Strawberry&Cigarette

雪葵

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The Troubles in Midwinter ー第6話ー

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 2月1日。
 赴任先のオフィスへ到着した岡崎は、『CEO's Office』と書かれたドアをノックした。

「失礼します」

 デスクで資料に目を落としていた男は、灰青色の瞳を上げるとパッと輝くように微笑んだ。

「ああ、来たねアキラ! 待ってたよ」
「お久しぶりです、クリス。……お元気そうでよかった」
「君も元気そうだ。
 また会えて、嬉しいよ。
 うちのスタッフも、君が帰ってから随分寂しそうでね」

 そんなことを言いながら大股で歩み寄り、クリスは長身から少し見下ろすように微笑むと、すらりと長い両腕と大きな懐で岡崎を強く抱きしめた。

「クリス——お父様のお加減は、その後いかがですか?」
「ああ、ありがとう。父はもうすっかりいいんだ。
 でも、僕にこの仕事の代打をさせて以来、楽を覚えてしまったようでね。今は仕事は全部僕が引き継いだよ。
 彼はのんびり隠居生活を楽しんでる」
「そうですか。お父様、お元気になられて本当に良かったです」
「おかげでこっちは大迷惑さ。
 全く、35でCEOなんて、本当は真っ平なんだ。……急いで苦労を背負い込むようなもんだろ?」
 カフェオレ色の柔らかな髪をかき上げて大きなため息をつくと、クリスは男らしく整った顔立ちを少年のように崩して笑った。

「それは、あなたに能力がある証拠でしょう?……お父様も安心ですね」
 お茶目なクリスの様子に、岡崎もつられて思わずくすくすと笑う。


「1年前に赴任した時は、お父様が倒れられた直後で、あなたは慣れない仕事を抱えて大変そうでしたから。——安心しました」

「気にかけてくれてたの? そういうところが、アキラなんだよな。
 あの時期を乗り切れたのは、君がいてくれたからだ。——君には、心から感謝してる」
 そう呟いて、クリスは温かい瞳で岡崎を見つめる。

「いえ、俺は何もしてませんよ」
 そんな空気に、岡崎は困ったような微笑で答えた。

「さあ、じゃ久しぶりにうちのスタッフにも会ってやってくれ。君にまた会えて、みんな大喜びだ。近いうちに君の歓迎会もやらなきゃな。まあ、僕が言わなくてもあいつらがセッティングするだろうけどね」
 クリスは、改めて明るくそう言うと、気力に満ちた足取りで岡崎の前を歩き出した。


「おかえりアキラ!」
「久しぶり! あなたが帰っちゃってから、もう寂しくて。また会えて最高に嬉しいわ!!」
 オフィスのフロアに踏み入ると、あちこちのデスクから歓声が上がり、社員たちがわらわらと岡崎の元へ押し寄せた。

「アキラ、また色々教えてくれよ。君がいると、オレたちの仕事の能率が格段に上がるんだ——その差が大きすぎて、クリスからは怒られそうだけどな」
「本当は悔しいはずなのに、なぜかアキラには腹が立たないのよねー」
「それよりアキラ、この1年でますます綺麗になったんじゃないか?」
「そんな台詞はアキラじゃなくて彼女に言いなさいよ!」
「お久しぶりです、皆さん。——またしばらく、よろしくお願いします」
 彼らのおしゃべりに対応しきれないまま、岡崎は照れた顔をなんとか引き締めて丁寧に挨拶をする。

「こちらこそ、またよろしく!
 ねえ、しばらくなんで言わないで、もうずっとこっちにいたら? 私たち、もうあなたを帰したくないんだけどなあ」
 そんな女子社員の冗談に、どっと笑いが起こった。


 大きな窓から差し込む日差しと、メンバーの爽やかな明るさ。
 そんな、これまでとはガラリと切り替わった空気に……岡崎の胸に抱え込んでいた澱みも、気づけばどこかふっと軽くなるようだった。



✳︎



 仕事も順調に動き出した、2月の半ばの夜。
 岡崎は、クリスと小さなレストランに来ていた。

 窓際の静かな席へ岡崎をエスコートし、自分も向かいの席に着くと、クリスは嬉しそうにメニューを差し出した。

「今日は都合をつけてくれて嬉しいよ、アキラ。なんでも好きなものを選んでくれ。
 ——前に来た時に、君は随分この店の味を気に入ったようだったから。早くまた連れて来たくてね」

 上質なスーツに身を包んだ品の良いその物腰と、凛々しく知的な容姿は、何も言わずともこの上なくハイクラスなオーラを放つ。
 だが、互いを名前で呼ぶことや、上司にも友人のように接して欲しいというクリスのポリシーから、岡崎もすっかりその打ち解けた空気に親しんでいた。

「……覚えていてくれたんですか? 嬉しいです。
 あの時は、ちょっと恥ずかしいくらいがっつきましたもんね、俺。
 やっぱりここのシーフードは最高に美味しいですね」
 その明るく開放的な空気に、久々に心が浮き立つ感覚が戻ってくる。

「だろ? ちょっと穴場の店なんだ。だから、ここは本当に大切な人しか連れてこない」
 そう言っていたずらっぽくウインクするクリスと口当たりの良いビールに、岡崎もほぐれた気分で冗談交じりに返す。

「あ。そうやって、しょっちゅう可愛い女の子を口説いてるんですね?
 あなたなら、どんな女の子も即Yesでしょうから」


「…………そう思う?」

「…………
 違うんですか?」

 そんな岡崎に返事をせず、クリスは美しい色の瞳で微笑んだ。
 そして、気持ちを僅かに切り替えたように、穏やかに岡崎に問いかける。

「アキラ。……アキラって、どういう意味の名前なの?」

「名前の意味ですか?
 んー……澄みきって輝く……とか、そんな意味なのかな。漢字にすると、水晶の『晶』っていう字を書くんですけどね」

「水晶……crystalだね。
 水晶のように、澄みきって輝く。——君にふさわしい、最高に素敵な名前だ。

 じゃあ——日本にいる恋人も、君のことをアキラって呼ぶの?」


 クリスの唐突な質問に、岡崎は思わず言葉を詰まらせる。


「………………」

「——ああ、ごめん。
 変な質問をしてしまって……どうか、失礼を許してほしい」

「……いいえ、そんなことは全然」

 思わず気まずい空気を作ってしまったことに、岡崎もどぎまぎと呟く。


「ありがとう……君は、いつも優しいな」

 クリスは、少し伏せた瞳を再び穏やかに岡崎へ向け、はにかむように微笑んだ。


「ねえ、アキラ——もう一つ、聞いていい?」
「なんでしょう」

「君は、もしも同性に告白されたとしたら、どう思う?」


「…………
 誰かを好きになるって、何か決まり切った型の中に押し込めるようなものではありませんね。
 誰が何と言おうと、惹かれてしまう。……この気持ちだけは、自分自身にさえどうにもならない。

 ——同性と恋をするのも、ごく自然な恋愛のスタイルだと思います」


「そうか。——それを聞いて、ほっとした」

「…………急にどうしたんですか、クリス?」


「————アキラ。
 もしも、日本に約束した人がいないなら……僕の恋人になってほしい」


「————」


「……驚いたよね。
 ごめん。

 ——君には、全く唐突な話でしかないだろう。
 けど……
 僕は、この1年間、ずっと君のことばかり考えていた。
 もしも、もう一度君に会えることがあったら……気持ちを伝えようと決めていたんだ。

 君は、誰よりも優秀で……それでも決して傲らず、常に謙虚だ。
 会社の大変な時期に、文句ひとつ口にせず、僕たちを支えてくれた。
 いつも冷静で、穏やかで。誰にでも等しく、細やかな配慮ができる。
 そんな君の姿を見ているうちに……気づけば、僕は君を片時も心から消すことができなくなっていた。

 あの時は結局何も伝えられないまま、君は帰国したけれど……
 あれからずっと、君のことが忘れられなかった」


「…………」


「——この州では、同性同士の婚姻が法的に認められている。……それは、知ってるね?

 アキラ——
 できるならば、ずっと、僕の側にいて欲しい。
 もし、僕の気持ちに応えてくれるなら……必ず、君を幸せにする。
 ——全力で、君を守る。どんなことがあっても」


「…………あの……クリス——」

「すぐに答えを聞こうとは思ってないよ。
 でも——真剣に考えてもらえたら、嬉しい」

 穏やかにそう言うと、クリスは一切迷いのない眼差しで岡崎を見つめ、温かく微笑んだ。




 滞在する部屋の近くでクリスの車を降り、岡崎はしんと冷えた夜の闇に包まれた。

 澄んだ空気を深く吸い込み、冴えた輝きを見せる星をぼんやりと仰ぐ。


 クリスの想いを、受け入れる——
 ……考えたこともなかった。


 彼の人柄も、能力も……
 とても好きだし、尊敬もできる。

 ——安心して、側にいられる。


 もしも——
 もしも……彼の気持ちに、応えたとしたら。

 そうすれば——

 あいつはきっと……もう迷うことなく、新しい幸せに向き合える。
 今度こそ、俺を忘れて。


 クリスマスパーティの夜、あいつは、俺に言った。
 この先のことを、約束はできないと。

 その通りだ。

 どれだけ側にいたとしても、俺とあいつは——何一つ、確実な約束を結べない。


 幸せにする。
 そんな約束を、何の疑いもなく、あいつと交わすことができたら。

 どんなに————


「————仕方ないじゃないか」

 気づけば目の中で滲み、溢れ出しそうになった星の輝きを、岡崎は慌てて顔を伏せてごまかした。



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