Strawberry&Cigarette

雪葵

文字の大きさ
10 / 49

An Accident in the Rainy Season ー第3話ー

しおりを挟む
「…………」

「岡崎」

「——嫌だ」

「え?」

「お前には、言わない。——絶対」


 答えようとした声を、寸前で飲み込み——
 岡崎は吉野の問いを強く拒絶した。


 言えない。

 本心を言ったところで——
 こんな気持ち……こいつに受け止めてもらえるはずがないだろう?
 自分自身にさえ訳がわからない、こんな気持ちを。

 多分……
 それを知られたら、きっと……俺はもう、こいつの親友じゃいられなくなる。

 こいつの側にいられなくなる。
 

 それだけは嫌だ。


「……おい。
 今、何か言おうとしたじゃないか——」
「何も言ってない。
 この話は、これ以上したくない」


 今、確かに呟きそうになった——
 何て?
 なんて言うつもりだったんだ?

 なのに——
 こういう時にいつもするりと逃げていく幼馴染に、吉野は一瞬かっとなる。

「ふざけんな——岡崎、お前……!!」
 思わず、その肩を強く掴んだ。 

 至近距離で、初めて視線が強くぶつかり合う。


 どこまでも薄く、固い壁一枚を隔てて。
 言葉など、ただの一つも通い合わない。


 けれど——

 視線は強く結び合ったまま、解けない。


 何もできずに——
 互いの瞳を、じっと覗き込む。


 裏も迷いも一切ない強い光が、お互いを見つめる。
 はっきりと確かな感情が、その奥に波打っている。


 ——言葉などなくても。
 言葉よりもずっと明らかなものが、目の前で自分を強く捉えている。

   

 こうしてみて、初めて気付く。
 多分——ずっと、これを感じたかった。
 自分のすぐ側で、自分しか見ていない、こいつを。


 手を伸ばして——
 もっと、近づきたい。
 もっと触れたい。
 ——その心にも、身体にも。


 綺麗な説明などできなくても——
 目の前に湧き出す思いは、ごまかすことができない。



 岡崎を強く掴んでいた吉野の指が、ふと緩む。
 そして——その肩を、微かに引き寄せた。

「……っ」
 何かを怖がるように反射的に身体を引く岡崎に、囁く。
「逃げないでくれ」
 そして、俯きかけた岡崎の瞳をぐっと捉えた。


「もう少しだけ——
お前の額……俺の肩に置いてくれないか」


 こわごわと視線を合わせ、岡崎は呟く。

「……いいのかよ」


「ああ」



 躊躇いながら、額が近づく。


 互いの体温と、息遣いを間近に感じた瞬間——
 不意に、二人の鼓動が走り出した。


 止めようのない高鳴り。
 衝動が理性を押し流す。


 当然のように、互いの唇が引き合った。



 それと同時に——


 強い振動を伴い、観覧車が再び動き出した。




 ごちっっっ……。


 唇が触れ合うより僅かに早く、互いの額がしたたかにぶつかり合った。



『——観覧車乗車中のお客様へ、お知らせいたします。
 この度は、モーターの不具合が発生したため、大変ご迷惑をおかけいたしました。——運転を再開いたします』


「……で……っっ!!」
「ぐっ……メガネが鼻にっ……!!」



『…………ふざけるなよ観覧車っっっ!!!!』


 無残に現実へ引きずり戻された二人の心の叫びが、虚しくシンクロする。
 衝突の痛みと、我に返った気恥ずかしさで、後はそれぞれ額を覆って悶えるしかない二人である。



✳︎



「本当にごめんっ!! 20分近くも止まっちゃうなんて……大丈夫だった!?」
 観覧車を降りた二人に、リナは申し訳なさそうに駆け寄った。

「あー……別に」
「…………」
「あの……あんまり大丈夫そうに見えないけど?
 とりあえず、なんで二人とも額押さえてるのよ?」
「ん? これはまあ、たまたまだ。気にすんな」
「たまたま二人で額ぶつけるって、意味わかんないんだけど……それに、岡崎さん、ちょっと顔色悪いみたいよ?」
「あ……? えー、大丈夫です。なんというか、急性観覧車恐怖症っていうのか……」
「は!? 急性ナニ!?」
「いや、なんか観覧車乗ってから急に怖がってパニクっちゃったんだけどさ、こいつ……」
「あ、そういう……でも、随分怖かったわよね? 大丈夫?」

「……」

 二人ともなんとなく黙り込み、気まずそうに俯く。


 どう見ても、なんかあったっぽいわね。これは。
 まさか……ケンカとか?
 ……とりあえず、あんまり突っ込まないで様子見ますか。
 リナは、二人の様子を慎重に窺いながら、心で呟く。

「そんなわけでリナ、夜景は撮れなかった。悪いな」
「あ、え? そんなのはいいのよどうでも」
「……どうでもいいのか?」
「あーー、じゃなくって!! 姪っ子には謝ればなんとかなるから、気にしないで!
それより岡崎さん、ほんとにごめんなさい、こんなことになっちゃって。——観覧車なんか、もう乗りたくなくなっちゃったでしょ?」

 そんなリナの言葉に、少し間を置いて——岡崎はぽつりと答えた。

「……いえ。
 こいつの煙草の匂いが側にあれば……大丈夫そうですから」


「ああ、そうなの?
それならまあ……って、ん??」

 聞き流しそうになった岡崎の呟きに、リナの耳がぐいっと引っぱられた。
 今の、どういう……?

