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第十二話 迷宮に向けて

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 窓から昇った朝にが顔に当たる事で眩しさを覚えた静馬は起き上がって周りを見渡す。
 いつもと違う天井から切り替わって視界に入ってきた光景に自分の部屋ではない事に一瞬だけ疑問に思うが、布団を蹴飛ばして寝ている和也や綺麗に布団に包まれて寝ている聖の姿に校外学習に来ていた事を思い出す。
 そうして暫くぼんやりとしていたが次第に意識がしっかりしてくると今の時間が気になってくる。
 静馬は壁に掛けられている時計を確認してみるといつも起きている時間では有ったが、予定されている起床時間よりは早いのに気が付いた。だからといって二度寝するほどでもないと思った静馬は周りを起こさないように注意しながらも布団を片づけ始めた。
 しかし、その気配で気が付いてしまったのかまだ寝ていた筈の金村が起き上がりながら静馬を見て目を擦っていた。

「んー、もう時間か?」

「いや、まだ早いけどいつもの癖か目が覚めちゃって」

 そう話している内に意識が覚醒してきたのか目をしっかり開けて時計を見た後に金村はもう起きるかと言いながら、傍でまだ寝ている和也と聖に気を付けながら静馬と同じように布団を片づけ始める。
 その内、聖も微かに聞こえた物音に反応したのか目を覚まし、回りの様子と時計を確認すると静馬と金村におはようと言ってから布団を片づけ始め、残り寝ているのは和也だけとなったがいつまで経っても目を覚ます気配を一向に見せない。
 そうして、布団を片づけた三人で話をしながらも和也が自然と起きるのを待っていたが、起床時間になっても起きない和也にだんだんと苛立ちを覚えてくる。

「…、あと三十分……」

 起きない和也を起こそうとした三人の耳に飛び込んできた言葉は加減を忘れさせるにはちょうど良かった。
 元々あまりにも起きない和也に対して何回か起こそうとしていたのに返ってきた反応がコレでは誰だろうと怒りを覚えるだろう。だから、静馬たち三人はお互いに顔を合わせた後に静かに笑いあい、全員が似たような事を考えていたと理解した。
 三人を代表して一番近くにいた静馬は和也に近づき大きく足を振りかぶってそのまま一閃、その痛みに和也は涙目で蹴られた場所を押さえながら起き出す。

「いってー!」

「おっ、目が覚めたか?」

 そんな和也に白々しく話しかけた金村に和也の相手を任せた静馬と聖は時間を確認しながらも和也の使っていた布団を片づける。
 既に時間は朝食をとる時間の少し前。未だ誤魔化すように話す金村と和也に声を掛けて静馬たちは足早に食堂へ向かう事にした。

「なぁなぁ、なんか起きた時めっちゃ蹴られたのか痛かったんだけど……」

「ん、気のせいじゃないか? それよりも布団を片づけた俺たちに言う事は無いのか?」

 金村と話していた埒が明かないと静馬に話しかけてきた和也だったが、静馬の対応とその隣でジト目で和也を見ていた聖の反応にあえなく退散する。
 その後も何度か和也が文句を言おうとしてきたが、静馬たち三人が適当にあしらう事であえなく諦め、他の部屋から出てきた友達と話始める事にしたようだった。
 そうしている内に食堂に向かう廊下は混雑し始め、前に合わせる格好となった為に徐々に歩くスピードも遅くなっていく。

「これは取り合いになる物も出てきそうだな」

「そんな感じはするな」

 不意にそんな事を口走った金村に合わせるように静馬も思った事を呟く。その視線の先にはテーブルの関係からか食堂に入れる人数が制限されているようで入り口から続く長い列が有った。
 後ろからもまだ続々と集まってくる生徒の数に静馬たちは大人しくその列の最後尾に並び、ゆっくりと自分たちの番が来るのを待つことにする。
 時より前の状況が気になるのか和也が前を見ようとして押してくる事に少し苛立ちを感じながらも金村と話していた静馬だったが、近づいてくる食堂の入り口とそこから漂ってくる美味しそうな匂いには勝てずに話や和也への対応が雑になっていく。

