エスペランサー ~希望の力と共に歩く~

名嵐

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第十三話 最初の一歩まで

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 歩き始めた静馬たちだったが、橘の言っていた事が気になるのか周りを気にしながら歩くためにそこまで早く進む事無く、橘自体もそんな生徒たちの様子を知ってか敢えて遅く歩いているようだった。
 少し歩くと森の中に入り、特に変わることなく進めたことで次第と知らず知らずに緊張していた生徒たちも余裕を持つ事が出来るようになったのか賑やかな話し声が聞こえ始める。

「あっ、あれは木苺じゃないかな?」

「ホントだ。良く分かったな、陽」

「ふふふ、昔、田舎のおばあちゃんに教えてもらった事が有るんだ」

 陽の指さす先には赤く色づいた実が鈴なりに生っているのが見えた。
 そして、少しばかり取っても大丈夫そうに思った静馬は列から少し離れて綺麗に赤く染まっている実を取っていく。
 まだ、時期的には少し早かったようでそこまで歩いていた位置から見えなかった部分にも実が生っていたが、熟していない色付きからそれは取るのを止めた。
 急に列を離れた静馬の姿に和也たち他の生徒は不思議に思ったようだったが、特に遠くに行く訳でもないその姿から気にする様子すら見せなかったが、数人はそんな静馬の姿が気に障ったようで顔を顰めた。

「この様子だと山桃も有るかな?」

 余りにも離れていたらマズいと急いで戻ろうとした静馬だったが、そんなに早く進んでいなかった列に直ぐに戻る事が出来た。
 戻ってきた静馬の姿とその手の中に有る木苺から何か思い出したように呟く陽。
 辺りを確認する陽に静馬も同じように何か良い物が無いかと探してみる。

「そういえば、今日の昼食ってどうなるんだ?」

「えっ、何処かに用意してあるんじゃないかな?」

 ふと、気になった事を呟いた静馬に直ぐに陽は答える。

「まぁ、そうだよな」

「うん、ただ冊子にはそういう事書いてなかったから気になるのは分かるけど」

 印字ミスかと思っていた静馬としては自分だけじゃなかった事に安心する。ただ、普通は何かしら書いて有るはずだよなと思ってしまう。
 まぁ、そこまで気にするほどではないかと頭を振って切り替えようとする静馬だったが、どうしても気になってしまうので木苺を少しだけ残しておくことにした。

「あっ、アレって確か食べれたよね?」

「んー、ちょっとアレは分からないかな」

「無いか見つけたのか?」

 何かを見つけて嬉しそうに言う陽に陽の指さした方を見て静馬は記憶を探ってみるが、それが何なのか分からない為に困ってしまう。
 ただ、そんな二人の様子に騒いでいた和也が気が付いたのか話しかけてくる。
 その言葉に静馬が指さした方を見て、手を顎に置きながら考え込んだ和也に二人はちょっと期待しながら待ってみた。

「……、アレって確か傷薬の変わりになるんじゃなかったっけ?」

 確かに期待していた静馬たちだったが、あまりにまともな答えが返ってきた事に驚いていると和也は近くにいた聖たちに間違っていないかを確認し始める。

「ん。どれの事だ?」

「アレだよ、アレ!」

「あー、たぶん、合ってるんじゃないか?」

「くぅー、なら先生に確認してくる!!」

 和也自体うろ覚えだった事も有って聞いた聖たちもしっかりと言い切る事が出来ず、自信がなくなり始めた和也だったが、直ぐに一番詳しいだろう橘に確認して来ると言って先頭に向けて走り出した。
 そんな和也の姿を見送った静馬たちだったが、どうであれ後で分かると思って一応それを採っていく事にした。
 そして、そんな静馬たちの行動を見たクラスメイト達もそれの事を聞いて同じように採っていく。
 元々、そんなに量が無かった事も有って直ぐに生えていた全てが採りり尽くされ、跡形もなくなってしまい、そうなってしまえば興味の引くものも無くなった静馬たちはまた歩き始める事となる。
 幸い、取っている間に後ろのクラスから文句を言われるほどの時間が経過した訳でも無く、取っていた人とは別に先に進んでいたクラスメイト達の姿から遅れた静馬たちが逸れる事も無く、直ぐに合流する事が出来た。

「結構、色々有ったね」

「おう、良い感じで集めれたし、見つけてくれた陽には感謝しかないよ」

 そう言って色々としまい込んだ鞄の中を見ながらも返す静馬だったが、実際に採った物の大半を見つけたのは陽だっただけに心からそう思っていた。
 何個かは歩きながら食べたので味にも問題ないのを知っているだけにこの後の事も考えて残すのに苦労したのは言うまでもない。
 そうやって話ながら進む静馬たちだったが、前の方から賑やかな声が近づいてくるのに気が付く。やっとその声の主の和也が静馬たちの視界に入ると全員がそう言えば、先生にさっきのを何か聞きに行くって言ってたなと忘れていた事を思い出した。

