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二章 美しいヒト

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 朝日が窓から射し込んで、僕は目を覚ました。
 良い天気だ。
 正確性の高い予報によりそれはわかっていたが、朝になって改めて実感出来るのは、僕が生きている証拠だ。
 春が訪れた今日、僕はシュウに誘われていた。
 花見だ。
 桜なんていつでも見れるじゃないかとも思ったが、年中咲く桜の博物館のレストランは美味しくないし、仮想現実空間では、桜が見れても食事が出来ない。
 なるほど、きっと桜の下で食事をすることが目的なのだろう。それにどれ程の価値があるのかと思わずにはいられなかったが、シュウからの誘いを断るはずもなかった。

「おはよう、ユキ。スムージーができている」

 これから食事をする事を考慮して、軽くエネルギィを補給出来る物を用意してくれたのだろう。

「ありがとう」

 僕の言葉に少し静止した後、アールは部屋の隅に戻って行った。
 時々こういう事がある。
 大抵、そういう時は適切な対応手段が見つからない時だ。
 そりゃそうだろう。
 ロボットにお礼を言う人なんて想定されていないんだから。
 でも、近い内に成長型人工知能は「どういたしまして」くらい覚えてくれると思う。
 無意味な予測を立てながら、アールが用意してくれた朝食を嗜む。材料を入れてミキサーにかけるだけだから、不器用でも作れる。
 さて、片付けは頼んで僕は支度を始めよう。


「ユキ、こっちだ!」

 言われていた場所に行くと、既にシュウとその友人達が集まっていた。

「初めまして、ユキとアールだよ」

「へえ、人型ロボなんて珍しいな」

 シュウを含めて四人が一つのシートに座っていた。彼ら全員が、シュウと共通の趣味で知り合った仲間らしい。しかし全員が、別々の場でシュウと出会っている。つまり彼は多趣味なのだ。
 普段は他人ばかりの空間に行くのは拒んでしまう僕だが、今日はうまく馴染める気がした。

「初めまして、エミよ」

 最初に名乗ってくれたのは、桜よりも濃いピンク色の女性だった。クラブで知り合ったのだろうか。とにかく派手だが、見事に似合っている。嫌悪感を抱かないのはその為だろうか。

「俺はタケルだ」

「あたしはミツバ」

 残る二人にも会釈して、早速桜の下での食事会が始まった。
 この桜が幾つも咲いている地帯は、徹底的に薬をばら撒かれて、不衛生害虫が出ない事を約束された上で開放されている。開放といっても、入場料を取るのだから営業と言う方が正しい。しかし娯楽好きな現代人はこのロケーションが好きなのか、辺り一帯シートに埋め尽くされている。
 何のためにここで食事をするのか。
 マンネリ化した食事を楽しむ為か。
 花を愛でる事と食を楽しむ事を同時に行う、合理化か。
 そもそも花を愛でる事にどれほどの価値があるのか。入場料と同程度以上なくては、来た意味がないのでは。
 僕にはわからなかったけど、そんな理屈臭い話題は提起出来ず、なんとなく皆んなの話に耳を傾けていた。
 どうやらエミは本当にクラブで出会ったらしくて、僕も近々連れて行ってくれるらしい。
 タケルは美味しいレストランを知っていて、ミツバは古い映画が好きらしい。
 僕は特に話さず、聞きに徹していた。
 音楽の趣味なんて話せるわけがない。
 今だって、昔の人が桜を楽しんでいた理由がわからずにいる僕に、心を表現する音楽は向いていなかったんだ。
 話す事が出来ないし、食事も多くは喉を通らない。
 想像よりも少しだけ寂しい気持ちを抱いたまま、僕は解散の夕暮れ時までボンヤリしていた。
 それにしてもシュウは凄いな。巧みな言葉で皆んなの話を繋げて、会話に花を咲かせている。そのお陰で僕も花びらの一枚分くらいは会話に加われている。
 次はシュウと二人で話したいな。
 そんな事を考えてる僕を興味深げに見つめるエミを、僕は気付かないフリをした。
 今時、無闇に他人と関わるとロクなことがないからね。
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