16 / 37
義兄と父の入れ替わり
勢いよく執務室の扉を開けると、書類作業をしていた父が顔を上げた。
そして驚いたように目を見開いた。
「アイリス! どうした、顔色が悪い……風邪でも引いたか!?」
立ち上がった拍子に、書類の山が崩れてしまったけれど父はお構いなしに私に走り寄ってきた。
「ええ……朝から寒気がして……」
「そうか、ゆっくり休むと良い」
「心細いです……そばにいてほしいです」
父が死んでしまったときのことを思い出せば、涙が勢いよくこぼれ落ちた。
「でも、無理ですよね……国王陛下のご命令で視察に行かなくてはいけないのですもの」
よろけると、父が私の体を支えてくれた。
「――熱はないようだな」
「……お父様」
涙に濡れた瞳で見上げると、父は私のことを横抱きにした。
「きゃ!? 歩けます、お父様!」
「黙っていなさい。今日は部屋でゆっくり休むように。視察はシルヴィスが代わりに行っている。この後どうしても出掛けなくてはいけないが、少し待っていてくれれば、そばにいることもできるだろう」
「――お義兄……様が?」
実際に私の顔色はひどく青ざめていたことだろう。
涙がピタリと止まってしまう。けれど、父に気がつかれてはならないと慌てて胸元に顔をうずめる。
(どういうこと……? 視察に行くのは父で、その先で死んでしまうはずなのに)
「お父様はどちらに出掛けるのですか……」
「ああ、国王陛下からお呼び出しを受けていてね。なに、半日程度で戻れるだろう。それまで、ゆっくりしていなさい」
「わかり……ました」
父は私をベッドに寝かせると、布団を掛けて微笑んだ。
「くれぐれも無理をせずに、ちゃんと休んでいるんだよ」
「我が儘を言ってごめんなさい」
「はは、具合の悪い娘がそばにいてほしいというなら陛下の頼み事だってお断りするさ。いざというときのためのネタはいくらでもある」
「ひぇ?」
「……冗談だ」
一瞬だけ、父の淡い紫色の瞳に剣呑な光が浮かんだ気がした。
父は家族にはとても甘いけれど、最近本格的に参加し始めた社交界では、冷酷で厳格で国王陛下すらおいそれと父を自由にはできないらしいと聞いている。
(本当のことなのかも……でも、なぜかしらやり直し前聞いた噂話では、穏やかで周囲に尊敬され好かれているというものが多かったはず)
家族を前にした父は何一つ変わらないから、たまたま聞いた噂がそういったものだったのかもしれない。宰相をしているのだ、悪意ある噂が流れることだってあるだろう。
父は私の頬をそっと撫で、優しい笑みを浮かべた。
「……君はこの家に来て幸せかい?」
父がなぜか先ほどの義兄と同じようなことを質問してくる。
もちろん、その答えは一つしかないので、私は大きく頷いてから口を開いた。
「もちろんです。とても幸せですわ……お父様」
「そう、それは良かった」
父は少しだけ名残惜しそうにベッドサイドから立ち上がった。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
部屋から出て行った父をベッドの中から見送り、私は少しだけ考えを巡らせた。
けれど、結局思い当たる事実は一つしかない。
(確証を得ることができなかったから口にしたことはないけれど、やっぱりお義兄様も前の人生の記憶があるのではないかしら……)
あまりに変わったため、義兄の中が違う人になってしまったのではないかと思ったこともある。
けれど、私と父に対する態度以外義兄が変わった部分は何一つない。以前よりも周囲に認められ、高い地位にいるけれど才能豊かで努力家の義兄は本来これくらい認められていても良かったはずだ。
けれど、まさかやり直しているのかと聞くこともできない。
それに私自身婚約を解消された日の夢を見て以降、やり直し前の夢を見ることもなくなっていた。
毎日過ごすうちに、やり直す前の人生はすべて夢だったのかもしれない、と思うことすらあったのだ。
心臓が激しく音を立てて鼓動を始める。
嫌な予感が全身を支配して鳥肌が立つ。
(どうして考えなかったの……お義兄様がお父様の身代わりになろうとするかもしれないって)
突如脳裏に浮かんだのは、やり直す人生の最期の記憶だ。
唇に落ちてきた雫からは、鉄の味はしなくて、ただ塩辛かった。
そう、まるでたくさんの涙が私の顔に降り注いでいたように。
布団を跳ね上げて勢いよく起き上がる。
ドアを開けると、水差しと薬を持ったリリアンが目を見開いた。
「アイリス様、お加減が悪かったのでは?」
「少し休んだらすっかり治ったわ! ごめんなさい、どうしてもしなくてはいけないことがあるの。少し一人にしてちょうだい。この扉は夕方まで開けないで!」
扉を閉めて、慌てて部屋着を脱ぎ去る。
そして、いざというときのために隠していた簡素なワンピースへと着替えた。
(父の説得が上手くいかなかったときのために、用意をしておいて良かったわ)
いざというときのために渡されていた銀貨一袋。
テラスから庭まではらせん階段で繋がれている。
幸いなことに、庭には人影がない。
私は階段を駆け下りて、家族だけが知っている抜け穴から外へと飛び出したのだった。
あなたにおすすめの小説
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m