欠落した世界を、君と生きる

木下美月

文字の大きさ
1 / 26
一章 失くしたモノ

しおりを挟む
 渋谷大開発なんて、一体何度目の謳い文句だろうか。

『22世紀に備える2090年』

 空に届きそうなキャッチコピィを見上げながら僕は街を泳ぐ。すれ違う人々は誰も僕なんか見ちゃいない。僕のダンディな相方の事も興味ないんだ。珍しい奴なんだけどな。

「ユキ。歩調が早い。予定時刻には間に合う計算だが、不具合があったか?」

「具合が良いから早いんだよ」

「それがユキが語る人間の感情の特徴か」

「そういうわけじゃないけど」

 黙り込んだアールは成長型人工知能によって今の会話を分析しているのだろう。
 両親から受け継いだこの人型ロボは、孤独な僕の独り言のお陰で他製品よりも賢い、と、自負している。

「そこの愛玩ロボショップを左だ」

「わかってるって。二度目のスタジオだもん」

「ユキは物覚えが良いのだったな。情報を更新する」

「そりゃどーも」

 ガラス張りのショップを通り過ぎ様に覗く。中では動物型の精巧なロボットが人を見上げている。あれは僕のアールとは違い、人が愛でる為のロボだ。勿論、それだけなら大した価値はないのだけれど、愛玩ロボも道案内くらい出来るから、その価値が人の購入意欲に繋がるんだ。
 今時、人は無駄な事は覚えない。
 誰かの名前、どこかの場所、道。全てロボット或いはケータイが情報管理してくれる。
 それを憂う僕は、スタジオのエントランスに入る扉を開いた。

「……ああ、ユキ。早かったな」

「……あれ、こっちのセリフだよ。皆んなが僕より早く来るなんて、雨でも降らせるつもり?」

 僕の冗談は時代遅れで、三人はニコリともしない。アールも笑わないけど、こいつが笑ったらそれこそ世界中で雷でも降るんじゃないだろうか。

「詞を作って来てくれたんだろう?早速鳴らしてみよう」

 ギターを持ったケイが立ち上がり、ドラムのテツ、ベースのタクが無言で後に続く。
 なるほど、僕はここでも危ないのかもしれない。

 僕が遅れて入ったルームではそれぞれが無言でスタンバイしていた。こんな葬式みたいなバンド活動って他にやってる所あるのかな。
 今時、コンピュータによってどんな曲がウケるのか、最適な答えが簡単に見つかる。さっき隣のスタジオに入って行った、メイクが濃いヴィジュアル重視のバンドは、ティーンエイジャ受けを狙っているに違いない。それを狙った曲をコンピュータで分析して曲をプログラムすれば、忽ち特定された趣向の人多数を魅了してしまう。後はアーティストのルックスや歌唱力、声質で人気数も変わって来るが、それをひっくるめても運だと言えるだろう。
 だから、僕のやり方が時代錯誤だって言われるのは仕方ない。
 人気数が運で変わる時代なら、僕は不運なんだ。
 スタンドマイクの前に立つ。
 ドラマーの合図と共に曲が始まる
 彼らの様に楽器にそれなりに真摯に向き合う人間はあまり多くはない。だからこのグループはそれなりに気に入っていた。
 だから僕は自分の言葉で歌いたくて、コンピュータに頼らずに詞を仕上げた。
 今の時代に足りないものはなんだ?
 お前たちは過去の実話にしか興味が無い。
 空想に遊ぶ事をやめてしまった人達は、碌な創作をしない。
 そう考えるのは僕だけか?
 合理的に生きる事が悪いとは言わない。
 それが人々をここまで発展させたのだから。
 それでも“心”を無くしてはいけない。
 お前たちに心はあるのか?
 数十年前に生きた人々が持っていた様な――

「ユキ。おい、ユキ」

 白けた室内でケイが僕を呼んでいた。曲が止まった事にすら気付かなかったのは感情移入し過ぎていたからだろう。尤も、感情がこもる事と、音程を正しく歌う事は同義ではない。

「なんだよ」

「終わりだ」

 さて、こんなに中途半端に終わる曲だっただろうか、なんて考えられる程僕は楽観的ではないし、頭も悪くない。

「理由だけ聞かせてくれる?」

 わかっている事を態々聞くのは、未だ希望を捨てられないからだ。
 せめてメンバーの誰かが悪そうに目を伏せていてくれれば、僕は救われたのかもしれないけど、生憎全員が冷淡な視線を僕に向けていた。

「ルックス、パフォーマンス、トーク。全てが今のインディーズの中で優れている。そう言われてきた…………俺たち三人はな」

 ため息を吐いたケイは、作業の様に淡々と喋る。

「でもな、ユキ。お前のトークと歌詞だけは誰もが煙たがっている。お前みたいな中途半端野郎に綺麗事並べられると鳥肌が立つんだ。お前の口から放たれる言葉はペテン師の戯言なんだよ」

「僕を追い出したらコンピュータに歌詞を書かせて、それを歌ってくれるボーカルを探すの?」

「そうだな。いくら歌唱力が高くても、偽善活動とバンド活動を履き違える奴よりはマシだろうから」

「残念だけどさようなら」

 僕は言葉を置いてスタジオを出た。


「……キ……ユキ……ユキ」


「着いてこれないなら追いかけないでよ」

「言わなくてはならない事と判断した」

「何を」

 道端で止まる僕らを迷惑そうに横目で睨む人々に辟易して、僕はアールと歩き出した。
 どいつもこいつも、最適解ばかり追い求め、自身と違うモノに向ける目は冷酷。他人の歩調を乱す僕らは、彼らにとって犯罪者同然なんだ。

「昔の言葉だ。二度ある事は三度ある。これは何度やっても結果が変わらないという消極的な教えだ。しかし、三度目の正直という言葉も偉人は残した。これは先程の言葉と矛盾しているが、二度目までの失敗を糧にして三度目は成功させるという積極的な意気込みを教えているのだろう」

 こいつは契約者である僕に喧嘩を売っているのだろうか。勿論、人間に害を与える行動をロボがしないようにプログラミングされているのは知っているけど、僕がバンドを追い出されるのは三回目だった。

「昔の人間はそうやって様々に心持ちをしていた。一昔前に流行った精神論と呼ばれるものであろう。しかし、それは無意味である。人間がどの様に挑んでも抗えない事は多い。何より、不確定な事を精神論で可能にしようとする行為は愚の骨頂だ。思いだけで望んだ通りに動く世の中ならば今より発展しているだろう」

「お前はいつからそんなに喋る様になったんだよ」

「今の私の言葉には、ユキの両親が話していた言葉が含まれる」

「……通りで」

 僕は小さく舌打ちをした後、アールが着いて来れない速度で人の波に乗り、商業ビルの地下に降りて行った。
 ケータイで確認すると、アールはマンションに向かっている様だ。GPSで僕の居所は分かる筈だけど、着いて来ない辺りに彼の知能の成長を感じる。
 もっとも、他人を気遣う心の成長では無い。
 アールにも、他のロボにも心なんてない。主人の機嫌の悪さを感知すれば、今までの傾向を分析して、主人が不快にならない様に動くだけだ。
 そもそもアールは、僕がどうして不快なのかもわかっちゃいないんだから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...