私に興味がなかった政略結婚予定の騎士様がモフモフ猫になって溺愛してきます。

氷雨そら

文字の大きさ
1 / 18

絶体絶命と白いモフモフ 1

しおりを挟む


 鳴り響く、王都に危機を告げる鐘。
 逃げ惑う人々。けれど、その数は以前よりも格段に少ない。
 王都は、すでに魔獣に囲まれようとしていた。

 王国の守護者、シグナス・リードル様。

 いつでも最前線で戦う彼がいるからこそ、王都の平和はかろうじて守られていたのだ。

 けれど、シグナス様は、半年前の魔獣との戦いに出立して、そのまま帰らなかった。
 そこから、指導者を失った王立騎士団の劣勢は続いている。

「早く避難してください!」

 若い騎士様が、住民の避難誘導を行っている。

 早く、階段を降りて地下に行かなくちゃ!

 避難途中で転んでしまった老婦人に肩を貸し、赤ちゃんと子どもを連れた奥さんに順番を譲った結果、最後になってしまった。
 ほとんどの人たちが、地下に逃げ込んで、あとは私が入れば扉は閉ざされる。

 空から、甲高い鳴き声と羽ばたきの音が聞こえてくる。
 間違いない、茶色い大きな羽。鷹の魔獣だ。
 元々、生態系の上位に位置する動物の魔獣はとても強い。
 私みたいな一般人なんて、なにも出来ずに餌食になるしかない。

「あの日と同じ」

 地下への扉を潜ろうとして、一瞬だけその鳴き声に意識がそらされる。
 そこに混ざる、小さな泣き声。

 ――――泣き声が聞こえた?

 振り返れば、少し先の路地に、小さな人影が見える。

「早く入ってください! もう扉を閉めなければ!」
「……子ども」
「っ……ご令嬢!」

 子どもが泣いている!
 小さな少年だ。親とはぐれてしまったのだろうか。
 ドレスの裾を掴んで、走り出す。

 ――――あの日と重なる。

「シグナス様」

 でも、今度はきっと誰も助けになんて来ない。
 だから、自分の命を守るのよ。
 階段を駆け下りるの。

『リーナ、約束だ』

 それが最後の約束だから。

 低くて、少し無愛想な声が蘇る。
 あの声が、本当に大好きだった。

 ……ごめんなさい。約束、守れそうにありません

「ほら、立ち上がるの!」

 泣いていた少年は、涙があふれた青い瞳を私に向けた。
 私は、その細い手首を掴んで、立ち上がらせる。
 まだ、6歳くらいだろうか……。

 その時、私たちに大きな影が落ちた。
 近づく羽音、上を見上げれば、飛竜が獲物を見つけて、光るかぎ爪をこちらに向けて舞い降りてくるところだった。

「路地裏なら、入り込めないわ」

 私は、必死になって薄暗い路地に少年を突き飛ばす。尻餅をついた少年は、驚いたように目を丸くして私を見つめた。

「いい? 後ろを向いて、路地の奥に走って。絶対にこっちを向いてはいけないわ」
「お、お姉ちゃんは」
「あなたが逃げ切ったら、ちゃんと逃げるから。早く」

 少年は、唇をぎゅっと引き結ぶと、私に背を向けて走り出した。
 ほっとしたのと、恐怖とで、膝をついた私の肩を、飛竜のかぎ爪が掠る。
 地下の扉を閉めた若い騎士が、こちらに走ってくる姿が見える。

 ……間に合わない。巻き込まれる。来ないで!

 乾ききった喉、叫びたいのに声を出すことが出来なかった。
 あと、数秒で、私の体は鋭いかぎ爪か、光る牙に貫かれてしまうことだろう。

「――――シグナス様」

 代わりに私の口をついて出た言葉は、帰ってこなかった婚約者、シグナス様の名だった。

 パキンッと硬質な音。
 強く目をつぶった私の耳に、続いて重低音で何かが倒れる音が聞こえる。
 そして、静寂が訪れた。

 そっと、目を開けた私の前には、王立騎士団の深いグリーンのマントと、金色で縁取られた黒い騎士服。
 そして、真っ白な毛に覆われた大きなモフモフの……。二足歩行の白猫?
 幼い頃絵本で見た、二足歩行の大きな白猫が私を背に庇うように立っていた。

