パパ溺愛幼女奮闘計画

片原痛子

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9話.犬

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「サファイア!今日はおままごとしよ!」

「………」

最悪のお茶会が終わったら、最悪の日常が私を待っていた。
「遊びに行きたい!」というスフェンを一度受け入れたら、母親と一緒に毎日のように遊びに来るようになってしまったのだ。
幸いなことはお父様が特に何も言ってこないことと、流石に家の中までは上がり込んでこないことだ。
けれど来るたびにプリマヴェーラ夫人は我が物顔で庭のテラスに座り、まるで自分の家かのように我が家の使用人たちにお茶の準備をさせている。
そして娘のスフェンは仲良くするふりをして私を虐めてくる。

「私、おままごとはしたくない」

「ダメ!サファイアより私の方がお姉さんだから、サファイアは私の言うこと聞かないとダメなの!」

そう大きな声を出しながら、誘いを断った私をスフェンは私を叱りつけた。
いつもこうだ。彼女はいつもお姉さんぶりながら我を通し、私の話を聞かない。止めるべきプリマヴェーラ夫人も「ごめんなさいね、スフェンがお転婆で。妹が出来たみたいではしゃいでるの」と、私が何をされても笑ってスフェンを窘めるだけで止めてはくれない。

初めて来た日は鬼ごっこだった。
鬼は当然のように私。けれど、

「サファイアおそーい!」

「まっ、待って……はぁ、はぁ」

スフェンが全力で逃げるため、鍛えてもいない5歳の身体では体格差でも体力的にも追いつくことが出来ず、永遠に鬼だけをやらされて筋肉痛になった。

次の日は隠れんぼ。これは交代交代だったけれど、何回目かで私が隠れる番になったときにいつまで経っても探しに来ないから出てきたら、母親と一緒にテラスでお茶を飲んでいた。そのとき、彼女は何と言ったか。

「探すの飽きちゃったから」

お前が何回もやらせたんじゃないか!と思わず水魔法で沈めてしまおうかと思った。しかも出されたお菓子は全部一人で食べ尽くしていた。

次の日は庭園を散歩した。

「あ、この花綺麗!花束にしよう!」

スフェンはそう言って庭師が丹精込めて作った薔薇を勝手にブチブチと摘んでいき、挙句に棘が刺さったことに腹を立ててその全てを捨てた。それをちょうど見ていた庭師のあの悲しい目といったら……。

と、スフェンは毎日毎日こんな風に好き勝手に暴れ回り、その度に私を振り回し、見下し、侮辱してきた。
そんな彼女がするおままごとなんて、最悪だ。

「私がママをやるから、サファイアはワンチャンね!」

出た。
スフェンはおままごとの度にいつも私に犬の役をさせる。
この、テゾーロ公爵家の唯一正当な後継者の私に、犬を。
信じられない。子供のやる事とはいえ限度がある。
しかしスフェンは私の怒りをよそにピンクのリボンを私の首に巻き付けようとする。

「やめて!」

「こら!ワンちゃんは『ワンワン!』って鳴くんだよ!」

「っ!」

スフェンが強めにピシャリと私の背中を叩く。こんな屈辱は浮気野郎の浮気を知ったとき以来だ。
許せない、許せない!
怒りに震える私を見て、流石に侍女のラピスが止めるように間に飛び込み私を庇うように抱きしめた。

「お嬢様……!プリマヴェーラ嬢、おやめください!」

「何?メイドのくせに邪魔しないで!」

邪魔をされたスフェンはそう怒り出すが、ラズリはメイドではなく侍女で、彼女と同格のピオッジャ伯爵家から行儀見習いに来てくれている令嬢だ。
初めて見た時は頭の良さそうな子かと思ったけど、前言撤回!スフェンは常識知らずの野生児だ!

