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第十一話 闇夜の出来事
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既に日は落ちて光る物が一切ない山の一角でソレは起き始めていた。
少し開けた広場のようになった場所に少しずつ薄らと光の粉みたいな物が集まっていくように見える。
この辺りに住んでいた野犬たちはその異様な気配に気がついたのか目を覚まして辺りを見渡していた。だが、だんだんと集まっていく光の粉に気がついたのか視線をそちらに集めていく。
もし、この光景をエスペランサーやエヴォルオ因子に詳しい者たちが見ていたのなら大慌てでこの場から立ち去るだろう。
集まりゆく光の粉は既に高エネルギーを取り込んで活発化したエヴォルオ因子であり、それが集まりつつあるというのは異界化が起こり始めている予兆でしかないのだから。
だが、そんな事を知る訳の無い野犬たちはその光景に警戒を現し、あるものは逃げ出し、あるものはその場に留まってうなり声を上げている。
そして、エヴォルオ因子がある程度集まった瞬間、その場所に何かの形か模様を示すように光が乱れ、それと同時に空間も歪み始めた。
変わりゆく空気と徐々に圧迫するような威圧感がその場から放たれ始めた。
その場に残っていた野犬たちはその異様な光景と雰囲気に飲まれてしまったのか、今まで上げていたうなり声を上げる事すら忘れてその場を見続ける。
そんな野犬たちを無視するように光は今までよりも強く輝き始め、歪んだ空間を中央に円を描くように形を変えていく。そして次の瞬間、歪んだ中心から何か辺りのモノを吸い込むような様子を見せるちょうどサッカーボールぐらいの何か分からない赤黒い球体が姿を現した。
それが飛び出た瞬間、その後ろに有った空間の歪みや活性化したエヴォルオ因子のリングは姿を消した。
飛び出したそれは丸で辺りの様子を確認するかのように暫くその場に停滞すると散らばったエヴォルオ因子を吸収し始める。
既にある程度集まっていたからか直ぐに辺りを照らすほどの光を放ち始め、何か変化しようとしているかのようなに細かく震え、そのまま光の中に消える。
野犬たちはそんな姿に再び警戒心を露わにして唸り始め、徐々に囲むように辺りをうろつき始めた。
だが、そんな事はお構いなしに無視し続けたソレは光の中から無防備に姿を現す。
ソレは人と同じような姿でに二本足で立ち、眩しそうに顔と思われる部分に片手を翳しながら周りをうろつく野犬たちの様子を窺うように見渡す。
そんな様子に遂に耐えきれなくなったのだろう一頭の野犬がソレに向かって無謀にも飛び掛かる。
急所を狙ったその噛みつきが合図になったのか後ろにいた一頭が同じように飛び掛かり、それに合わせるように次々と野犬たちが向かっていく。
だが、ソレは丸で焦りを感じさせないような動きで両腕を使って飛び掛かってくる野犬を避け、投げ払いながらもそれらの行動に何か不思議そうな雰囲気を放つだけだった。
本来であれば何らかの表情を示すはずの顔は塗り壁のように目も鼻も口すらない為に全く分からないはずのそれだったか余りにも不気味な反応と雰囲気に次第と飛び掛かる野犬の数は減っていき、変わりに周りに伏せて巻き込まれないようにしていく方の量が多くなる。
そして、最後の一匹が諦めた時にはソレの周りに三十を軽く超える数の野犬が伏せて、ソレを群れのボスとして認めたように崇めるような目で見ていた。
暫くすると不意に伏せていた野犬たちが立ち上がり、一斉に同じ方向に顔を向ける。
同じようにソレもその方向を見るが何も感じる事が無く、野犬たちに何か確認するような仕草を見せる。
だが、野犬たちはその事に気が付かず、自ら持つ聴覚と嗅覚に集中しているのか一向にソレに視線を向ける事は無い。そして、大きな風がその辺り一帯に吹くのを合図にしたのか一斉にソレを置き去りにして走り出したのだった。