「確かに、覆い被さってはいないな……」

 小さな小さな、つぶやきは、もしかして私の聞き間違いだったのだろうか。
 あまりの恐怖、緊張の糸が切れたせいで、急激に意識が遠のいていく。
 地面に倒れ込むのを覚悟したのに、ふんわりとした極上の肌触りに受け止められたのが、最期の記憶だった。

 ***

 ……それは、半年前のこと。

 私の政略結婚予定の婚約者であり、シグナス・リードル様は、魔獣との戦いに出立しようとしていた。

 光の加減で緑から金にクルクルと色を変える瞳は、とても美しいけれど、見るものを射すくめるように鋭い。
 白銀の髪は、歩くたびにきらめいて、まぶしい雪原みたいに神秘的だ。
 背は高くて、どちらかというと平均より低い私の背丈では、肩までしか届かない。

「……行ってくる。周囲に迷惑をかけないよう、大人しく待っていろ」
「はい、お待ちしています」

 周囲の騎士様と婚約者や恋人たちは、抱き合って別れを惜しんでいる。
 けれど、私たちの距離は、今も変わりない。半径50cmだ。

 ……それはそうよね。普通すぎる私では、シグナス様に不釣り合いだもの。

 いまだに、なぜ私が王命でシグナス様の婚約者に選ばれたのか、わからない。

 空色の瞳は、お気に入りだけれど、まん丸で子どもみたいに幼く見えてしまう。
 ふわふわとウェーブがかかった髪は、この国でよく見かける淡い茶色だ。

 婚約者として、一応シグナス様の瞳をイメージした淡いグリーンに金のラインが入ったリボンをハーフアップにした髪に結んでいる。
 けれど、大きめのリボンを結んだ私は、残念なことにいつも以上に子どもっぽい。
 
「……リーナ」
「シグナス様?」

 珍しく、シグナス様がその端正な唇を一瞬引き結んで、言い淀んだ。
 首をかしげた私の手をそっと取って、シグナス様がつぶやく。
 いつも張りがあってよく響くその声。
 今日は、嘘みたいに、かすれて小さい。
 
「……帰ってきたら、俺と」
「……え?」

 その時、緊急事態を告げる鐘の音が鳴り響き、シグナス様の声をかき消した。
 それは災害級の魔物の出現を告げる鐘だ。
 シグナス様が行かない限り、事態は収束しないだろう。
 
「時間切れか」

 何度繰り返しても、この瞬間には慣れない。
 無事でいてほしいと、泣きそうな気持ちで、シグナス様を見送るこの瞬間は。

「シグナス様……。ご武運を」
「ああ、王都は守る。無駄な心配などせず、待っていればいい」

 騎士様らしい言葉。
 本当にシグナス様はかっこよくて、普通の女の子でしかない私は、シグナス様にふさわしくない。

 頭が大きな手でぐしゃりと乱され、緑に金の細いラインが入ったリボンがほどかれる。
 私が身につけていた、シグナス様の瞳の色のリボンが、その手の中に握られている。

「……いいか? 大人しく待っていろ。子どもが逃げ遅れたからと、魔獣の前に飛び出して覆い被さったりするな」
「あんなこと、何度も起こりませんよ」

 強い風が吹いて、ほどかれた髪の毛が広がるのを手で押さえる。
 乱れた髪を、押さえて、私はシグナス様を見上げた。
 少しだけ怖い顔をしたシグナス様。私を緑がかった金の瞳が、まっすぐに見つめている。

「リーナ、約束だ」
「…………約束します」
「良い子だ」

 また、子ども扱いする。
 少しふくれっ面になってしまった私を見つめたシグナス様は、いつもの冷たい表情を少し崩して微笑む。

 シグナス様が、長い指で、可愛らしいリボンを愛剣に結びつける。
 白銀の剣に淡いリボンと金色のリボン。まるでシグナス様のような色合いだ。

「次の時には、リーナの色合いのリボンを用意しておけ。そうだな、その瞳の色がいい」
「え? シグナス様?」

 それだけ言い残して、シグナス様は、私に背中を向けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...