 改めて、二人の顔を見る。


 吉野は、その呟きに強く反応し、岡崎をぐっと見つめる。
 岡崎は、そんな吉野にちらりと視線を向けると、少し照れたようにふいと横を向いた。


 ……なにこれ。
 なんだかよく分からないけど……

 何か、たまらなくロマンチックな出来事でも……あったのかしら?

 なんか私、微妙にお邪魔みたいだわね……
 でも、思ったよりやれてるみたい♪キューピッド役!

 リナは、二人の間の空気を壊さないようにしながら、明るくはしゃぐ。
「あー、それにしてもなんかお腹空いちゃったなー。この辺のお店はちょっと詳しいの。なに食べたいー?」
「腹減ったし、とりあえずテキトーに決めようぜ。俺は、煙草吸えればそれでいいから」
「敢えて言えば、酸味の強いベリーソースのかかったデザートを食べたいですね……」
「もー、こういう時ほんっと男って役に立たないわよね!
 よし、じゃ私が勝手に決めるわよ! お詫びに今日は奢るからっ♪」



 そうして——
 なんだかんだ言って楽しげな3人の背は、明るい街の灯の中に紛れていった。



✳︎



 それから二週間後の、金曜の夜。
 吉野と岡崎は、いつものカクテルバーにいた。

 二人の前には、リボンのかかった可愛らしい小箱がひとつ。

「リナがさ、お前に申し訳なかったって……ベルギーの叔父さんに頼んで、作ってもらったんだと。お前の好きな、あの酸っぱいベリーのチョコレート。
 あいつもいろいろ予定が入ってるらしくて、俺から渡してくれって」

「別に、そんなに気にすることないのにな……」


 箱を開けると、綺麗に並んだ宝石のように艶めく、美しいチョコレートが現れた。


「……リナさんって、いい子だよな」
 岡崎が、ぼそりと呟く。

「……へえ」
 吉野が、そんな岡崎の表情をちらりと窺う。


「……なんだよ」
「別に」

 岡崎は、その艶やかな一粒を口に運ぶ。
 吉野は、短くなった煙草を大きく吸い込むと、黙って灰皿に押し付けた。


「この前は——
 俺たち、あと1ミリだったな」

「……ゲホっ!!!!」
 岡崎のその呟きに、吉野は吐きかけた煙を思い切り喉に詰まらせた。

「……なっなんだよいきなり……!」
「お互い黙ってモジモジ恥ずかしがってても仕方ない。
 っていうか、お前あれ、マジなのか?」
 岡崎は、微妙に染まった頬でグラスを呷り、胸に引っかかった思いを一気に吐き出す。

「……どういう意味だよ?」
「あの時は、あんな高所に長時間吊るされる非常事態だったんだぞ?
どう考えても、俺たち平常心じゃなかっただろ……
 そんな状況下の出来事を、お前は安易にすんなり受け入れるつもりなのか!?」
 岡崎は、テーブルを拳で叩かんとする勢いで吉野に問いただす。
 吉野は、急所を突かれたように赤面し、キッと岡崎へ視線を向けた。
「はあ?? そんなこと俺に聞くなよ!
 俺だって最近不眠気味なんだからな!! 幼馴染とキ……とかもうそういうの全く信じらんねーんだし!」
 吉野はあの日以来のモヤつきを一気に全開にして、乱暴にチョコレートに手を伸ばす。
 岡崎も、吉野の煙草を奪うと苛だたしげに火をつける。

「おい、チョコ嫌いなくせに無駄に食べるな! ベルギー産だぞ!」
「お前こそ無駄に吸うなよ! 幾らすると思ってんだ!」
 

『自分自身の方向性が全く見えない——人生初の深刻なアクシデントだ!!』
 
 どこまでも不器用で初々しい二人の心の叫びがシンクロする。



「なあ——岡崎」
 憮然とした顔で酸っぱいベリーソースを噛み締めていた吉野が、ふと解決策でも思いついたように冷静に切り出す。

「何だよ?」


「今度——
 俺の部屋に来いよ。
 ——俺の部屋で、二人で飲まないか」


「————」

「……まあ、お前が嫌じゃなければな」



 二人の視線が、一瞬絡み合う。



 視線をグラスに戻し——軽く呷ってから、岡崎は答えた。

「……嫌ではない」



 そして——やっと緊張が解けたように、同時にふっと微笑んだ。




「——もうすぐ夏だな」

「ああ。
 あと少しで、梅雨明けだろ」



 そんなこんなで、金曜のカクテルバーの夜は更ける。
 互いを引き合う何かに、気づいたのか気づかないのか——そんな曖昧な彼らを、優しく包んで。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...