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一章 失くしたモノ
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しおりを挟むアールが言いたい事は大体わかっていた。僕の活動を批判しているんだ。
いや、批判っていうのは僕の被害妄想か。彼はただ、合理的な活動ではないと教えてくれているんだ。
僕だってわかっている。
一昔前のドキュメンタリー作品が未だに人気なのは、感情や心を尊重していた過去の人間の実生活を追っていたからだ。
合理性を追求し、心を非効率的だと捨て去って行く現代人は、過去の人間の思考と感情にエンターテイメント性を感じたんだ。だから需要がある。
しかし、だからといって現代人がそれをテーマにした作品は全くウケない。当然だ。過去人のオマージュで作った作品を見るくらいなら、過去人の作品を見る。僕だってそうだ。
なら、なぜ僕はウケない事をやってるんだろうか。現代の人々が求めているのは、完全無欠なコンピュータが創り上げた作品なのに。
「いらっしゃいませ」
「カプセル二時間使いたい」
商業ビルの地下にあるヴァーチャルリアリティを提供する喫茶にて、受付にカードを見せてから室内に案内される。
四畳程度の広さに一人が入れる大きさのカプセル型マシンが横たわっており、クッション性の凹みに身体を埋め、ケータイをマシンに接続する。
仮想現実空間とはよく名付けたものだ。
ゴーグルをつけてカプセルを閉じれば、そこには僕が望んだ世界が現れる。
今日は大自然。映える緑と空の青を写した小川。せせらぎの音と鳥のさえずり。
美しい、とは思う。
けどそれだけじゃない。
予防医学的効果を狙ってこの空間に入ったんだ。
一昔前は心理学なんて学問が流行ったらしいけど、そのほとんどは現代人には適用されない。心理によって行動する習性が極端に少なくなったからだ。だから廃れ、一部のマニアにしか研究されなくなった。
今は脳科学的観点から自分を動かすのが主流だ。僕もストレスを和らげる為にここに来たんだから。
こうやって些細な癒しでも取り入れて行かなければ“反社会的人格障害”に陥ってしまうかもしれない。それこそまさにアールが心配している事だ。いや、彼は心配なんてしない。心が無いんだから。ただ、危惧しているに過ぎない。
『ユキ、気分はどうだ?』
耳元のスピーカーから聞こえるのはアールの声。ケータイとアールは繋がっているから、アールは僕が仮想現実空間にいる事をわかっていて連絡してきたんだ。
「このまま幻想に閉じ込められていたいよ」
『幻想ではなく仮想だ。あまり物騒な事を言うものではない。昼食を買っておいたから真っ直ぐ帰って来ると良い」
「気が利くじゃん」
連絡はそこで途絶えた。
一日の大半を仮想現実空間で過ごす人もいるけど、僕には出来ないだろう。長居するとどうも疲れてしまう。それでもVRセラピーに頼って健康を保とうとしているんだから、テクノロジィの恩恵を享受していると言える。
そんな中途半端な僕が昔の人間みたいに感情論を歌うから、不愉快だと人は言う。
仕方がないじゃないか。
この時代に生まれてしまったのが僕の不運なんだ。
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