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10話.嵐の夜
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「雨、止まないね」
スフェンはテラスにつながる戸から降り注ぐ雨を見ながら退屈そうに呟いた。
私の必死の祈りも虚しく、夕方近くになっても雨は止まなかった。寧ろ、夕方に近づいて激しくなったかのように感じる。私が大精霊のままだったならこんな雨弾き飛ばしてやるのに、人間の身では流石にそこまではできないため諦める他ない。
「これでは馬車で帰るのは危険ね……どうしましょう」
プリマヴェーラ夫人が哀れを装い私の懸念通りの発言をする。
この雨の中馬車で帰ればぬかるみに車輪がとられ横転して最悪死んでしまう可能性がある。私としてはこの親子がどうなろうが構わないが、流石に死ぬリスクがあるのに大雨の中馬車で返すのは人間の倫理的に良くないだろう。
こうなることを予見して早く帰せばよかったのに、初夏の雨ならすぐ止むだろうと楽観視した私の落ち度だ。
人生とはままならないものなんだなぁ……と私はプリマヴェーラ夫人の厚化粧を眺めながらぼんやりとしみじみと感じ入った。
「申し訳ないのだけれど、今日は泊めてくれないかしら」
「………………………私の一存では決められないので、執事長に聞いてきます」
私はプリマヴェーラ親子を部屋に残して部屋を出る。別にラズリに連れてきて貰えばいいけれど、とにかく彼らと同じ空間にいたくなかった。
私はお父様の執務室の前まで行き、ラピスにコーラルを呼んでもらった。というのも、私が直接声をかけてしまって邪魔したくないのと、後ろめたいのが本音である。
「お嬢様。いかがいたしましたか?」
「コーラル。その、今日いらしてる邪魔……じゃなくてお客様なのだけど」
「あぁ。この雨ではお帰りになるのは無理ですね。滞在の準備をしますね」
「い、いいの?」
「流石にこの雨の中お帰りいただくのは危ないですからね」
コーラルは暢気なことを言っているが、本当に大丈夫なのだろうか。まさか彼があの親子の危険性について理解していないわけがないと思うのだけれど……。
それとも、私の考えすぎだった?彼らは普通の非常識な人間だったとか。
「お父様に怒られないかしら?」
ただでさえ他人を近づけたくない人なのに、自分の領域を何を仕出かすか分からない全くの赤の他人が歩き回るのは不愉快なのではないだろうか。
至極真っ当な心配をする私を、コーラルはにまにまと笑っていた。
「何……?」
「いえ、お嬢様にも子供らしい可愛いところがあって微笑ましくて。心配されずとも旦那様は嫌なこと我慢される方ではないので気に入らなければその場で叩き出しますよ」
「それは……そうね」
確かにお父様が誰かの顔色を伺うなんて考えられない。家の中で何か仕出かせば例え裸足だろうと雨の中に放り出すだろう。
なら気にしなくてもいいのかも……?
「旦那様には私の方から伝えておきますので、安心してください」
「そう?頼むわね」
これで懸念はなくなったので、あとはあの親子をどうやって制御するかだ。
永遠に彼女たちを部屋に閉じ込めてなかったことにしたかったけれどそんなことは出来ないので私は二人が待つ部屋へと戻った。
「戻りました」
部屋に戻るとスフェンは靴を脱いでソファーに寝そべってすっかり寛いでいた。
夫人はスフェンを窘めることもせず、まるで答えは分かっているといったしたり顔で私を出迎えた。
「おかえりなさい。公爵様はなんて?」
「今晩は我が家にお泊りください。大したおもてなしは出来ませんが」
「あらそう?悪いわね?」
「私サファイアの部屋に泊まりたい!」
「それはちょっと……」
「いいでしょ!友達なんだから!」
「……」
我慢、我慢しなければ……私は公爵家の次期後継者。
品性と忍耐力が今試されているのだ。冷静にならなければ。
「ラピス、二階の客室に案内して差し上げて。プリマヴェーラ様、三階は家族の私的空間になりますので入らないようにしてね」
「分かりました」
夫人はそう確かに頷いた。
その後部屋に案内し、私は一度部屋に戻り夕食の時間に再び食堂に集まる。
「あれ?ねぇ、サファイアのお父さんは?」
食堂の席に着くとスフェンは首を傾げ空いた当主の席を見た。
「お父様は忙しい方だから一緒に食事は摂らないわ」
「え~~~うちのお父さんは忙しくても一緒にご飯食べるよ」
「そう……」
だからなんだ?家族の生活なんて家庭それぞれだろう。
私だって一緒に食べられるものなら一緒に食べたいけど???