「おい、神居。聞いてるのか?」

「あぁ……」

 そんな静馬の返事に金村は深くため息をついた後に仕方ないかと言わんばかりの表情を見せ、後ろの二人の様子を窺ってみる。そして、そこに有ったのは静馬と同じように既に食欲に負けている和也とそれを呆れて見ている聖の姿だった。
 そうしている内に静馬たちは食堂の中に入る事になり、順番にトレーを手に置かれているハンバーグや魚の煮つけといったおかずなどの食べたいものを取っていく。そして、全員が全てトレーに乗せ終わると待ち構えていたように立っていた相沢の指示に従って開いている席に向かう。
 席に向かう途中ですれ違う生徒たちを見ているとどうやらお替りは自由らしく、食べたりない生徒たちがまた取りに行っている姿をよく見かける。その事も有ってか量の減った料理を慌ただしく補充しているスタッフの姿を見ることができた。
 その姿に和也の目は傍から見ても分かるほどに輝き始め、何を考えているか分かった静馬たち三人は苦笑してしまう。

「おはよう、陽」

「おはよう、静真君と金村君、聖君」


 席に座って勢いよく食べ始めようとした和也を無視するように静馬は同じテーブルに座る事になった
陽に挨拶すると同じように陽も返してくる。
 そして、陽の他に座っているメンバーに目を向けるが、静馬は名前がうろ覚えだった為に声を掛ける事が出来ずにいた。
 セミロングの子にショートの子、ポニーテールの子と心の中で特徴から誰だったかを思い出そうと必死になってしまう。

「あら? もしかして、神居君ったら私たちの名前が分からないとか?」

「うっそー!?」

「そんな訳ないよねー?」

 その三人から送られる突き刺さるような視線に図星だった静馬は焦りながらどうにか乗り切れないかとチラリと他の面々に視線を送るが、和也は食べる事に夢中、陽他二人は苦笑しているだけと孤立無援の状態だった。
 そして、必死に思い出そうとしていると確かセミロングの子は神崎かんざき綾香あやかさんだったような記憶を思い出す事が出来た。合わせるようにいつも一緒にいる事が多くて陽と話している事が多い、ショートの子――久本久美ひさもとくみで最後が……確か、川原美鈴かわはらみすずのはずだと静馬は思う。

「えっと、神崎さんに久本さん、川原さんだよね……?」

「良かったー。本当に分からなかったらどうしてやろうかと……」

「「ねー!」」

 何とか記憶を探り、うろ覚えながらも名前を呼んだ静馬に三人は納得したような微妙な表情を一瞬見せたが許すことにしたらしく、三人で顔を見合わせた後にそのまま話しかけてくる。

「悪い、お替りしてくる!」

 言うが早いか周りの様子など気にせずに食べ切った食器を持ってまた取りに行ってしまった和也に一同が唖然としてしまうが、自然と話は今日の迷宮探索についてになっていく。

「そう言えば、今日の迷宮探索ってどんなんだと思う?」

「いつもと変わんないんじゃない? 綾香」

「えー、でもそうとは限らないんじゃないかな?」

「陽と神居君たち男子はどう思う?」

 ただ、その反応に気づかずに迷宮を楽しみにしている神崎やいつも通りと告げる久本を横目に川原が話しかけてきたために神崎たち三人で話すのかと思っていた静馬たち男子全員は唐突に話しかけられてしまい、返答に困ってしまう。
 こういう事に関して一番食いつきそうな和也は未だに戻ってきていないだけに余計にどういったものかと悩み始める。

「そこまで難しいにはならないんじゃないかなーと思うよ。ねっ?」

 ただ、そんな事をお構いなしと話を続ける三人に陽は静馬たちの様子を見たからかうまくフォローするように話を振る。
 その事で余裕が少しずつ出てくる静馬たちは次第に話にしっかりと入り始める。

「確か、トンネルだった所が迷宮化したんだっけ?」

「そうそう、冊子にはそう書いて有った」

「だと、出てくるかもしれないEVEは学校と同じじゃないかな、神崎さん」

「そっかー、だよね」

 ちょっと不満そうな顔を見せながらも答える神崎にちょっと失敗したかと思った静馬だったが、直ぐにそれを消して話す神崎の姿に一安心する。

「陽と久美が神居君たちと一緒なんだっけ?」

「そうだよ、美鈴ちゃん」

 何か意味ありげな視線を静馬たちに送りながらも話す美鈴の姿に嫌なものを覚えながらも話を合わせる陽。そして、不思議そうにそんな陽たちと話していると和也も戻ってきて、直ぐにまた食べ始める。
 そんな和也の姿に静馬たちは唖然としてしまうが、直ぐに和也なら仕方ないかと納得してまた喋り出す。
 そして、何故か一人盛り上がっている川原は陽に近寄り、耳元で何か囁くと明らかに陽の顔色が赤くなって俯く。

