。あと、これは僕から……」
村長の息子ティムが布に包まれた包みを湊に手渡す。彼は湊の一番弟子としてこの店をしっかりと守る決意をその瞳に宿していた。包みの中には、彼が初めて一人で作れるようになった、少し不格好な塩パンが入っていた。
「みんな、ありがとう。必ず帰ってくるから」
湊は一人一人と言葉を交わし固い握手を交わした。
ハナさんは何も言わずただいつものように優しい笑顔で湊を見つめている。その皺の刻まれた瞳がどんな言葉よりも雄弁に彼の背中を押してくれていた。「あんたなら大丈夫さ」と、その目が語っていた。
やがて出発の時が来た。
湊と彼に同行する仲間たちが船へと続くタラップを上っていく。メンバーはコボルトのギル、オークの兄弟ボルとグル、見習い魔法使いのリオ、そして地理に詳しいリザードマン。さらに用心棒として騎士ギデオンも同行する。スライムとピクシーのティンクはいつの間にか湊の荷物に紛れ込んでいた。
「いってきます!」
湊が大きく手を振ると地上からたくさんの声援が飛んだ。人間も魔物もドワーフもそこにはもう何の垣根もなかった。
船が静かに高度を上げていく。眼下に見える陽だまり亭と手を振る仲間たちの姿がどんどん小さくなっていく。湊の胸に一抹の寂しさが込み上げてきたが彼はすぐに顔を上げた。自分にはやるべきことがある。
船の厨房は湊が想像していたよりも広く機能的だった。陽だまり亭の温かみのある木の厨房とは違い、全てが金属と魔法の道具で構成されている。火を使わない魔力コンロや常に一定の温度を保つ冷却庫など、それは湊にとって未知の調理器具ばかりだった。
船旅の最初の食事。湊は仲間たちの不安と緊張をほぐすため、シンプルで心安らぐ料理を作ることにした。
メニューは「陽だまり亭スペシャルサンドイッチ」だ。
まずオークの兄弟が船の厨房で力強くパン生地をこねる。焼きたてのふわふわのパン。これだけで、もうご馳走だ。厨房に広がる小麦の焼ける甘い香りは、皆の心を故郷へと繋ぎとめる。
具材は陽だまり亭から持ってきたものばかり。リザードマンが作ってくれた自家製の燻製肉を薄切りにする。桜のチップで燻されたその肉は、豊かな香りと凝縮された旨味を内包している。フローラの菜園で採れた新鮮なレタスとトマトは、太陽の光をたっぷりと浴びて、その色も味も濃い。そして隠し味はマルセルが夜なべして作ってくれた特製のマヨネーズ風ソースだ。彼が初めて誰かのために作った心のこもったソースは、卵のコクと優しい酸味が特徴だった。
焼きたてのパンにバターを塗り、シャキシャキのレタス、ジューシーなトマト、香り高い燻製肉を重ね、最後にマルセルのソースをたっぷりとかける。
それは陽だまり亭の仲間たちの想いがぎゅっと詰まった、最高のサンドイッチだった。
雲の上で食べる初めての食事。
眼下には青い空と白い雲海がどこまでも広がっている。
サンドイッチを頬張る仲間たちの顔に自然と笑みがこぼれた。
「うめえ! 空の上で食う飯は格別だな!」
「このソース、あのマルセルが……。なかなかやるじゃないか」
故郷の味が長旅への不安を和らげこれからの冒険への期待を膨らませてくれる。
湊は眼下に広がる見知らぬ大地を見つめた。
あそこに助けを待っている人たちがいる。
待っててくれ、俺のひだまり飯が今そっちへ向かうから。
料理人の新たな挑戦が今、始まった。
店の前には見送りのために陽だまり亭の全ての仲間たちが集まっていた。旅立つ者と残る者。その表情は期待と不安そして寂しさが入り混じり、複雑な色を浮かべていた。
「ミナト殿、本当に世話になった。この店のこと、儂らが必ず守っておる。だから安心して行くと良い」
