闇狩人 紀氏悠真

サトリ

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運命の十人・パリークシャ・ダラ  その五

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「井上警視総監、二人をお連れしました」
秘書の藤田が静かに声をかけた。
「案内ありがとう、藤田君。
ここからは下がってくれていい」
「はい、失礼いたします」
藤田は深く一礼し、足音をたてぬように部屋を
出ていった。
「吉田課長、よく悠真を連れてきてくれた。忙しい時に本当にすまなかった。礼を言う」
井上は穏やかな表情で頭を下げた。
「そ、総監、それはおやめください。
私はただ彼をここへ案内しただけです」
吉田は慌てて声を上げた。
「そうかもしれん。
だが君たちは今、非常に難しい局面に立たされているのではないかね?」
「……はい。
正直に申し上げますと、今回の件はあまりに常識を超えていて、どう説明すればよいのか……」
吉田は胸の内を隠さず打ち明けた。
「わかっている。
本来なら公になることはなかったはずの出来事だ。
だが、ここまで事態が拡大してしまった以上、これ以上は伏せておけまい。
幹部会を経て、特別捜査本部の設置を決定する。
その場には君にも出席してもらう。
その時にすべてを明らかにしよう。
それでよいかね?」
「……はい、承知しました。
ただ、最後にひとつだけ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだね?」
「失礼ながら、彼と総監とのご関係は、いかなるものなのでしょうか?」
「ははは……悠真とは古くからの知己でね。
言うなれば、生涯を通じての友人だよ」
井上は柔らかな笑みを浮かべ、どこか誇らしげに語った。
その姿を目にし、吉田の胸に深い驚きが走る。
【彼が言っていた事は本当だったのか……彼は一体何者なのだ?】
疑念は深まったが、これ以上は問わぬと心に決め、吉田は静かに頭を下げた。
「総監、それでは私はこれで失礼いたします」
「疲れているところすまなかったな。
吉田課長、また会おう」
井上の声を背に、吉田は重厚な扉を押し開け、静かに部屋を後にした。
「慶一、元気そうでなによりだ」
悠真が井上警視総監に声をかけた。
「悠真……お前、さっき電話で吉田君の前でも同じように話していただろう?彼が驚いて私との関係を尋ねたのも無理はない。
少しは気を使ってくれ。
私は今や警視総監なんだ」
「悪かったよ、つい昔の調子が出てしまった」
二人は顔を見合わせ、わずかに笑みを交わす。
だが次の瞬間、その表情は一変し、真剣な色を帯びた。
「……無明が現れた」
悠真の低い声に、井上は眉を寄せる。
「そうか」
「俺の判断の甘さだ。
君の部下たちを巻き込み、重い被害を出してしまった」
「無明が相手ならば仕方ない。
むしろ無事に帰れる者がいただけでも奇跡に近い」
「……いや、あいつは力を抑えていた」
「なに?」
「今回、俺と意識が繋がったのは十人だった。
つまり――パリークシャ・ダラ。
運命の十人が揃ったということだ」
「だから無明は本気を出さなかったのか?」
「ああ、無明自身がそう語った。
[彼らを消せば自分にとって不都合な事が起こりそうだ]と」
「……悠真。
心当たりはないのか?」
「ない。
十人が同時に意識を共有するなど、俺自身も初めてだ。
これから何が起こるのか、まるで見当がつかない」
井上は深く息を吐いた。
「それで、その十人は?」
「全員、病院に搬送された。
俺と意識が繋がっている分、回復は早いだろう。
だが問題は、まだ力を解放していない者が五人いることだ」
「五人……誰だ?」
「全員男性だ」
その答えに、井上は額に手を当てた。
「耳が痛いな、なるほど、我々の時と同じか……思い返すと気恥ずかしいが、必然的に彼らも自らの力を見いだすことになるだろう」
「慶一、悠長なことは言っていられないぞ。
トリドーシャも現れたんだ」
「なに、三毒のトリドーシャか?」
「ああ、無明とやり合った直後に奴らも姿を現した。
モーハが気まぐれで結界を展開していなければ、あの場にいた他の者たちも大きな被害を受けていた、奴らから宣戦の意思も伝えられたしな。
どうやら、俺の周囲の人間を標的にするつもりらしい。もはや猶予はない」
「そういうことか……ならばこちらも急ぐ必要があるな。
準備はすでに整えてある。
幹部会を経た後、今回の関係者を集めるとしよう。
悠真、彼らの回復はどのくらいかかる?」
「一週間だな。
彼らは俺と繋がっている。
回復も早いはずだ。
その間、俺は他のクレーシャを倒しつつ、その時を待とう」
「わかった。
それでは今日より一週間後、再びこの場所で会おう」
悠真は軽くうなずき、その場を後にした。


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