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家族よりも近い距離
「本当に、やり直した君は、いつだって諦めさせてくれない」
「え……?」
「いや、アイリスを諦めるなんて、できるはずがない」
目を見開くと、氷が次々と砕けていった。
薔薇の花びらが氷の破片と一緒に舞い散る。
最大出力で放たれた氷の魔法は、全てを粉々に砕いた。
周囲は淡い紫に染められ、この世界に私たち二人だけになったように錯覚する。
「シルヴィス様」
「今度こそ守り抜くと決めた」
コントロールを失い浪費された魔力は、きっと今の一撃で尽きたに違いない。
義兄の体は、氷のように冷たい。
「はは、魔力を使い果たしてしまえば、これ以上周囲を凍らせることも、アイリスを傷つけることもない」
「……魔力枯渇」
魔力は私たちの体を流れる血液のようなものだ。私みたいに少ししか持たなければ、普段意識することもないし大きく影響もしないだろう。
魔力が多い人は無意識のうちに生命活動の維持に使っているという。
義兄の魔力は膨大だ。
魔力を全て使ってしまっては、その影響は予想もできない。
そもそも、苦痛に耐えて魔力を使い切るなんて普通はできない。
「……無事か」
「かすり傷一つありません」
義兄が口づけしたのは、かつて剥がれたせいで少々不格好に生えた私の爪だ。
「……どうしたら笑ってくれる?」
「シルヴィス様が笑ってくれたら」
「はは、こんな状況で難しいことを言う」
義兄が笑みを浮かべた。私も大粒の涙を流しながら無理矢理微笑んだ。
* * *
「それにしても……証拠を押さえる前に、こんなことになるなんて」
父はいつも柔和な表情に怒りをたたえていた。
けれど、それ以上にわたしが恐ろしいのはあっという間に第三王子が兄を殺めようとした証拠が集まったことだ。
魔法を暴走させる薬は、王立魔術院で秘密裏に製造されていたものらしい。
その事実を突き止めるやいなや、父は王立学園時代に義兄の功績だった研究結果や成績を第三王子が我が物にしていた事実を公表した。
「王家を敵に回してよかったのですか……?」
「――今日この日まで王家の弱みを握ることに心血を注いできた。そして、僕たちが不審な死に方をしたならそれを明るみに出す手はずは整っている」
「……」
父の笑顔は今まで見たどんな表情よりも恐ろしいものだった。
知らずに喉元がゴクリと音を立てて上下する。
「さて、これで君たちを阻む障害は全て取り除かれたな」
「……そうですね」
けれど、大きな問題が一つ残っている。
魔力は血液と共に巡り、生きる上で欠かせないものだ。
そんな魔力を一度に放出した義兄は、命を取り留めたものの再び眠りについてしまった。
今日も枕元に飾るのは一輪の薔薇。
薔薇の本数には意味がある……。
今なら思うのだ……やり直す前から私の瞳の色をした淡い紫色の薔薇――その本数には意味が込められていたのではないかと。
一輪の薔薇――その意味は『一目惚れ』そして『あなただけ』だ。
「私も一目惚れでしたし、シルヴィス様だけです」
そのとき、美しい金色の月のような瞳がじっと私を見つめた。
私は横たわる義兄の上に倒れ込むように抱き寄せられる。
「――本当に?」
「ええ、一目見たときからずっと……」
「俺も君を見た瞬間から守りたいと思い、君のそばにいたいと願った」
「わかりづらいですよ……」
「すまない」
わかりづらかったのは私もそうに違いない。
そしてこの日、交わした口づけと私たちの距離は確かに家族よりも近かったに違いない。
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