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お祭りと妖精の花冠 3

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 揺られる馬車は、群を抜いて乗り心地がいい。
 乗合馬車で帰ろうと思っていたのを思えば、車内で眠るのだって、余裕なくらい快適だ。

「騎士団長様」
「……ああ、なんだ。リティリア」
「っ……あの」

 ただ、一文字、嬢という言葉がついていないだけで、なんていう破壊力なのだろう。
 照れくさくなってしまい、思わずクマのぬいぐるみが、形を変えてしまうほど、強く抱きしめてしまった。

「……はぁ。ぬいぐるみに、なりたいな」
「え?」

 まじまじとクマのぬいぐるみを見つめていた騎士団長様は、なぜかポツリとそんなことを口にした。
 ぬいぐるみになりたいほど、お疲れなのだろうか。

「……聞かなかったことにしてくれ」

 ふいっ、と顔を背けた騎士団長様の耳は、なぜか今日も赤い。
 車内の温度は、それほど暑くないのに。

「……もうすぐ、領地です」
「ああ、懐かしいな」
「ええ」

 魔獣に嵐に地震、流行病。
 王家から途絶えた支援金。

「……流行病については、人為的だった可能性がある」
「そんなこと、可能なのですか」
「可能だろう。……騎士団長に就いてから、いくつかの事例を見たことがある」
「……騎士団長様」

 レトリック男爵領が、没落寸前まで追い詰められたことに、人為的な何かが関係していたことは、怖いし、不安だし、怒りも感じる。

 ……でも、私は思っていたよりも、利己的な人間だったみたいだ。
 領地よりも、むしろそんな情報を得てしまうような地位にいる騎士団長様のことが心配になってしまうなんて。

「どうした? 不安にさせてしまったか。レトリック男爵領は、これから先、必ず守るから心配するな」
「はい」

 それでも、浮かない顔をしてしまった私の頭を、そっと大きな手が撫でた。
 子ども扱い、そう思っていたけれど、どちらかといえば私は騎士団長様の庇護対象なのだろう。

「騎士団長様」
「……そんな顔をさせるくらいなら、話さなければよかった」
「隣に座っていいですか」

 パチパチと、明るい南洋の海みたいな瞳が瞬いた。
 ドキリとした胸の音に、私は、本当にこの色が、好きになってしまったのだと、思い知らされる。

「こんなこというと、自分勝手だと思われてしまいそうですが」
「……リティリアは、もっと自分勝手になったほうがいいくらいだ」
「……領地よりも、何よりも、騎士団長様に無事でいてほしいんです」

 領地のことは、ものすごく大事。
 本当に、大事に思っているし、私にできる限りのことをしていこうと思っている。

 でも、願ってしまうのは、祈ってしまうのは、騎士団長様のことだから。

「っ、なぜ俺のことを心配していることが、自分勝手になるんだ」

 騎士団長様は、なぜか長いため息をつくと、私の頭を撫でていた手を、そっと頬まで下ろしてきた。
 冷たい手のひらが、熱くなってしまった頬に心地いい。

「……私が勝手に、好きになってしまって、優先させているからです。せっかく、騎士団長様が、領地のことを心配してくださっているの……っ!?」

 強引な口づけは、騎士団長様らしくない。
 目を閉じる暇すらなかったから、真っ黒で長いまつげが、目の前に見える。

 あわてて強く目をつぶる。

 頬に触れていた手が、スルリと背中を撫でて、私の腰を捕らえて抱きよせる。

「リティリアが、それをいうなら、俺ほど自分勝手な人間はいないだろうな」

 唇が離れても、抱き寄せられた体は密着したまま、レトリック男爵領の最初の街に着くまで、私たちは抱きあったままだった。
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