田中は必死に山の中を走っていた。
少し前までならこの時間はゆっくりと自宅で晩酌を楽しんでいる筈だったのだが、今日この日に限ってはそんな事を考える暇を与えぬほどに必死に駆けていく。
月明りすら所々でしか感じれなくなるほど木々の生えた山を大事そうに鞄を腕の中に抱え込み、時より後ろに気を向けながら走る。
「くそっ、こんな事ならあの話に乗るんじゃなかった……」
幾らか走り続けた後に大きめな木に背を預け、呼吸を整えながらもそんな事を呟く田中の脳裏には数日前の出来事が有った。
今でもしっかりと思い出せるそれは久しぶりの休みの日に繰り出した夜の街で出会った昔の知り合いとの楽しい食事。
昔話に花を咲かせながらも交わした杯と料理の数々にいつしかいつもよりも酔っていて、普通では考えない事を話始めた田中達。
少々お金に困っていた田中達は揃って考えてしまった。そう、まともな状態なら考えなかったであろう一気に大金を手に入れる方法を。
まるで神が見捨ててないかのようにちょうど良くその知り合いの勤め先が大金に関わる仕事で一部隙の有る業務体系だったの良かったのか悪かったのか。
決行日に選ばれた今日、田中達は事前の打ち合わせ通りに計画を執り行い、見事に大金を手に入れる事に成功してしまう。だが、誤算が一つだけ有ったのだ。
そう、知り合いに聞いていた時には隙に思えたその業務体系が今日に限っては補う様に人員が増えていた事で田中達の犯行がバレてしまう。
幾ら大金を得たからと言ってもそれは無事に逃げ切らなくては意味が無い。途中で田中達は全員が別行動を取る事でどうにか逃げ切ろうと決め、お互いがどう逃げるか知らないままに別れたのだった。そして、田中は一人近くの山に逃げ込む事で追跡を振り切ろうとした。
ここ数年、田中の逃げ込んだ山に野犬が群れを成して生息していると噂が有った。勿論、地元住民だった田中もその事を知っていたが、大金を手に入れた今はそんな事さえ些細な事のように思えてどうにか手にした大金をそのままに逃げ切る為に山に入った。
麓の方ではまだ月明りも有って進めた山の中も中腹辺りに差し掛かった頃からは田中の逃亡を阻害するように今ではほぼ見えない。
「たぶん、中腹ぐらいまでは来れた。この山を越えて暫くは他の県で大人しく過ごせば……」
遠くの方から聞こえてくるサイレンの音に一緒に事を起こした知り合いたちが一瞬だけ心配するが、直ぐに首を振って自分の安全を一番に考える。
少し身体を休めれた事で体力と呼吸を回復できた田中は自分も追われる立場という事からまた進み始める事にした。
時より聞こえてくる野犬たちの声に驚きながらも見えにくい森の中、偶に辺りの様子を窺いながらも進むスピードはどうしても遅くなり、その事にいら立ちを覚えながらも着実に一歩ずつ進む。
そして、また疲れてきたところで都合がいい様に見えた岩肌にぽっかりと開いた穴。
恐る恐るも身体を休めたいがためにそこに近寄り、何か住んでいるのではいないかを暗い中で確認してみる。
真っ暗なその穴は直ぐには奥が見えず、夜という事も有って一歩踏み込んだ時点で視界は全くの見えない暗闇に包まれる。
徐々に慣れてくる眼で必死に奥を凝らし見ながら進んでいく田中だったが、不意に何か独特な匂いとほのかな温かさを感じた。
「うっ、なんだこの匂いは?」
つい鼻に手をやってどうにか匂いから逃れようとするがそれでも感じる匂いにここに入るのは失敗だったかと思い始めた時、視界の中で大きく何かが動いたように感じた。そして、それに合わせるように聞こえてくる何か重いものが踏みしめながらも近づいてくるような音。
音はたぶん奥から聞こえてくる。そう思った田中は恐怖を感じながらもその眼を凝らして奥を見る。
そして、見てしまう。この付近に姿を現したとは聞いていなかった大きな影の正体に。
余りの恐怖に腰が抜けてしまい、地べたに座り込んでしまう田中だったが、その恐怖からどうにかして逃げようと後退る。