「やっぱり、アレは俺の言った通りだったぞ!」

 既に静馬たちの中では終わった事で有ったが、自信満々に言う和也の姿に愛想笑いを浮かべながら聞く静馬と陽。
 このままどれぐらい和也の相手をすればいいのかと思いながら、聖たちにも視線を向けてみるが相手をしたくないようで静馬たちと目線を合わせる事が無かった。
 そして、暫く和也の相手をしながら歩いていると徐々に前方の方から賑やかな声が聞こえる事と木々が減っていく事に気が付く。
 たぶん、迷宮の入り口に着いたのかなと和也を無視して陽と目を合わせた静馬。陽も同じことを考えていたようで少しだけ和也の相手をしなくて済むようになる事からか笑みが零れていた。

「前、どうなってるのかな?」

「たぶんだけど、迷宮の入り口が有る場所に着いたんじゃないかな」

 わざとらしく和也に聞こえるように話す二人。
 敢えて和也に話しかけない事で相手にされなくなった和也は寂しそうにしながらも聞いた事を確認するように前方へと視線を移す。
 漸く和也の相手をしなくてよくなった二人が傍にいた金村や聖たちに目を向けるとやっと目が合う。

「「お疲れさま」」

「出来ればお前たちも相手してほしかったんだけど?」

「そんな事よりももう着きそうだぞ?」

「そうそう、早く行かないと!」

 静馬の言った事を聞かなかった振りまでして誤魔化す二人。そして、同じように陽も久本たちに誤魔化されているようで何を言っても聞いてくれそうになかった。
 そして、聖に背中を押されながら進み、たどり着いた場所は大きく口の空いた洞窟とその周りが切り開かれて傍に建てられた建物が有った。
  既に先のクラスの姿は見えず、橘と先にたどり着いていたクラスメイトたちが洞窟前の開けた広場に集まっていた。
 そして、そこには知らないうちに先に行っていた和也が橘の傍で静馬たちを待っていたようで静馬たちが来た事に気が付いて手を振っているのが見える。
 続々とたどり着く生徒たちを集めながら人数を数えていく橘だったが、全員が無事にいる事を確認すると急ぐように迷宮の説明を始める。

「まず、この迷宮についてだけど、冊子にも書いてある通りに元々はトンネルだったところが迷宮化したの。今、歩いてきた道も元々はトンネルに続く道路だったところが迷宮化の影響で変化した物よ」

 橘の言葉に陽も含めた何人かが冊子を確認し始める。
 恐らく全く同じことが書いて有るんだろうなと思いながら静馬はそれを横目で見て、自分は見なくても良いかと自分で見る事は止める事にした。

「ここが他の所と違う事としてトンネルが元になっている事も有って入口と出口が別々に存在している事ね」

 これは今まで発見された迷宮に入口が一か所しかなかった物ばかりだった事も有って発見当時はかなり騒がれ、国内だけで無く諸外国から研究チームが派遣されるほどだった。
 勿論、その後にこの迷宮と同じようなものが発見されるようになった事からその珍しさは無くなったとはいえ、未だに研究チームによる調査が行われている。

「で、ここに生息しているEVEなんだけど、基本的には学校で戦った事の有るものばかりだからそんなに焦る事無く対処できるとは思うわ」

 安心するような声が少し周りから漏れたことに静馬は気が付いたが、同じように自分自身も心のどこかで安心している事に気が付く。

「最後のグループが入ってから私も少し経ったら追いかけるから安心して迷宮内を楽しんでね」

 そういうと各グループ毎に荷物の最終確認をするように指示を出す橘。
 それに従って静馬も陽たちと一緒に荷物の確認を始めるが、既に意識が迷宮に向いている和也に手を焼く羽目になる。

「なぁなぁ、どんな順番で入ると思う?」

「さぁな?」

「やっぱ、一番最初に潜りたいよな!?」

「和也君、荷物の確認は大丈夫なの?」

 相変わらず静馬たちのいう事を聞かずに一人で盛り上がっている和也だったが、知らないうちにその背後に金村が立っている事に気が付いている様子は無く、後ろを見ろと目線で合図した静馬にも気が付かなかった為に振り上げられた金村の一撃は無警戒の和也の頭部に吸い込まれるように振り下ろされた。

「っいってーー!!」

「ったく、いい加減黙れよ。準備も出来てる様子無いし」

「あら、まだ終わってないのかしら?」

 いつの間にか近寄ってきていた橘の声に全員の視線がそちらへと向く。
 軽く時計を確認しながらも和也の様子を見て、少し悩んだように静馬たちに視線を送った橘だったが、直ぐに何かを決めたのか一つ頷く。