「お嬢様は公爵家の唯一の後継者です!このような無体許されません!」

「遊んであげてるのに、何で私が怒られるの!私とお友達辞めたら皆んなに虐められるんだからね!」

「そんなのっ……!」

「いいの、ラズリ」

なまじ無視できないほどには爵位があり、友人も多いスフェンを敵に回すのはあまり得策ではないと私は考えていた。もし、私が社交界に入る前に先に嫌な噂を立てられたら、社交界で爪弾きに遭ってしまう可能性がある。
私にはお父様のように孤高でありながらも皆んなから慕われるようなカリスマ性はないから、一つ一つの評価を大事にしなければならないと、そう思って理不尽な目に遭っても耐えているのだ。
私の考えを察したのか、ラピスは悔しそうに唇を噛んだ。

「お嬢様、申し訳ありません……」

「いいのよ。お父様が何も言わないなら、自分で解決しろってことだろうから」

しかし、こんな連中に1ヶ月以上手をこまねいているのは事実。早急に手を打たなくては。


ポツポツ

「ん?」

どうするか考える私の頬に小さな水粒が当たる。

「お嬢様、雨です。テラスに入りましょう」

元々雲行きが怪しかった空が遂に決壊したらしい。私たちがテラスへと避難すると大振りの雨となった。

「あらあら大変。帰れるかしら」

止みそうにない雨を眺めながら、プリマヴェーラ夫人はこれ見よがしに困ってみせる。しかし、チラチラと屋敷の中を伺っているのが見え見えだった。この後の展開を予想して、私はぞっとした。

「お母様!寒い」

「まぁ、大変!サファイアちゃん、申し訳ないけれど雨宿りさせていただけないかしら?」

ほらやっぱり!そう言い出すと思った!
今までその線は超えてこなかったのに「仕方ないことだから」と言う顔をして、厚かましい!

けれど、寒がっている子供を外に放置しているなんて公爵家の評判に関わる。
天は私のことを嫌ったらしい。

「……中の応接室へどうぞ」

私は渋々、渋々二人を室内に案内して、空を睨みつけた。
どうか夕方までには止んでよね!



「ねぇ!屋敷の中で隠れんぼしようよ!」

屋敷に入った途端、スフェンは早速わがままを発揮した。
けれど今屋敷にはお父様がいるから許可できない。

「お父様の邪魔になるからダメ」

「え~~~サファイアちゃんのお父様みたい!すっごくカッコいいんだよね?お母様がいつも言ってるよ!」

「スフェン!もう、この子ったら余計なこと言わないの」

そんなこと娘に言うほど興味があるのか。
そうか、そうか。

ぜっっったい許さない!

私はこの親子を再度敵に認定した。

「ねぇ、公爵家ってどんな絵本があるの?」

「絵本……?」

無邪気に尋ねるスフェンの言葉に私は首を傾げる。
絵本……我が家に絵本があっただろうか?
赤ちゃんの頃に文字や単語を覚えるための本を見たことはあるが、幼子が楽しむような童話のような本は……ラピスが寝る前に読んでくれていた童話集一つくらいだろうか?あれもラピスが気を利かせて買って来てくれただけで、私が必要ないと言ったから寝物語は一冊で終わった。

「絵本はないよ」

「え~嘘!きらきらの絵本とかあるでしょ!?」

きらきらな絵本ってなんだ……絵本がキラキラしていると何かあるのか?確かに装丁の綺麗な本は感心するけれど、キラキラしてても所詮絵本は絵本だろう。

「……じゃあおもちゃは?おままごとの道具!」

「おもちゃ……」

おもちゃも、あっただろうか?誕生日は毎年服と本でおもちゃと呼ばれる物を貰った記憶がない。強いてあげるなら赤ちゃんの頃に貰ったぬいぐるみを大切に飾っているけれど、こいつに見せるつもりはない。

「おもちゃもない」

「嘘だ!そんなわけない!」

「本当にないよ」

「……本当に?」

「本当に」

「………サファイアちゃん、変だよ。絵本もおもちゃ持ってないなんて変」

そう気味悪そうに言われて、私はそれもそうかと思った。
5歳なんて遊びたいわがまま盛りなのに、つい長く生きた大人のように振る舞ってしまう。それをお父様も誰も指摘しないから余計に。
やっぱりもう少し可愛げを出してお父様に甘えてみた方が可愛がってくれるだろうか?

私はすっかり気分を損ねたスフェンを横目にそんなことを考えていた。




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