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舞踏会への招待状
しおりを挟む(執事長がこんなに慌ただしく食堂に飛びこんでくるなんて、よほどの用件ね)
庶民を母に持つ私のことが気に入らないという態度を崩さなかった執事長だけれど、いつも落ち着いていてこんなに慌てている姿を見るのは非常に珍しい。
「旦那様、こちらを」
「これは……。使者の方はまだいらっしゃるのか?」
「はい、応接間にご案内しております」
「そうか」
執事長が差し出した封書を受け取った父から笑顔が消えた。
「……二人は自室に戻っていなさい」
「かしこまりました」
すぐに返事をした私と違い、義兄は口を開かなかった。
(チラリと見えた封蝋は、国王陛下の物だったわ……)
父と国王陛下は学友で、ヴェルディナード侯爵家の親族たちに私のことを認めさせるために力を借りたという。
けれど、封蝋があるのだから、学友に対してではなくヴェルディナード侯爵への正式な手紙ということだろう。
父は踵を返し、執事長とともに部屋を去って行く。
「早すぎる……」
義兄が掠れた声でつぶやいた。
視線を向けると、義兄の顔色は蒼白に近かった。
「お義兄様、ご気分が悪いのでは……」
言葉の意味がわからず気になったけれど、それ以上にあまりにも義兄の顔色が悪いことが心配になり思わず声をかける。
(私に心配されても、嫌がられるだけね)
やり直し前にこの家に来た当初は声をかけていたけれど、義兄はいつも無言で去っていった。
そのことを思い出して、声をかけたことを後悔したとき、義兄がためらいがちに口を開いた。
「案ずる必要はない」
「……お義兄様」
義兄は私から視線を逸らした。それは、以前と変わらない行動に見えて、どこか違う気がする。
「あ、あの……本当に大丈夫ですか?」
(よほど具合が悪いのかしら。……あれ? どうして私は自分を殺した相手を心配しているんだろう)
今回こそ殺されないために、今のうちに距離をとるべきだと頭ではわかっているのだ。
(でも、今のお義兄様はやり直し前とあまりに違う……)
今朝見た夢で殺されたという記憶は上書きされてしまったのだろうか。
(夢の中で、ただ一度抱き上げられただけなのに……)
胸の中に渦巻く感情を上手く処理できず、義兄の金色の瞳を見つめていると、微かなため息が聞こえてくる。
「……お義兄様は、先ほどの手紙に思い当たることがあるのですか?」
「そろそろ、建国祭だ。おそらく建国祭に王宮で執り行われる舞踏会の招待状だろう」
「舞踏会……」
そういえば、この家に来てすぐに父と義兄は舞踏会に参加していた。
建国祭の舞踏会は、特別な事情がない限り十二歳以上の貴族は全員参加する。
(この家に来たとき、マナーもダンスもしらなかった私は家で留守番だったわ)
「……あれ、でも招待状は通常半年以上前に届くのでは」
「よく知っているな」
実際はやり直しているからこそ知っているのだ。私は慌てて言い訳をする。
「えっと、リリアンが教えてくれたのです」
「そうか……確かにリリアンは子爵家三女、彼女にも招待状が届いているだろう」
それだけ言うと、義兄はようやく席から立ち上がった。
「建国祭まで一週間ほどしか猶予がない。忙しくなるだろう、覚悟しておくように」
「お義兄様?」
「……当日は俺か父上の傍から離れるな」
「……はい」
まだ、私が招待されたかどうかもわからないのに、義兄は確信しているようだった。
ほどなく、先ほどの手紙が私への招待状だったことが父から伝えられた。
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