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二章 美しいヒト
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「ユキ。起きなければ遅刻する」
「構わないよ……エミに言っといてくれ。僕は睡魔に襲われて今日は夜まで動けないって」
「ユキには悪いが、エミはこうなる事を予想して私に依頼をしている事がある」
アールはそう言うと僕の身体を持ち上げて運び、洗面所まで連行する。
「なんだよ、僕じゃなくてエミの命令を聞くのか?」
「その方がユキの為になると判断した」
僕は仕方なく顔を洗ってからアールを睨みつける。
「エミの依頼はユキを引きずってでも連れて来い、だが、私は人間に危害を加える事が出来ない為、現状の様になった」
アールはそう言いながら僕の着替えやドリンクを用意している。有能な執事だ。
僕はスッカリ目が覚めてしまい、時間を気にしながら用意を始める事にした。
約束の時間の五分前、僕は駅前でエミを待った。いつもこうなる。僕はなんだかんだと言いながらも約束の時間よりも早く相手を待ってしまう。この律儀な性格のせいでバンド活動時代は損をした。音楽をやっている人間はどうしてあんなにも時間にルーズなのか。僕が異端なのか?
「……アール、こっちに手を振っている彼女、誰だっけ?」
清楚な春服を着こなした黒髪の女性がゆっくり近づいて来る。記憶力には自信があった為、アールに頼らなくては思い出せない事が少しショックだった。
「ユキ、私に冗談を言ってもそのセンスは評価出来ない」
「は?」
アールも故障したか?
生活防水の筈だし、雨の日もちゃんと傘をさしているのに、何が問題だったろうか。
「ユキってばはやいね。待たせて悪いわね」
「……え?嘘でしょ、エミ?」
「はっは、間抜けな顔!」
彼女は悪戯が成功したかの様に僕を指差してケラケラ笑う。
「いや、だって、別人じゃん。何?ピンク色と喧嘩でもしたの?」
「アナタのジョークってわけわからないわ」
エミはそう言ってから、その場でクルリと回って見せた。
「似合う?」
「アール、エミが今の質問する為に何秒を犠牲にした?」
「凡そ二秒、空白の時間があった」
「態々回らなくたって答えは変わらないのにね」
「あら、一目で魅力的だと判断したって事ね」
「過去のデータから見て、ユキが他人の外見を批判する事が無いのは明らかだ。故にユキが考えもせずに肯定的な言葉を投げる事は私にも予想出来ていた」
近頃のアールはお喋りだな。無表情なのに得意げに見えるのは、僕の錯覚だろうか。それにしても随分とトラブルになりそうな事を言ってくれる。
「ちょっと、ユキ!乙女の心には真摯に向き合いなさい!そんな適当に生きてたら後悔するわよ!」
「エミ、アールの言う事は気にしないで。今まで通り根拠のないポジティブ思考でいた方が幸せだと思うよ」
「……私をコケにした罪は重いわよ。覚えておきなさい」
プリプリと怒りながら踵を返して歩き出すエミに、僕は肩を竦めてから着いて行く。
「エミという人間は理解し難い。気分が良さそうなのに怒った様に見せかけている。どんな理由があるのだろうか」
「アールにそれが理解出来たら、そこらの大人たちよりも人間になれるよ」
僕らの会話が聞こえているのか、いないのか。エミは上機嫌のまま派手な色彩の、小規模なビルの前に立った。
「到着したわ!何よその顔は。大丈夫大丈夫。ユキみたいにダサくても誰も見てないから」
「やっぱりピンク色とは仲が良いんだね……」
「いつまで引きずるのよ。大体、私が雰囲気変えた理由は田舎に帰るからよ。それには私の美学があってね……」
