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親族への挨拶
お義兄様の手は大きくて私の手をスッポリと包み込んでしまう。
殺される前の私であれば、ずっと憧れ続けていた温かさをようやく手に入れ、素直に喜んでいただろう。
(今はただ怖い!!)
脳裏によぎるのは義兄の氷魔法が心臓を正確に貫いた衝撃と、体温を失っていくときの猛烈な寒さだ。
(……でも、その直前の記憶は曖昧なのよね)
義兄に殺されたことは確かだ。
けれど、それに至る経緯は思い出せない。
はっきりしているのは、お披露目式で初めて出会って以降、義兄が私をいない者のように扱っていたこと。
そして殺される直前、婚約破棄されたこと。
(婚約破棄されてからの出来事がどうしても思い出せないわ)
婚約破棄されてから殺されるまでわずか三日しかなかったはずだ。けれど、殺されたショックからなのか、その三日間の記憶がどうにも思い出せない。
「……お久しぶりです伯母上」
鋭い刃のような義兄の声と、手が離されたことで我に返る。
チラリと横目に見ると、義兄は社交界でよく見せていた微笑を浮かべていた。
「ええ、本当に久しぶりですこと。それで、あなたも初対面だと聞いていたけれどそちらの娘のことすでに紹介されていたのかしら?」
「……」
義兄が沈黙すると、伯母は私に侮蔑を込めた視線を向けてくる。
けれど私がドレスの裾を持って優雅に礼をするとわずかに息を呑む音が聞こえた。
やり直し前は、父に連れられて挨拶をした。たくさんの人と慣れない環境に臆した私を伯母は『庶民の娘だけあって、礼儀がないわね』と嘲笑したのだ。
(けれど今の私の礼を見て、礼儀がないとは言えないはず)
伯母は、義兄からいない者として扱われ、父以外味方がいない私を表立っては気の毒な子だと言っていた。けれどいつも裏では貴族の礼儀を教えるという名目で私に虐待まがいの厳しいしつけをしていたのだ。
お蔭様で今の私の作法は、同年代の高位貴族の令嬢に引けを取らないだろう。
伯母の隣にいるのは、私と同い年の従姉妹ルシネーゼだ。
彼女も伯母とともに私に嫌がらせをし、父が亡くなってからは使用人のような扱いをしてきた。
私が来るまで女主人がいなかったヴェルディナード侯爵家の家事は、伯母が手伝っていた。
このため使用人には彼女の息がかかった者が多く、何かにつけて私に嫌がらせをしてきた。
しかも私の母が庶民であることや義兄が遠縁からの養子であることを理由に、ことあるごとにヴェルディナード侯爵家の家事に口出しをしていた。
父が亡くなってからは、まるでこの家の女主人は自分であるように振る舞ってすらいた。
「あなたがアイリスね? 伯母のバルバローゼよ」
「私はルシ……」
「お待ちください」
ルシネーゼが、挨拶しようとしたとき義兄が遮るように口を開いた。
ほんの少し押し黙り、周囲の視線を集めた後、義兄は言葉を続けた。
「妹のアイリスは、事前にお知らせしたとおり当主である我が父の娘です。目上の者が挨拶していないのに口を開くなど、ルシネーゼ嬢は公式の場での礼儀を欠いているようですね」
会場が静まり返った。私の母が庶民だと言っても、この場は父が国王陛下の許しを得て私がこの家の長女だとお披露目する公式な宴だ。
義兄の言うことには一理ある。
(……でも、なぜお義兄様は私のことを庇ってくれるのかしら)
私の記憶にあるかぎり、私が周囲から不当な扱いをされていても義兄が口を出してきたことは一度もない。
(……いいえ、考え過ぎね。お義兄様にとっても伯母は気に入らない存在のはず。共通の敵と言うだけの話よね)
そこまで考えてから、私はゆっくりと上体を起こしてできるかぎり優雅に微笑んだ。
会場がざわめいたけれど、気にするのはやめて口を開いた。
「ヴェルディナード侯爵の長女、アイリスと申します。伯母様、ルシネーゼ様、これから仲良くしていただけるとうれしいです」
「ルシネーゼですわ……失礼をお許しください」
こんなに悔しげなルシネーゼの声を聞くのは初めてだ。そう思っていると再び手が握られて引き寄せられた。
「それでは伯母上、ルシネーゼ嬢。来賓の
皆様への挨拶がありますので、後日改めて」
記憶では礼儀がないと嘲笑されたはずのお披露目式。けれど今回の私は、周囲から浴びるほど感嘆と祝福の言葉を受けることになったのだった。
――そして義兄は、式の間中私の手を離そうとはしなかった
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