欠落した世界を、君と生きる

木下美月

文字の大きさ
3 / 26
一章 失くしたモノ

しおりを挟む
「ただいま」

「おかえりなさい、ユキ。体温を測ろうか?」

 僕は思わず吹き出した。気を遣ってくれているのはわかるけど、それ以外にアールに出来る事はあるだろう。余程僕が不健康そうなのか?

「それとも、アールも冗談を覚えたのか?」

「冗談を考えるソフトが搭載されているなら可能だが、私にはそれが無い」

 やはり僕が不健康そうだったのだろう。
 瞬時に僕を白けさせたアールは、悪気も無さそうにテーブルに食事を用意する。

「クールだねぇ……」

「私の内部に搭載された冷却ファンは、現在二メートル離れているユキには影響しないだろう」

「わかった、わかった。手を洗ってくるよ」

 話の通じないルームメイトから離れて、洗面所に向かう。
 狭い賃貸マンションだ。
 鉄筋コンクリートのお陰で防音効果があるのは良点だけど、完全に一人暮らし専用の狭さだ。
 リビングにキッチンとベッドがある。アールがロボじゃなかったらこんな部屋には住めない。
 食事も睡眠も必要ないアールは基本、部屋の隅で立ったまま充電コードに繋がっている。だから殆ど僕の空間だ。

「駅前の専門店のサラダだ。ユキでも完食出来ると判断した」

「……まあこれくらいなら」

 席について、僕は無言でフォークを手に取った。ロボットとはいえ、ダンディなアールを立たせたまま一人で食事をするのは少し居心地が悪い。外食の場合は無理矢理席に着かせるが、アールにとって、立っている方がエネルギィの消費が少ないんだ。だから態々僕と行動を合わせて座ったり立ったりするのは合理的じゃない。

「何か面白いニュースは?」

 自分の咀嚼音がアールにまで聞こえてると思い、耐えられなくなった僕は特に興味もない事を聞いた。
 ロボに気を遣う人間なんて僕くらいだろうから、アールは僕の気まずさなんて一切感知していない。

「ユキにとって面白いの定義がどこにあるかは未だ不明だが、大きなニュースが入った」

「続けて」

 面白くなくても、ラジオみたいに垂れ流していれば僕も食事に集中出来る。

「反社会的人格者が新宿で刃物を振り回した。死者八名、重傷者二名。区域内の監視ロボが故障していた為、被害がここまで大きくなったと考えられる。また、ロボの故障は同一人物による犯行と見て、捜査が進められている」

「やるねぇ。全員を殺そうとしたなら八割が成功してるじゃん。ロボに頼り切った治安維持の欠点までついてる。頭が良さそうだけど、彼は死刑なのかな?」

「過去のデータを見ればそれは明らかだろう。しかしユキ、発言が物騒な事が最近多い。歯を磨いてきなさい」

 きなさい、なんて命令口調をいつから使うようになったんだろう。きっと歯を磨いた後にお説教でもされるのだろう。
 お腹いっぱいだから夜は何も食べなくていいだろうか。歯を磨きながらそんな事を考える。そういえば髪をそろそろ切ろう。
 人の骨格や顔のパーツを分析して、似合う髪型や、髪型によってどの様に雰囲気が変わるのかもコンピュータが教えてくれる。それでも未だ、髪は人の手によって切られる。ロボットにはまだ繊細な動きが出来ないらしい。
 だからアールもご飯は買ってきてくれるけど、作ってはくれない。
 この様に多くの場所で機械化が進むけど、人は何処でも必要とされてる。人口は何十年も減少傾向だし、ロボットに出来ない事も案外多い。
 でも、この歯ブラシを作るのに携わった人数はそんなに多くないんだろうな。
 口をゆすいでから洗面所を出た僕は、片付けられたテーブルに戻り、アールが淹れてくれた紅茶で手を温める。もう直ぐ春が訪れるとは言え、手先は冷えやすい。

「ユキ、早い段階で言っておかねばならんだろう」

 アールは緩慢な動きでテーブルの前に正座した。僕しか使わないソファは一人用で、一つしかない為だ。しかしそれがあまりにもぎこちないから僕はクスリと笑ってしまった。

「これから話すのは冗談ではない」

「わかってるよ。父さんの話?それとも母さん?」

「両方だ。ユキの両親が遺した財産に私が含まれた理由を教える。それを聞いて行動を改めて欲しい」

「ただ、所有者が子に変わっただけじゃなかったの?」

「ロボを買うなら好きなものを選びたいだろう。普通なら私を売って金に変換する。しかし私は常々頼まれていた事がある」

「早く言いなよ」

「ユキは反社会的人格者の素質がある。生れながらにして、そして母方の祖父の影響もあるだろう」

「じいちゃんを悪く言うなよ!」

「貶しているわけではない。どうか感情を落ち着けてくれ」

「なんだよ、感情が反社会的人格を作るって言いたいのか?わかってるよ、怒りっぽい奴はソシオパスの可能性が高いんだろう?」

「そうだ。しかし私はユキが犯罪者にならない様に側で見守る。それが私の元の所有者であり、ユキの両親の――」

「黙れっ!」

 僕の命令に背けないアールはピタリと口を閉ざす。ロボットのクセによくも人間みたいに喋るな。
 独りになってからずっと側にいてくれたアールだけど、今だけはこのガラス玉の様な目に見られていたくなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...