田舎といっても、地方の都市化は年を重ねるごとに進んでいる。東京ほどではないにせよ、エミが田舎でピンク色の頭を振り回していても誰も気に止めないのではないだろうか。
だからエミの独特な美学を聞きたい気持ちもあったが、僕の足がエネルギィ不足だと疲労を訴えているから早急に店内に入る事にした。
ビル一階の、ピンク色の箱に黄色のオモチャが詰め込まれたみたいな空間で、僕は白い椅子に座った。対面の虹色の椅子にエミが座るが、きっと僕がそっちに座っていたら目眩を起こしただろう。ここにいると派手と可愛いの区別がつかなくなる。
店内は空いていたし、テーブルも四人用だからアールも座らせた。この空間でピンクの次に多用されている黄色い椅子だ。
「田舎で派手なファッションしてるとダサいのよ。何故かって、私みたいなハイセンスウーマンと違ってね、田舎の若者は若干流行に疎いのよ。人口が少ない事も原因かもね。都会では外を歩けば様々な系統の服を見れるけど、田舎はここ程人が多くない。アンテナ張りっぱなしで定期的に情報を仕入れなくては、田舎でハイセンスウーマンになるのは厳しいわ。それなら、いっその事清楚系お淑やかウーマンとして田舎で慎ましく振る舞った方が楽だし、魅力的でしょ?まあ、田舎にはセンスのわかる人間が少ないっていうのも大きな理由だし」
エミはテーブルに設置された端末の上で指を踊らせながら口を動かす。脳の働きの殆どをコンピュータ任せにした現代では、二つの事を同時に進行させるのは高度な技術が必要だ。それを考えると、エミは能力ある人材なのだろう。
「そういえば、田舎に帰る理由を聞いていないよ」
端末をテーブル横に収納したエミは、白い指をビシッと僕に向ける。
「そんな事はどうでもいいのよ。お父さんが病で倒れたとか、家の仕事を継がなくちゃ、とか。それは私とアナタの間には全く無関係な事。私はね、ユキと話がしたくてここにいるの」
話をしようとしてるじゃないか、と思ったが、なんとなく彼女の言いたい事がわかった気がした。
「ユキはもう音楽をやらないの?」
「ああ、多分ね」
少し疼いた胸の痛みを、僕は知らないふりをした。
「まあ私の知った事ではないわね……でも、私はアナタの歌を聴いたことがないわ」
そりゃそうだろう、と思ったけど、間も無く運ばれてきた料理に意識がそれた。
よかった、サラダもオムライスも人為的に色を変えられた形跡はない。
「ねえ、聞いてる?私はアナタの歌を聴いた事がないの」
「当然でしょ。エミの前で歌った事ないんだから」
「バカ。私が言いたいのは、アナタは全てのの人類に批判された気になっているみたいだけど、アナタの曲を知っている人はたった少しなの」
「でも、そのたった少しの内の全員に批判されてちゃ、おしまいだよ」
「本当にバカ。私やシュウみたいにアナタを好む人間はいるわけでしょ?そういう人たちに届けなさいよ。音楽で人を変えたいって思うなら、相応の努力が必要よ。努力っていうのはアナタの現実的な活動だけじゃない。折角こんな時代なんだから、観客の多いヴァーチャルをステージにしたり、私みたいな物好きに宣伝を頼んだりとか、あらゆる手を使わなくちゃ。人を変えるためには手段を選んでいられない。それくらい、人間は複雑にこんがらがっているのよ」
僕はサラダに意識を集中した。次亜塩素酸ナトリウムの香りが付着したレタスは、現代に生きる人間の様だ。徹底的に菌を除去し、害をなさない事が証明されてからサラダになれる。僕らだって、他人に害を与えるなら即座に社会の外に弾き出される。
全く無慈悲だ。
だから人間はロボットの様に規則正しい動物になってしまったんだ。二十年代の映画では、子供がはしゃいでる様子がよく見られたが、今あれほど騒いでいたら迷惑防止条例違反になる。