その影の正体はそんな田中に警戒しながらも徐々に田中に近づいてくる。
そして、田中の恐怖が限界を迎えようとした時、その正体――熊は大きく口を開け、大きな唸り声を上げた。
「な、なんでだよ!き、聞いてない!!」
余りの恐怖から逃げ出そうと立ち上がり、熊に背を向けて駆け出す田中。勿論、熊も自分の休んでいた巣に侵入した侵入者を逃すはずも無く、田中の大声で一瞬だけ怯んだ後に追いかける様に駆け出す。
必死に走る田中はその穴から飛び出て、そのまままた山の中を走り出す。だが、そんな必死な田中を嘲笑う様に背後から熊が徐々にその距離を詰めていく。
そして、田中は疲れて息切れし始めた頃、木の根に足を取られて盛大に転んでしまう。勿論、追っていた熊がそれを逃すはずも無く追いつき、振り上げた腕を田中へと振り下ろした。
「ぎゃーーー!!」
軽く吹き飛ばされながらも感じた痛みと熱さに田中は大声を上げて転がり込んでしまう。そして、それを見ながら熊は田中にゆっくりと近づいていく。
徐々に近づく死の恐怖と伝わってくる痛みに田中の顔は涙と恐怖で歪み、何とかして逃げ出そうとする。
だが、それすら神が認めていない様に田中に向かって何かが近づいてきているのか、草木をかき分ける音が徐々に近づいてくる。
その音に田中のみならず、熊もその動きを止めて辺りを窺い始める。だが、音の原因に思い当たるものが有る田中はその顔を一層青くして固まってしまう。そして、その音の主が田中と熊を囲むように姿を現した。
田中と熊を合わせて取り囲んだ野犬たちは一斉に唸り声を上げ始める。
それに合わせるように熊も唸り声を上げるがその光景に田中は恐怖して声が出なくなってしまう。そして、そんな田中を無視して野犬たちと熊とのにらみ合いが始まった。
取り囲みながらも動いて熊の隙を窺う野犬たちに熊は顔を忙しそうに動かしながらも待ち構える。
田中にも何匹かの野犬たちから見張られるような状態になってしまい、動くにも動けなくなってしまう。
唐突に田中が手で眼を庇うほどの強風が吹く。
それを合図するように一頭の野犬が熊に飛び掛かる。そして、それを合図にするように他の野犬たちも次々と飛び掛かっていく。
熊の正面から飛び掛かった一頭はそれを見た熊により腕の薙ぎ払いで大きく吹き飛ばされる。だが、それと合わせて背後から飛び掛かった一頭はそのまま熊に噛みつくことに成功するも痛みで身を捩る熊に剥がされそうになるのを必死に耐えるが、そんな熊の動きにチャンスと思ったのか一斉に飛び掛かった。
そして、その中には田中を見張っていた野犬たちも混じっていたが、暴れまわる熊と野犬たちに怯えた田中はその場から動くことも出来ずにただ茫然としている。
暫くすると慣れてきた熊が野犬たちを薙ぎ払いだし、徐々に吹き飛ばされてその場に倒れ伏す野犬ばかりになった時、ソレはゆっくりと姿を現した。
まるで熊や野犬たちの様子など関係と言わんばかりに草木をかき分けて現れたソレの姿を見てしまった田中は何ともいえない恐怖を覚える。
身体が自然と震えだし、何もかも忘れてただただその存在に怯える事しか出来ない。
そうして、ソレはちょうど倒れ伏す野犬たちの後ろで立ち止まると熊と田中の姿を確認するように顔を動かした。
「ひぃっーーー」
余りの恐怖に逃げ出そうとした田中だったが、うまく身体を動かす事が出来ずにその場から動くことができない。そして、その声に反応した熊はまるでソレの存在に警戒していたが、特に動きを見せない事から逃げ出そうとしている田中に顔を向けて逃げ出そうとしている事を理解すると唸り声を上げ始める。
その様子をただ茫然と見ているだけだったソレは田中に襲い掛かった熊の姿を見た途端に行動を始めた。
周りの野犬たちが何も行動しない事を確認し、熊に向かって手を向けて何か力を込めたような動きをすると手に光が集まり始める。
ある程度集まるとその光は意思を持っているかのように今にも食われそうになっている田中と熊に向かって動き始め、その二つを覆う様に広がりだす。