「どうしたんだ?」

「うん、気にしなくていいよ。こっちの事だから」

 急な事で不思議に思った静馬たち男子三人は互いに顔を見合わせた後に川原に問いかけるが、あからさまに誤魔化す川原の笑顔に深く聞く事を諦めた。
 話している内に和也も食べ終わり、今回は満足したのか軽くお腹を叩いた後に一息つくと話に混ざろうとしてくるが、既にかなりの時間が経って人の少なくなった食堂を見て時間を確認してそれを諦めて部屋に戻る事を提案してくる。

「そっか、もう戻らないとダメなんだ……」

「美鈴ちゃん、早くしないと」

 もう少し楽しみたかったと言わんばかりの美鈴の残念がりように気が付かない陽は急かすように声を掛けて動くことを促す。
 そして、そんな姿を静馬たちは見ながらも自分たちもと席を立ち、部屋に戻る為に動き始めた。

「じゃ、私たちはここで」

「おう、また後で」

 食堂から出て静馬たち一向は歩きながら話していたが、途中で陽たち女子と別れる事となり、あまり喋れなかった和也が残念そうに声を掛ける。
 その様子に静馬や金村、聖の三人は苦笑しながらも肩を叩いて先にいく事を告げながらも陽たちにも声を掛けて別れた。
 そして、静馬たち三人に遅れる形になった和也は少し速足で歩き、三人に追いついて話始める。

「なぁなぁ、迷宮についてどんな事話したんだ?」

「あぁ、いつもと変わらないかどうかってのを話したな」

 食べる事に必死だった事が余計に分かる一言に静馬たちは可哀想なものを見た目で見つめる。
 暫く歩いて部屋に戻った四人だったが、和也を除いた三人は各々が自由に寛ぎ始め、一人話す和也に合わせるように適当に相槌を打ちながら冊子を見始める。

「次って何時からだっけ?」

 静馬はそんな風に冊子を見ていた金村に次のスケジュールについて聞く。
 相変わらず話す和也に話しかけられてウザそうにしていた金村は救いと言わんばかりに冊子を確認し始める。

「十時半からだな」

「今が十時前だから準備が終わったら向かった方が良さそうだな」

 金村の回答に和也の相手が面倒になった聖がこれ幸いにと話に混ざり、和也を見ない様にするかのように時計を見る。
 合わせるように見た静馬はそれに頷くと自分の荷物に近づいて準備を始め、金村や聖も同じように準備する為に荷物に近づいた。
 全員に相手されなくなった和也は不満そうにして何も動きを見せなかったが、それを見た静馬が声を掛けた事で嬉しそうに話そうとしたが直ぐに準備するように言われて渋々自分の荷物に向かう事になった。
 そして、先に準備が終わった金村は直ぐに移動できるように荷物を近くに置き、聖も同じようにしながら和也に声を掛けて準備を急かしながら時計を確認する。
 漸く和也も含め全員の準備が終わる頃には集合場所に向かわないといけない時間になっていて静馬は急かすように他の面々に声を掛けて部屋を出た。



 集合場所に静馬たちが辿り着く頃には既に大半の生徒が集まっていて、歩いてきた施設内とはうって変わってその場所だけが賑やかなお祭り会場のような状態だった。

「もう、みんないるし」

「マジか! これ、ヤバくないか?」

「あー、やっと来た。遅いよー」

 その声に静馬が顔を向けると見るからに怒っていますと言わんばかりの陽とその後ろで不機嫌そうに立っている久本の姿がいた。
 どうやら同じクラスで来ていなかったのは静馬たちだけだったようで陽たちから少し離れたところには神崎と川原が睨みながらこっちを見ていた。