ドワーフのバルガンがその無骨な手で湊の肩を力強く叩いた。彼の隣では元副料理長のマルセルが深々と頭を下げている。彼は皿洗いとして黙々と、しかし誠実に働き、今では店の重要な一員となっていた。その目にはかつての驕りはなく、ただ純粋な尊敬の念が宿っている。
「ミナトさん、フローラさんが作った栄養満点のハーブクッキーよ。長旅のお供にって。あと、これは僕から……」
村長の息子ティムが布に包まれた包みを湊に手渡す。彼は湊の一番弟子としてこの店をしっかりと守る決意をその瞳に宿していた。包みの中には、彼が初めて一人で作れるようになった、少し不格好な塩パンが入っていた。
「みんな、ありがとう。必ず帰ってくるから」
湊は一人一人と言葉を交わし固い握手を交わした。
ハナさんは何も言わずただいつものように優しい笑顔で湊を見つめている。その皺の刻まれた瞳がどんな言葉よりも雄弁に彼の背中を押してくれていた。「あんたなら大丈夫さ」と、その目が語っていた。
やがて出発の時が来た。
湊と彼に同行する仲間たちが船へと続くタラップを上っていく。メンバーはコボルトのギル、オークの兄弟ボルとグル、見習い魔法使いのリオ、そして地理に詳しいリザードマン。さらに用心棒として騎士ギデオンも同行する。スライムとピクシーのティンクはいつの間にか湊の荷物に紛れ込んでいた。
「いってきます!」
湊が大きく手を振ると地上からたくさんの声援が飛んだ。人間も魔物もドワーフもそこにはもう何の垣根もなかった。
船が静かに高度を上げていく。眼下に見える陽だまり亭と手を振る仲間たちの姿がどんどん小さくなっていく。湊の胸に一抹の寂しさが込み上げてきたが彼はすぐに顔を上げた。自分にはやるべきことがある。
船の厨房は湊が想像していたよりも広く機能的だった。陽だまり亭の温かみのある木の厨房とは違い、全てが金属と魔法の道具で構成されている。火を使わない魔力コンロや常に一定の温度を保つ冷却庫など、それは湊にとって未知の調理器具ばかりだった。
船旅の最初の食事。湊は仲間たちの不安と緊張をほぐすため、シンプルで心安らぐ料理を作ることにした。
メニューは「陽だまり亭スペシャルサンドイッチ」だ。
まずオークの兄弟が船の厨房で力強くパン生地をこねる。焼きたてのふわふわのパン。これだけで、もうご馳走だ。厨房に広がる小麦の焼ける甘い香りは、皆の心を故郷へと繋ぎとめる。
具材は陽だまり亭から持ってきたものばかり。リザードマンが作ってくれた自家製の燻製肉を薄切りにする。桜のチップで燻されたその肉は、豊かな香りと凝縮された旨味を内包している。フローラの菜園で採れた新鮮なレタスとトマトは、太陽の光をたっぷりと浴びて、その色も味も濃い。そして隠し味はマルセルが夜なべして作ってくれた特製のマヨネーズ風ソースだ。彼が初めて誰かのために作った心のこもったソースは、卵のコクと優しい酸味が特徴だった。
焼きたてのパンにバターを塗り、シャキシャキのレタス、ジューシーなトマト、香り高い燻製肉を重ね、最後にマルセルのソースをたっぷりとかける。
それは陽だまり亭の仲間たちの想いがぎゅっと詰まった、最高のサンドイッチだった。
雲の上で食べる初めての食事。
眼下には青い空と白い雲海がどこまでも広がっている。
サンドイッチを頬張る仲間たちの顔に自然と笑みがこぼれた。
「うめえ! 空の上で食う飯は格別だな!」
「このソース、あのマルセルが……。なかなかやるじゃないか」
故郷の味が長旅への不安を和らげこれからの冒険への期待を膨らませてくれる。
湊は眼下に広がる見知らぬ大地を見つめた。
あそこに助けを待っている人たちがいる。
待っててくれ、俺のひだまり飯が今そっちへ向かうから。
料理人の新たな挑戦が今、始まった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる