【完結】G材倉庫ジャック事件!

冴木 悠宇

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第三十一章 このきなんのき

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 僕は夢を見ていたのかな?
 僕がいつも見る夢は色がないんだ。彩度さいどが低くてあやふやな感じの、まるで大昔のテレビで流れていた白黒のドラマみたい。
 でも、だからこそ俯瞰ふかんして情景を見ている分、ぞっとするんだよ。
 今までの人生のなかで、とんでもない騒動だったと思う。自問自答を繰り返し、いろんなことを考えたよ。
 それこそ、ぐるぐるぐるぐるとね。
 酷く憔悴しょうすいした脳に「もう休ませて」って、土下座して懇願こんがんされたよ。
 まさかこの会社に転職して、ハラスメント行為なんて酷い目にあわされるとは思わなかったな。
 職場の教育ビデオで見たよ、まさか自分が主役になるとは思わなかった。
 人やものの見方が変わったよ、もう以前のようには振舞えない。あまりの理不尽に、悔しくて泣いたこともあった。
 でも差し伸べられた手の暖かさと優しさ、もういくら感謝してもしきれない。
 同時に、絶対に相容あいいれない考え方があることが身に染みた。金輪際こんりんざい、関わりたくない。
 それからね。
 仕事がしたいんだ、仕事をさせてよ。
 無知なままで偉そうに人の上に立たないで、現場をちゃんと見てから言ってよ。
 現場を見ない、何が起こってるのか知らない。業務の何たるかがわからないんじゃどうにもならないんじゃない?
 任せておいてよ、問題なく現場が回るようにするからさ。それが出来なかったのなら素直に文句を聞くよ。

 何度だって言うよ。
 仕事がしたいんだ、支えたいんだ、寄り添いたいんだよ。

 それを止めてるのは誰だ――?

ぺし

「あふぁあ?」

「寝ぼけている場合ではありません」

 ぐらぐらとしている意識のまま身を起すと。
 ぼんやりとした視界に、菩薩様の姿が映った。
 あれ、これは……夢?
 どうやら頭にコブでも出来たらしい、背中も肩も脇腹も、ずきずきじんじんと鈍い痛みを訴えている。
 体の痛みは、意識を覚醒させるんだ。
 眼前に広がる光景は、僕が見たこともない世界だ。
 目から入った情報を、脳がじわじわと知覚していく。
 僕のあごは『カクン』と落ちた、開いた口がふさがらない。なんだよコレ、脳が麻痺しちゃったじゃないか。
 きょろきょろと辺りを見回す、ここはどこ? 僕はだれ?じゃない、G材倉庫は? 
 振り仰げば、まるで皆既日食の最中のような空に、めまいを起しそうだ。
 
「ななな、なにが起こっているんですか、これは!」

「いやはや、とんでもないことですね。天界の最上位神聖術式でも浄化しきれませんでした。まさか魔女の想いがこれほどのものだったとは」

 嘆息たんそくする菩薩様の膝の上で、絵衣子さんが目を閉じている。そして絵衣子さんは、小さな翼を畳んだゆるちゃんを守るように抱きしめている。

「ふ、ふたりとも大丈夫なんですか?」

「ええ。大丈夫ですよ、お気になさらず。無理してエリシア様になったり、あんなに大きな神聖魔法なんか使ったりするから……」

 疲れた顔をした菩薩様は、ひょいと肩をすくめた。

「しょうがないですね」そう言って優しく微笑んだ菩薩様は、絵衣子さんとゆるちゃんの髪をそっと撫でる。

「はぁ、それならいいんですけど」

「それはそうと」

 菩薩様に、じろりんと睨まれた。

「はい?」

「このままでは、いけないですよね?」

「はぁ、そうですね」

ぺし

「ったい! なんなんですか!」

「世界を取り戻すんです」

「世界をですか? 大変そうですね……」

「はい。大変ですよ、とびさん」

「……」

 何も言えない僕は、人差し指で自分を指す。
 こっくりと頷く菩薩様。
 
「本気ですか?」

「ええ、もちろん♪」

「え~」

「なんで嫌そうなんですか、これからがあなたの出番なのに」

 菩薩様に、ぺしぺしと足を叩かれる。

「この数か月、しいたげられておとしめられたでしょう。その鬱積うっせきした怒りと口惜しさを発散する時だとは思いませんか?」

「発散ですか?」

「そう、発散」

 菩薩様は事も無げにそう言われたけど。
 僕に何ができるのさ?

「私は、絵衣子さんとゆるちゃんを介抱しています。ほらほら、はやく行ってください。行けば分かりますから……ね」

 ぺしこん、と背中を押された。

「あ、とびさん」

「え?」

「ほら! 行く前にちゃんと、ちゃんと二人に感謝してくださいね。いつも助けてもらってるんでしょう?」

「はい、それはもう。これ以上ないくらいに」

 そうなんだ。
 前職で培った感覚だけで、ひょいひょいと動く僕は、実はきちんとしていない。事務処理とか特にね。どれだけ助けられていることか。

「……じゃあ、行ってきます」

 僕は深々と頭をたれた後、ゆっくりと踵を返した。

 夕焼けのような、朝焼けのような、紅色と薄墨色が混じりあうぼんやりとした空と、どこまでもどこまでも続く影絵のような地平線――。
 その境界は、ひどくあいまいで不安になる。
 ああ、視力が良くなるなぁ、視線を遮るものがなにもないや。
 耳が痛くなるような静寂に心がざわめき、僕は両手で体をきつく抱きしめた。
 無音の世界を、僕はゆっくりと歩く、歩く、歩いていく。
 どこまで行っても変わらない景色。

 でも、何にもない世界にぽつんと。

 僕が足を運ぶにつれて、豊かな枝葉を茂らせる大きな、とても大きな木が見えてくる。

 そして、その木の下にいるのは……。
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