やり直し令嬢ですが、私を殺したお義兄様がなぜか溺愛してきます

氷雨そら

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女主人の鍵

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 * * *

 招待客を見送り屋敷に戻ると、使用人たちが広場に集まり後片付けをしていた。そして、まだそこには伯母のバルバローゼと従姉妹ルシネーゼが残って片付けの指示をしていた。

 そんな中、戻った私たちを使用人一同が出迎える。

(あのときは、お義兄様はすでに自室に戻ってしまっていた。そして私は使用人たちにまともな挨拶もできなかった)

 こんなにたくさんの人たちがいる中で挨拶するなんて経験がなかった私は、すっかり臆してしまい父の後ろに隠れた。

 けれど今は違う。

(ああ……久しぶり、会いたかったわ)

 使用人たちの間に、懐かしい顔を見つける。
 三つ編みにした焦げ茶色の髪と猫のようにつり目がちな瞳。そばかすの目立つ白い肌。
 女主人がいなかったヴェルディナード侯爵家の使用人のほとんどは伯母が面接をして選んだ者たちだ。
 けれど彼女だけは違う。父が私のために自ら選んだ専属侍女、子爵家の三女リリアンだ。

 残念ながら彼女は父が亡くなってのち、宝石を盗んだとの疑いをかけられ解雇されてしまった。
 今度は守ってみせると心の中で決意しながら視線を外し、使用人たちに優雅に笑いかける。

「今日から正式に、ヴェルディナード侯爵家の一員となりました。アイリス・ヴェルディナードです。以後よろしく」

 使用人たちの反応から、私のことを認めようという雰囲気は感じられない。
 不機嫌な表情なのは、伯母の指示で私に嫌がらせをしていた侍女長だ。
 執事長も同じく、母が庶民である私のことを侯爵家の一員とは認めていなかった。

(――お父様がそばにいてくれれば違ったのだろうけれど)

 父は国王陛下に仕え、宰相の地位にいる。
 王都で過ごしていることが多く、ずっと領地にいることはできない。
 このため、本来であれば侯爵夫人が行うべきこの家の家事のほとんどは、伯母であるバルバローゼが仕切っているのだ。

 これから起こるであろう嫌がらせを思い、密かにため息をついているとなぜか義兄が唐突に口を開いた。

「父上、アイリスは正式にこの家の長女として認められました。伯母上に預けていた鍵はアイリスが持つべきだと思います」
「――待ってください! これは、何も知らない子どもが持つような物ではありません!」

 伯母の胸元に下げられているのは、この家の全ての扉を開けることができる鍵だ。
 それは、女主人の証であり、宝物庫の中の物を自由に使う権利を持つことを意味する。

「ええ、ですが他家に嫁いだ伯母上にいつまでも預けておくのはいかがなものかと……」
「なるほど……確かに姉上に頼り過ぎていたかもしれませんね。では、鍵はアイリスが持ち、実質の家事は姉上に教えていただきながら行うというのはどうでしょう」

 やり直し前、この鍵は十六歳の誕生日に私に預けるつもりだと父は言っていた。けれど、誕生日の直前に父が死んでしまったことで伯母が持ち続けることになったのだ。

 伯母は蒼白になりながらも、私に鍵を手渡してきた。

(それにしても、お義兄様が鍵は私が持つべきだと主張するなんて……いったいどうなっているの)

 やり直してから、私以外の何もかもが六年前のままだというのに、義兄の行動だけが以前と違っている。

「お義兄様……」
「――正しい持ち主に渡っただけの話だ。では、俺はこれで失礼させていただきます」

 急な女主人交代に騒めくエントランスホール。
 そんなものに興味がないとでも言うように、義兄は踵を返し自室へ戻ってしまった。

「本当に、お義兄様はどうしてしまったの……」

 父と伯母は今後のことを話すと執務室に行ってしまった。
 使用人たちがそれぞれの持ち場に戻る中、私は鍵を握りしめたまま自室へと戻ったのだった。

 
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