「はっ、ひぃっ、ぎゃーーー!!」
完全に覆われて光のドームが出来た時、響き渡る田中の叫び声に一瞬だけ周りの野犬たちが反応するも徐々にその声が聞こえなくなっていき、それに合わせるように光のドームは徐々に大きさを小さくしていく。
光のドームが小さく宙に浮いた球体になる頃にはそこにいた筈の田中と熊の姿はどこかに消え、光の色が最初よりも赤く変化している事を確認したソレは手を動かす。
その動きに合わせ、宙を移動してソレの傍まで来た光の塊を一瞬だけ見たような雰囲気を出した後に本来ならば口の有る位置に光の塊を移動させる。すると徐々にただでさえそこまで大きくなかった大きさと輝きが徐々に失われていく。
反対にソレの全身が輝き始め、光の塊が消える頃にはソレの姿は輝きの中に消える。
暫くすると徐々にその輝きにも変化が表れ始める。人の形を作るように縮小し始めたソレは小さくなるにつれて徐々に人ならざる者と言える形に変化していく。
全体的に太く低い姿になっていくにつれて放つ雰囲気まで変化していく様に生き残っていた野犬はそれに震え、逃げ出していくものも現れるほど劇的な物だった。
まるで丸太のような手足と体に漆黒の毛並みを持ち、光になった熊の部分を持ったソレは辺りを見渡してからその口を歪ませる。そして、その姿に逃げずに残っていた野犬たちはたちまち服従の意を示し、その様子に満足したのか一つ頷く。
「阿sdhsぢんぶh、が、がふ」
周りを見ながらも喉に手を当てて調子を確認するかのように声を出し始めたソレは何回か試した後にしっかりと確認できたの、ソレは口元を盛大に歪ませる事で今の気持ちを表す。
「これで……」
その後、一度だけ周りを見渡したソレは立ち去るようにその場から足を進めだし、何かを探す素振りをしながらも進む姿に周りにいた野犬たちは後を追っていく。その後ろ姿は少し前までの獣じみた姿から打って変わったものだった。
そして、全ての生物が去ったそこには何かが入っている鞄と所々が傷つき破れた衣服だけが残っていた。
少し開けた広場のようになった場所に少しずつ薄らと光の粉みたいな物が集まっていくように見える。
この辺りに住んでいた野犬たちはその異様な気配に気がついたのか目を覚まして辺りを見渡していた。だが、だんだんと集まっていく光の粉に気がついたのか視線をそちらに集めていく。
もし、この光景をエスペランサーやエヴォルオ因子に詳しい者たちが見ていたのなら大慌てでこの場から立ち去るだろう。
集まりゆく光の粉は既に高エネルギーを取り込んで活発化したエヴォルオ因子であり、それが集まりつつあるというのは異界化が起こり始めている予兆でしかないのだから。
だが、そんな事を知る訳の無い野犬たちはその光景に警戒を現し、あるものは逃げ出し、あるものはその場に留まってうなり声を上げている。
そして、エヴォルオ因子がある程度集まった瞬間、その場所に何かの形か模様を示すように光が乱れ、それと同時に空間も歪み始めた。
変わりゆく空気と徐々に圧迫するような威圧感がその場から放たれ始めた。
その場に残っていた野犬たちはその異様な光景と雰囲気に飲まれてしまったのか、今まで上げていたうなり声を上げる事すら忘れてその場を見続ける。
そんな野犬たちを無視するように光は今までよりも強く輝き始め、歪んだ空間を中央に円を描くように形を変えていく。そして次の瞬間、歪んだ中心から何か辺りのモノを吸い込むような様子を見せるちょうどサッカーボールぐらいの何か分からない赤黒い球体が姿を現した。
それが飛び出た瞬間、その後ろに有った空間の歪みや活性化したエヴォルオ因子のリングは姿を消した。
飛び出したそれは丸で辺りの様子を確認するかのように暫くその場に停滞すると散らばったエヴォルオ因子を吸収し始める。
既にある程度集まっていたからか直ぐに辺りを照らすほどの光を放ち始め、何か変化しようとしているかのようなに細かく震え、そのまま光の中に消える。
