魔王の子供は天才神官!

小月

文字の大きさ
2 / 7

1.カティル

しおりを挟む
 アティス大陸の西方に位置する、農業大国テテス。
 ここはその端に位置する、中規模の田舎街。

 切り立った崖の間を流れる河と彩り豊かな山間の風景が織り成す渓谷美、特産品の葡萄で作ったワインをうりに、国内でもそこそこ人気のある観光地でもある。
 街中は石畳で整備され、小高い丘にそびえる神殿を中心に建物が整然と建ち並んでいる。
 昼間であれば多くの人々で賑わう通りも、夜になれば酒場以外は静かなものである。

 常日頃であれば。


「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 路地裏に掠れた呼吸音が響く。
 月が少し欠けた夜、外を出歩く人影もない建物の隙間を、ひた走る一つの影。

 そう、俺である。

 見習い神官カティル14歳。
 月の光を落とし込んだようなプラチナブロンドと、晴天の澄んだ空のような天色あまいろの瞳。整った顔立ちもあいまって天の御使いのようだと、神殿内の一部で人気があるらしい。最近は色々あって敬遠されているが、神殿に来た頃は随分と持てはやされていた。

 自分で言うのもなんだが、まぁそんな天使のような容姿なんで、今回のような変態に付け狙われること幾度となく・・・・・・ちなみに今日は、帰り道は暗くて危ないからって人をつけてもらったけど、その人自体が危ない人だったっていうね。見習いとはいえ神官に手を出そうとするなんて、ほんとどうかしてると思います。一応、神殿関係者だろお前。

 全力疾走しているが、最近は部屋に篭りがちだったせいかすぐに苦しくなってしまう。
 横腹が痛くなり、速度を落とす。息を切らしながら後ろを振り返ってみれば、俺を追いかけてくる男が曲がり角から出てくるのが見えた。

「まだ追ってくるのかよ・・・・・・!」

 再び前を向いて足を動かす。
 相手は太っているクセに、見た目に反して結構足が速い。捕まるまいと気合いで必死に引き離す。
 先ほどは急所をおもいきり蹴り上げて逃げ出したが、力が弱かったのか当たり所がよくなかったか男はすぐに復活した。相手を激昂させているから、次に捕まったらどうなることやら――

 ああ、こういう時に”身体能力強化ストレングス”でも使えたらいいのにっ!

 先輩神官たちが扱える魔法の一つ。身体のあらゆる能力を高めるそれは、脚力も向上させてくれる。見習いの自分が使えるわけもないけど、今はそれが切実にほしかった。
 せめて大通りへ出ようと何度目かの角を曲がった時、視界に黒い影が目に入る。

(人? 夜中に路地裏ってことは酔っ払いか?!)

 逡巡したが、すぐに進路を横の路地に切り替える。自警団の可能性も考えたが、ここは巡回場所から外れているはずだ。人影が何者かは判別できなかったが、美少女と勘違いされて酔っ払いにからまれた事もあるのだ。助けになるか分からない。下手をするともっと状況が悪くなるかもしれない。
 遠回りになるが別の道から――

 ガシッ!

 体に衝撃が奔り、バランスを崩して転びそうになる。

「うおっ?!」
「ゼィ・・・・・・ゼィ・・・・・・やっと・・・・・・捕まえたぜ!」

 荒い息遣いとともに、いつの間にか追いついたらしい男が、腕を掴んで見下ろしている。振り払おうとするがびくともせず、逆に男に引きよせられた。お互い全力で走ったから汗まみれである。汗臭い上、湿った服でくっつかれると不快極まりない。

「ガキが逃げられると思ったのか?」

 不快感丸出しで顔をしかめたからか、男が血走った目で睨み付けてきた。
 逃げられると思うかって、そりゃ襲われそうになったら誰だって全力で逃げるだろ!

「い、いやー、逃げただなんてそんな・・・・・・グッ!」

 話をして気を反らそうと考えたが、壁に叩きつけられて一瞬息が詰まる。

「優しくしてやろうと思ったが、悪い子にはお仕置きしないといけないよなぁ・・・・・・んん?」

 下卑た笑いを浮かべながら、顔を近づけて言う。どっちが悪いことしてるんだと問いたいが、黙って隙を窺った。
 蹴り上げへの警戒か後ろ向きに壁に押さえつけられる。男は両手を使ってこっちを拘束しているから、お仕置きとやらをしようと思ったら一度は手を離さないといけない。動けないよう片手でまとめるなり、紐で縛るなりする時に逃げ出そう。

 ゆっくりと息を吐き出し、呼吸を整える。
 こいつ足が速いし。今度は目潰ししてから逃げよう。

「おい、お前で・・・・・・っ」

 ・・・・・・で?
 身構えたが、言葉が続かない。

 両手が解放され、ドサリ、と男が地面に倒れる音がする。

「・・・・・・?」

 すぐに後ろを振り返った。
 足元には男が転がっている。どうやら気を失っているようだ。

 そして、目の前には人影があった。
 月明かりに照らされ、薄暗い中でも顔が見てとれる。胸まで届く金糸の髪に、赤みがかった琥珀色の瞳。表情はなく、まるで精巧に造られた人形のような美しい顔立ち。俺より頭一つ分は背が高い、年上の女。

「・・・・・・大丈夫か?」

 無表情のまま、心配げな響きを含んだ声をかけられる。
 気配もなく、そこに立っていたのは金髪の美女だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

処理中です...