心の中でふつふつと怒りが沸き立ち始めたとき、執事が料理の配膳にきて幸い話は終わった。が、今度は別の問題が発生した。
「えー!私この葉っぱ嫌い!!!」
スフェンが前菜のサラダを見た途端、げぇ!と下品な声を上げてテーブルを叩いた。あまりに無作法な態度に使用人含め私たちは目を丸くして驚いてしまう。
「スフェン。お行儀が悪いわよ」
夫人も流石に娘の態度が恥ずかしいのか珍しくスフェンを窘める。しかし、普段怒られ慣れていないスフェンは気にすることなくカンカンとフォークで食器を打ち鳴らす。
ここにお父様がいなくて本当に良かった。こんな子と友人だと思われたら凄く困る。
「……ふぅ。スフェンの皿は下げて頂戴。代わりにパンを一個多く持ってきて」
あまりに見苦しくて、私は執事にそう告げてスフェンの皿を下げてもらう。
それでもスフェンは嫌いな食べ物が出てきたことが不満なのか未だにふくれっ面で足を揺らし、出てくる料理すべてにケチをつけていく。
「この料理は気分じゃない」
「この味付け嫌い」
「肉が切りずらい!」
我が家の料理は公爵家なだけあってかなり質がいい。それに文句を言えるなんて、家でどれだけ偏食をしているのだろう。
結局夕食は最悪な時間となった。まぁ、余計な会話がなくてよかったとも言うべきか……。
料理長にはあとで謝罪をしておかなければ。
「それじゃあ、私は部屋に戻るから。おやすみなさい」
「サファ……」
パタン
私はスフェンがこれ以上絡んでくる前に食堂を出て急いで部屋へと戻った。流石に入浴中は入ってこないだろうから、私はそのままさっさと浴室へと引きこもる。
「むかつくむかつくむかつく!」
『サファイア様……お労しい……』
湯舟がぐつぐつと音を立て煮える。
それを必死に精霊たちが宥めてくれるが、私の怒りは収まらない。
「同じ屋敷に、私とお父様の愛の巣にあいつらが住んでると思うと腸が煮えくり返るわ。ねぇ、あの人たちの入浴中に溺れさせたり出来ないかしら」
『出来なくはないですが、人間殺しは精霊でも重罪ですよ……』
「そうなのよね……、はぁ。言ってみただけよ」
精霊の言葉に私は深くため息を吐く。
私だってそのルールは理解している。だから私は殺されたわけだし……でも本当にそうしてしまいたいくらいに私は彼らが嫌いだった。
「まぁ、どうせ寝て朝になったら終わりよね。明日の朝まで無視しておきましょう」
『そうですよ!お風呂から上がったらもう寝ちゃいましょう!』
「気疲れしちゃってもう眠いのよね……」
風呂から出た私は軽くストレッチしていたが、突然ドンドンとけたたましく部屋の扉が叩かれた。
「な、何!?」
「サファイアーーー!遊ぼーーー!!!」
廊下にスフェンの声が反響し恐ろしく煩い。お父様の邪魔になると思った私は慌てて扉を開けてスフェンを部屋に連れ込む。
「ちょっと!三階には来ないようにって言ったでしょ!」
「え~だってサファイアの部屋見たいもん!」
「見たいもんって……」
私は頭痛がしてきて頭を押さえた。
確かにスフェンはさっき三階に入らないよに言ったとき、了承していなかった。母親が頷いていたから言って聞かせるだろうと勝手に思い込んでいた。彼女がそんな大人しく言うことを聞くわけがないのに。
スフェンは室内を見回すと、躾のなっていない犬のように落ち着きなく私の部屋を歩き回る。
「わっ!ベッドふかふか!」
「……」
「ねぇねぇ、サファイアのドレスでファッションショーしよ!」
「………」
……もしかしたら、私は今日眠ることができないのかもしれない。
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