「ごめんごめん。和也が動くの遅くてさ」

「あぁ、じゃあ仕方ないね」

 和也が聞いていたら怒りだしそうな事を話す静馬だったが当の本人はビクビクしながら辺りの様子を窺って聞いていないようだった。そして、そんな理由で納得できる陽の様子からも和也の扱いが分かる。
 そんな事を話しながら辺りを見渡した静馬の視界には教師同士で話している橘の姿が入る。
 どうやら特に時間までは指示を出す様子が一切無いらしく、自由に話している生徒たちを時より横目で見ながら手に持った冊子を見ながら打ち合わせをしているようだった。そして、そんな姿を見た静馬たちは陽に促されて迷宮に入るグループで固まって話始める。

「和也君、ちゃんと準備は大丈夫?」

「大丈夫だって!」

 やはり陽としても和也については気になるのだろう。ジト目になりながらも聞く姿は和也はさも自信ありげなその言葉でも変わらないままだった。そして、確認するように静馬たちを見てくるが、その視線に静馬を含め男子三人は苦笑した。

「皆、揃っているわね? 後五分だけ時間をあげるから自分の持ち物に不備は無いか再確認してね」

 どうやら打ち合わせが終わったのか、そう静馬たち生徒に向かって指示を出した橘はそのまま全員が揃っているか確認する為に動き始める。
 そして、それに合わせるように生徒たちも自然とクラスで纏まり、整列し始めた。
 暫くすると確認が終わったようで、また、教師たちで集まって軽く話した後に担当するクラスの前に立つ。
 橘を含めどの教師も動きやすい恰好をしていて、その様子から静馬は何か問題が起こっても問題なさそうな気がしていた。
 ぼんやりと前を見ていた静馬だったが、続いて橘が出した指示を聞き逃してしまい、周りの様子と隣にいる陽から聞いていそいそと荷物を確認し始める。
 そんな静馬の後ろで自分の荷物を焦りながら確認している和也の姿を見た金村や聖、久本は本当に大丈夫なのかと心配になりながらも見守りながら自分たちの確認を済ませた。
 再び橘の声に静馬たち生徒全員が視線を前に向けると橘は全体を見渡しながら特に問題が無さそうなのを確認してから今回の迷宮探索について説明を始める。

「皆、手元に有る冊子を読んで知っているとは思うけど、説明するから嫌でも聞いてね」

 主に橘が話したのは冊子にも書いて有る事だったが、それ以外に注意事項として数点増えたことが有った。
 なんでも昨日からこれから行く迷宮付近に生息している動物が妙に活発に行動しているらしく、迷宮の入り口までに一部の動物たちと接触する可能性が高いらしい。

「普通であれば今回のようなイベントは中止するべきなんだけど、既に静馬たち生徒全員はクリスタルを持ったエスペランサーだから敢えて行う事が決定したわ」

 様々なところから声が上がるのを無視するように話を進める橘だったが、流石に通常よりも危険が有るという事で念入りに注意を促す。
 静馬が周りを見る限りでは教師たちもその事を踏まえて急遽準備したようで多めの荷物を用意しているように静馬は思った。

「問題無いようね。じゃあ、これから演習を始めるから逸れないようについて来るように!」

 そう言うと順番に端に並んでいるクラスから引率の教師に連れられて歩き始めた。
 静馬たちが動き始めるまではまだ時間が有るという事で橘がグループ毎に並び替えるように指示を出し、静馬は同室の三人と陽と久本たちと話しながらその時を待つ。
 漸く静馬たちが歩き始める番になると楽しみにしていた和也を含む一部の気分は最高潮に達したのか興奮を抑えきれずに騒ぎ始めた。

「なぁ、今回の迷宮は一番最速記録だそうぜ!」

「あのな……、いつもと違う事分かってるか?」

「何言ってんだよ! 俺たちが入れる程度の迷宮なんだぞ!! そんなに危険な訳ないだろ!」

 意気揚々とそんな事を力説する和也に匙を投げたくなった静馬だったが、根気よく和也に危険性が増した事を理解するように話す。

「いつもならな。今回は見た限りだと先生たちも厳重に準備してるように思うし、その事は分かってくれよ」

「あー、分かったよ……」

 渋々そういう和也だったが、その姿に理解しているとは思えなかった静馬は心の中で和也にも注意を払っておくことを決めた。
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