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夢の中で会えたなら
***
その日から、再び魔獣との戦いには、聖女が現れるようになった。
季節外れの雪が降り注ぎ、白い景色に塗り替えられようとしていた世界には、陽光が降り注ぎ小鳥たちのさえずりが戻ってくる。
たった、数日間のことであっても、聖女の恩恵が地上から消えた影響は、あまりに大きかったのだと、王国の誰もが理解した。一部の人間をのぞいて。
理解しない人間は、一定数いるものだ。
聖女という存在を、受け入れられない人間は、確かに存在する。
「シグル様……」
不思議なことに、シグルに会ったあの日から、元のように高まっていく聖女としての能力と裏腹に、ミシェルの表情は優れない。
まるで、しぼんでしまった小さな花のようだ。
いつも微笑んでいる、聖女の仮面を外してしまえば、そこにいるのは一人の幼さが残る乙女でしかない。
聖女として、魔獣と戦う騎士団の援護をして、傷ついた人たちを癒して、祈りを捧げて、眠る。
それが、ミシェルの十年間だった。
その事に疑問を持つことはなかったし、むしろそれが自分の幸せなのだと感じていた。
シグルに出会ってしまう前は。
「どうしよう……。会いたいです」
眠れない夜。それでも、ほんのひと時まどろんだ時に、シグルの夢を見ることが出来ればいい。
そして、シグルが幸せであればいい。
でも、きっと、あの場所に、シグルの幸せはないに違いない。
「シグル様……。どうしたらシグル様を」
魔力の量が多すぎるのだ。
与えられた恩恵以外にも、シグルは数々の魔法を使いこなす。
体から漏れ出す魔力が、毒を帯びているのは、それがあまりに強力だからだ。
(シグル様をあの場所から、出してあげたい)
そうすれば、シグルはミシェルのそばにいてくれるだろうか?
迷惑だと、言われてしまうだろうか?
それでも……。それでも、ミシェルはシグルに広くて自由な世界で笑ってほしかった。
ミシェルは知らない。その感情の名前を。
いままで知らなかった感情だから。
「――――シグル様が、幸せになりますように」
それだけを呟いて、ミシェルは眠りの中に落ちていくのだった。
聖女と精霊は、夢の中で交流する。
通常は、この世界と精霊の世界は繋がっていない。
シグルとカルラが特別すぎるのだ。
だから、聖女が落ちていくのは、夢の世界であると同時に、精霊の世界に違いない。
***
目を開けると、あまりにまぶしい光に満ち溢れていた。
それは、たった一回。ミシェルが聖女として選ばれる直前に、来たことがある場所だ。
そこには、金色の光を纏った、人ならざる存在が立っている。
『――――愛してしまった。……あなたの王国だから』
人ならざる存在は、本当であれば特定の何かを愛することはない。
全ては平等に愛を降り注ぐべき存在だから。
一人の王子と美しい精霊。王子が呼び出してしまった精霊は、愛は平等に与えるものではないと知ってしまった。
その出会いは、運命であり、同時に精霊と人のつながりを、変えてしまう。
精霊には感情が生まれてしまった。
一度知ってしまったら、全てを平等に愛するなんてもう、出来ない。もちろん、全ての人間を愛しているのだとしても、どうしたって感情は誰かに傾いてしまう。
『あなたがいなくなっても、あなたの王国は続いていくから。そして、あの子はあなたによく似ている』
ザワザワと、木々が音を立てて揺らめく中、いつの間にか、その存在の姿はいなくなり、ミシェルの目の前には、シグルだけが立っていた。
「シグル様」
「……夢なら醒めないで」
「え?」
「――――知りたくなかった。こんなにも、たった一人に恋焦がれるなんて。こうして姿を見るだけで、幸せなんて」
これは、ミシェルが見ている都合のいい夢に違いない。
それなのに、悲し気なマリンブルーのようなその魔力も、低くて甘い声も、ミシェルを見つめる瞳まで、本物にしか思えない。
二人の距離は近づいて、お互いの指先が触れ合いそうなった瞬間、儚く崩れ落ちていく夢の世界。
『一人取り残されるのだとしても、この気持ちを知りたくなかったなんて言えない』
消えていく世界に、大粒の雨のしずくと、キラキラ輝く虹のような感情。
この気持ちの名前は知らなくても、決して手放したくはない。
「私も……。知りたくなかったなんて言えないです」
目を覚まし、枕を思いのほか濡らしてしまっていたことに気がついて、ミシェルはポツリと呟いたのだった。
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