野犬たちはそんな姿に再び警戒心を露わにして唸り始め、徐々に囲むように辺りをうろつき始めた。
だが、そんな事はお構いなしに無視し続けたソレは光の中から無防備に姿を現す。
ソレは人と同じような姿でに二本足で立ち、眩しそうに顔と思われる部分に片手を翳しながら周りをうろつく野犬たちの様子を窺うように見渡す。
そんな様子に遂に耐えきれなくなったのだろう一頭の野犬がソレに向かって無謀にも飛び掛かる。
急所を狙ったその噛みつきが合図になったのか後ろにいた一頭が同じように飛び掛かり、それに合わせるように次々と野犬たちが向かっていく。
だが、ソレは丸で焦りを感じさせないような動きで両腕を使って飛び掛かってくる野犬を避け、投げ払いながらもそれらの行動に何か不思議そうな雰囲気を放つだけだった。
本来であれば何らかの表情を示すはずの顔は塗り壁のように目も鼻も口すらない為に全く分からないはずのそれだったか余りにも不気味な反応と雰囲気に次第と飛び掛かる野犬の数は減っていき、変わりに周りに伏せて巻き込まれないようにしていく方の量が多くなる。
そして、最後の一匹が諦めた時にはソレの周りに三十を軽く超える数の野犬が伏せて、ソレを群れのボスとして認めたように崇めるような目で見ていた。
暫くすると不意に伏せていた野犬たちが立ち上がり、一斉に同じ方向に顔を向ける。
同じようにソレもその方向を見るが何も感じる事が無く、野犬たちに何か確認するような仕草を見せる。
だが、野犬たちはその事に気が付かず、自ら持つ聴覚と嗅覚に集中しているのか一向にソレに視線を向ける事は無い。そして、大きな風がその辺り一帯に吹くのを合図にしたのか一斉にソレを置き去りにして走り出したのだった。
田中は必死に山の中を走っていた。
少し前までならこの時間はゆっくりと自宅で晩酌を楽しんでいる筈だったのだが、今日この日に限ってはそんな事を考える暇を与えぬほどに必死に駆けていく。
月明りすら所々でしか感じれなくなるほど木々の生えた山を大事そうに鞄を腕の中に抱え込み、時より後ろに気を向けながら走る。
「くそっ、こんな事ならあの話に乗るんじゃなかった……」
幾らか走り続けた後に大きめな木に背を預け、呼吸を整えながらもそんな事を呟く田中の脳裏には数日前の出来事が有った。
今でもしっかりと思い出せるそれは久しぶりの休みの日に繰り出した夜の街で出会った昔の知り合いとの楽しい食事。
昔話に花を咲かせながらも交わした杯と料理の数々にいつしかいつもよりも酔っていて、普通では考えない事を話始めた田中達。
少々お金に困っていた田中達は揃って考えてしまった。そう、まともな状態なら考えなかったであろう一気に大金を手に入れる方法を。
まるで神が見捨ててないかのようにちょうど良くその知り合いの勤め先が大金に関わる仕事で一部隙の有る業務体系だったの良かったのか悪かったのか。
決行日に選ばれた今日、田中達は事前の打ち合わせ通りに計画を執り行い、見事に大金を手に入れる事に成功してしまう。だが、誤算が一つだけ有ったのだ。
そう、知り合いに聞いていた時には隙に思えたその業務体系が今日に限っては補う様に人員が増えていた事で田中達の犯行がバレてしまう。
幾ら大金を得たからと言ってもそれは無事に逃げ切らなくては意味が無い。途中で田中達は全員が別行動を取る事でどうにか逃げ切ろうと決め、お互いがどう逃げるか知らないままに別れたのだった。そして、田中は一人近くの山に逃げ込む事で追跡を振り切ろうとした。
ここ数年、田中の逃げ込んだ山に野犬が群れを成して生息していると噂が有った。勿論、地元住民だった田中もその事を知っていたが、大金を手に入れた今はそんな事さえ些細な事のように思えてどうにか手にした大金をそのままに逃げ切る為に山に入った。
麓の方ではまだ月明りも有って進めた山の中も中腹辺りに差し掛かった頃からは田中の逃亡を阻害するように今ではほぼ見えない。