「はーい、もう皆準備が出来てると思うから順番に迷宮に入って行っていいわよ。ただ、入口にいる係員の指示には従ってもらうけど」

 そういうが早いか既に準備を終えたグループが我先にと入口に向かって駆け出していく。
 勿論、中には先に走り出したグループのメンバーの姿に唖然としてしまって動き始めるのが遅くなってしまった生徒もいたようで、迷宮の入口にたどり着いたメンバーたちから急ぐように声を掛けられていた。
 頭を押さえて蹲っていた和也も橘の言葉を聞いて走り出そうとした一人だったが、直ぐに金村に取り押さえられていたために静馬たちはその様子を眺めている。

「なぁ、早く行かないのか!!」

「和也、お前……」

 金村に取り押さえられながらも喚く和也の姿に呆れてしまう静馬たちだったが、和也の荷物確認が終わってない今のままで入るつもりは全員が無いようでお互いにどうするか顔を見合わせてしまう。
 和也の様子から仕方なく和也の荷物も確認し始める事にした聖の姿に次第と和也自身も落ち着いていき、陽と久本はクスっと笑った後に入口の状況を見て話し始める。
 そして、何とか和也を宥めた静馬たちを橘は何が楽しいのかニヤニヤと笑いながら見ていた。

「一番最初に行きそうな子が残ってるなんて珍しいわね」

「オレも一番に行きたいんですけど……」

 橘としては和也が例の一番争いに参加するものだと思っていたようで面白そうに和也をからかいながら話しているが、その目は真面目に残っているメンバーを観察しているように静馬には見えた。


「演習は始まったばっかりだし、こういう時は焦らずにやった方が安全なんだから」

「そうだよ、和也君」

 駄々をこねている和也を宥めるように静馬が声を掛けると陽も同じことを思っていたのかその言葉に続いた。
 そして、少し落ち込んだような素振りを見せた和也を見て静馬は金村たちに何を持ってきているかを聞いてみる。

「俺は冊子に書いて有ったの以外はナイフとロープを持っている」

「僕も同じかな。他だと十徳ツールとかだね」

 金村と聖はある程度まともな装備を用意しているようで安心できそうな静馬たちだったが、和也がそれを聞いて少し顔色を変えた事に引っ掛かりを覚える。

「私も似た感じだけど、他に予備電池とかビニールシートとかかな」 

 同じように言った久本に静馬たちは全員が大体は冊子に書いて有った物を用意している事で安心が出来た。ただ、誰一人として食料に関しては何も持っていなかった。
 その為、静馬と陽が道中に採った木苺などの話をすると傍で聞いていた橘は誰にも気が付かれない様に目の色を変えた。

「へぇー、初めてにしては良い感じね」

「えっ、皆は他にも持って来てたのか」

 その言葉に全員の視線が和也に向く。急にその場にいた全員が自分を見た事で焦りだす和也の姿に嘘だろと思いながらも静馬は聖の方を向くが首を横に振るだけだった。
 何となくそんな気はしていた静馬だったが本当にそうなるとは思わずにため息までしてしまったが、それは陽たちも同じでそんな皆の姿に和也は申し訳なさそうな顔をするしかなかった。

「予想通りというかなんというか……」

「流石、和也君ってところだよね」

「そんな事より空いたみたいだけどそろそろ行く?」

 久本の声に静馬も含めて入口に視線を向けると少し前までの様子が嘘のように係員が一人立っているだけになっていた。
 それを確認した静馬は自分の荷物を持ち、同じように動き始めた陽たちを見て全員が問題ない事を確認すると入口に向かって歩き出す。

「ふふふ、でもまさか最後が貴方たちになるとは思わなかったわ」

「そうですね。和也の事が無ければ既に行ってたと思いますよ」

 一緒に入口まで着いてきた橘の言葉に静馬はまたテンションの上がってきた和也を見ながらそう返した。
 当の本人は係員の人に聞きたい事が有ったのか、何か確認しているようで静馬と橘のやり取りには気が付いていないようだった。
 もう一度確認するように陽たちを見ながら一つ息を吐いた静馬は目の前の迷宮の入口に目をやる。
 岩壁に大きく開いた入口から見える範囲には何かしらの発光するものが壁に有るのかそこまで暗いと感じる程ではなかった。だが、その薄暗さや迷宮という事も相まってか何とも言えないような雰囲気を感じてしまう。

「貴方たちが入った後、たぶんだけど三十分ぐらい後に私も入るから安心して進んでいってね」

 先を行きたがる和也を追う様に迷宮の中に入った静馬たちは背後から聞こえてくた橘の声に少しだけ安心してその足をさらに進めた。
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