「たぶん、中腹ぐらいまでは来れた。この山を越えて暫くは他の県で大人しく過ごせば……」
遠くの方から聞こえてくるサイレンの音に一緒に事を起こした知り合いたちが一瞬だけ心配するが、直ぐに首を振って自分の安全を一番に考える。
少し身体を休めれた事で体力と呼吸を回復できた田中は自分も追われる立場という事からまた進み始める事にした。
時より聞こえてくる野犬たちの声に驚きながらも見えにくい森の中、偶に辺りの様子を窺いながらも進むスピードはどうしても遅くなり、その事にいら立ちを覚えながらも着実に一歩ずつ進む。
そして、また疲れてきたところで都合がいい様に見えた岩肌にぽっかりと開いた穴。
恐る恐るも身体を休めたいがためにそこに近寄り、何か住んでいるのではいないかを暗い中で確認してみる。
真っ暗なその穴は直ぐには奥が見えず、夜という事も有って一歩踏み込んだ時点で視界は全くの見えない暗闇に包まれる。
徐々に慣れてくる眼で必死に奥を凝らし見ながら進んでいく田中だったが、不意に何か独特な匂いとほのかな温かさを感じた。
「うっ、なんだこの匂いは?」
つい鼻に手をやってどうにか匂いから逃れようとするがそれでも感じる匂いにここに入るのは失敗だったかと思い始めた時、視界の中で大きく何かが動いたように感じた。そして、それに合わせるように聞こえてくる何か重いものが踏みしめながらも近づいてくるような音。
音はたぶん奥から聞こえてくる。そう思った田中は恐怖を感じながらもその眼を凝らして奥を見る。
そして、見てしまう。この付近に姿を現したとは聞いていなかった大きな影の正体に。
余りの恐怖に腰が抜けてしまい、地べたに座り込んでしまう田中だったが、その恐怖からどうにかして逃げようと後退る。
その影の正体はそんな田中に警戒しながらも徐々に田中に近づいてくる。
そして、田中の恐怖が限界を迎えようとした時、その正体――熊は大きく口を開け、大きな唸り声を上げた。
「な、なんでだよ!き、聞いてない!!」
余りの恐怖から逃げ出そうと立ち上がり、熊に背を向けて駆け出す田中。勿論、熊も自分の休んでいた巣に侵入した侵入者を逃すはずも無く、田中の大声で一瞬だけ怯んだ後に追いかける様に駆け出す。
必死に走る田中はその穴から飛び出て、そのまままた山の中を走り出す。だが、そんな必死な田中を嘲笑う様に背後から熊が徐々にその距離を詰めていく。
そして、田中は疲れて息切れし始めた頃、木の根に足を取られて盛大に転んでしまう。勿論、追っていた熊がそれを逃すはずも無く追いつき、振り上げた腕を田中へと振り下ろした。
「ぎゃーーー!!」
軽く吹き飛ばされながらも感じた痛みと熱さに田中は大声を上げて転がり込んでしまう。そして、それを見ながら熊は田中にゆっくりと近づいていく。
徐々に近づく死の恐怖と伝わってくる痛みに田中の顔は涙と恐怖で歪み、何とかして逃げ出そうとする。
だが、それすら神が認めていない様に田中に向かって何かが近づいてきているのか、草木をかき分ける音が徐々に近づいてくる。
その音に田中のみならず、熊もその動きを止めて辺りを窺い始める。だが、音の原因に思い当たるものが有る田中はその顔を一層青くして固まってしまう。そして、その音の主が田中と熊を囲むように姿を現した。
田中と熊を合わせて取り囲んだ野犬たちは一斉に唸り声を上げ始める。
それに合わせるように熊も唸り声を上げるがその光景に田中は恐怖して声が出なくなってしまう。そして、そんな田中を無視して野犬たちと熊とのにらみ合いが始まった。
取り囲みながらも動いて熊の隙を窺う野犬たちに熊は顔を忙しそうに動かしながらも待ち構える。
田中にも何匹かの野犬たちから見張られるような状態になってしまい、動くにも動けなくなってしまう。
唐突に田中が手で眼を庇うほどの強風が吹く。
それを合図するように一頭の野犬が熊に飛び掛かる。そして、それを合図にするように他の野犬たちも次々と飛び掛かっていく。
熊の正面から飛び掛かった一頭はそれを見た熊により腕の薙ぎ払いで大きく吹き飛ばされる。だが、それと合わせて背後から飛び掛かった一頭はそのまま熊に噛みつくことに成功するも痛みで身を捩る熊に剥がされそうになるのを必死に耐えるが、そんな熊の動きにチャンスと思ったのか一斉に飛び掛かった。
そして、その中には田中を見張っていた野犬たちも混じっていたが、暴れまわる熊と野犬たちに怯えた田中はその場から動くことも出来ずにただ茫然としている。
暫くすると慣れてきた熊が野犬たちを薙ぎ払いだし、徐々に吹き飛ばされてその場に倒れ伏す野犬ばかりになった時、ソレはゆっくりと姿を現した。
まるで熊や野犬たちの様子など関係と言わんばかりに草木をかき分けて現れたソレの姿を見てしまった田中は何ともいえない恐怖を覚える。
身体が自然と震えだし、何もかも忘れてただただその存在に怯える事しか出来ない。
そうして、ソレはちょうど倒れ伏す野犬たちの後ろで立ち止まると熊と田中の姿を確認するように顔を動かした。
「ひぃっーーー」
余りの恐怖に逃げ出そうとした田中だったが、うまく身体を動かす事が出来ずにその場から動くことができない。そして、その声に反応した熊はまるでソレの存在に警戒していたが、特に動きを見せない事から逃げ出そうとしている田中に顔を向けて逃げ出そうとしている事を理解すると唸り声を上げ始める。
その様子をただ茫然と見ているだけだったソレは田中に襲い掛かった熊の姿を見た途端に行動を始めた。
周りの野犬たちが何も行動しない事を確認し、熊に向かって手を向けて何か力を込めたような動きをすると手に光が集まり始める。
ある程度集まるとその光は意思を持っているかのように今にも食われそうになっている田中と熊に向かって動き始め、その二つを覆う様に広がりだす。
「はっ、ひぃっ、ぎゃーーー!!」
完全に覆われて光のドームが出来た時、響き渡る田中の叫び声に一瞬だけ周りの野犬たちが反応するも徐々にその声が聞こえなくなっていき、それに合わせるように光のドームは徐々に大きさを小さくしていく。
光のドームが小さく宙に浮いた球体になる頃にはそこにいた筈の田中と熊の姿はどこかに消え、光の色が最初よりも赤く変化している事を確認したソレは手を動かす。
その動きに合わせ、宙を移動してソレの傍まで来た光の塊を一瞬だけ見たような雰囲気を出した後に本来ならば口の有る位置に光の塊を移動させる。すると徐々にただでさえそこまで大きくなかった大きさと輝きが徐々に失われていく。
反対にソレの全身が輝き始め、光の塊が消える頃にはソレの姿は輝きの中に消える。
暫くすると徐々にその輝きにも変化が表れ始める。人の形を作るように縮小し始めたソレは小さくなるにつれて徐々に人ならざる者と言える形に変化していく。
全体的に太く低い姿になっていくにつれて放つ雰囲気まで変化していく様に生き残っていた野犬はそれに震え、逃げ出していくものも現れるほど劇的な物だった。
まるで丸太のような手足と体に漆黒の毛並みを持ち、光になった熊の部分を持ったソレは辺りを見渡してからその口を歪ませる。そして、その姿に逃げずに残っていた野犬たちはたちまち服従の意を示し、その様子に満足したのか一つ頷く。
「阿sdhsぢんぶh、が、がふ」
周りを見ながらも喉に手を当てて調子を確認するかのように声を出し始めたソレは何回か試した後にしっかりと確認できたの、ソレは口元を盛大に歪ませる事で今の気持ちを表す。
「これで……」
その後、一度だけ周りを見渡したソレは立ち去るようにその場から足を進めだし、何かを探す素振りをしながらも進む姿に周りにいた野犬たちは後を追っていく。その後ろ姿は少し前までの獣じみた姿から打って変わったものだった。
そして、全ての生物が去ったそこには何かが入っている鞄と所々が傷つき破れた衣服だけが残っていた。
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