こうして人も野菜みたいに殺菌されてから初めて社会に出られる。もっとも、殺菌された大人から生まれる子供は既に殺菌されているのが現代だけど。
「ねえ、ユキ?アナタ、話聞きたくないって表情ね?」
「悪いね、僕は大人になって幻想を夢見る事は辞めたんだ」
「大人になった?」
エミの胡乱な目が嫌で、水に浮いたレモンの、スライスされた側面を凝視する。完璧だ。アールに聞けばわかるだろうが、あのレモンは厚さニミリ丁度だろう。少しのズレもない、何処を測ってもニミリだ。間違いなく機械に切らせたな。
「ユキ、私の目を見てよ!」
嫌だなあ。そう思いながら視線を合わせて、僕は気付いた。エミはカラーコンタクトをしていない。裸眼じゃ情けなくて人に会えないと言っていた彼女が。僕にはどうでもいい事だけど、彼女なりに思う事があるのかもしれない。それがエミのお節介だとしても、僕は自分を守る重たい鎧を外して、エミとしっかり向き合わなくちゃいけない気がした。
「アナタは大人になれていないわ。だから私はユキにお人好しをするの。お節介だと思ってくれてもいいわ。だけど、一つだけ忠告させてほしいの」
「大人になれていないって、何処で判断してんのさ」
「だってアナタ、恋する乙女みたいよ」
「はぁ?僕は……」
「本当に“僕”なの?」
沈黙。
動悸。
視界が震えて、
唇が乾く。
彼女の言葉に陥れられて、
彼女の言葉に救われる。
「ま、いいわ」
今ほどこの言葉が嬉しかった事はない。
「センシティブな質問して悪かったわ。音楽について色々言ってしまったけど、ユキが活動再開するってのは私の些細な望みだから気にしなくていいわ。本当に聞いてほしい事を言うわね」
「なんだい?」
声を震わせずに発した自分を褒めたくなった。
「これから、常に気を付けて生きて」
「はぁ?」
「あまり言いたくないけど、女の勘よ。私ってシックスセンスが優れてるの」
「詳しく言ってくれないと、何をどうしたらいいのか」
ズカズカと僕のプロフィールに踏み込んできた彼女が、少し言いづらそうに顔を顰めている。
「怒らないで聞いてね……シュウよ。彼は天才よ。私も天才だけど、彼は次元が違うわ」
「そんなのわかりきってるよ」
「違うの。私が言いたいのは、大き過ぎる力は滅ぼすの。自身と、その周囲を……」
そう言って伏せていた目を僕に向ける。シュウが僕に危害を加えるなんてありえないだろう。
そう言おうと思ったけど、エミの言葉を蔑ろにする事も出来なかった。
「でも、僕はシュウといると成長出来るんだ」
「わかるわ。アナタには彼が必要よ。でも、気を許し過ぎないで欲しいの。アールにも、お願いよ?ユキを守って頂戴」
「承知した」
なんだ、まるでシュウが悪者みたいじゃないか。そのくせ僕にはシュウが必要なんて、支離滅裂だ。
でも、エミが僕の心配をしてくれているのはよくわかった。だから何も言わないで、ただ頷く。
友人の願いと、友人を疑われた怒り。
葛藤の中で、僕にはそれが妥協点だったのだ。
「構わないよ……エミに言っといてくれ。僕は睡魔に襲われて今日は夜まで動けないって」
「ユキには悪いが、エミはこうなる事を予想して私に依頼をしている事がある」
アールはそう言うと僕の身体を持ち上げて運び、洗面所まで連行する。
「なんだよ、僕じゃなくてエミの命令を聞くのか?」
「その方がユキの為になると判断した」
僕は仕方なく顔を洗ってからアールを睨みつける。
「エミの依頼はユキを引きずってでも連れて来い、だが、私は人間に危害を加える事が出来ない為、現状の様になった」
アールはそう言いながら僕の着替えやドリンクを用意している。有能な執事だ。
僕はスッカリ目が覚めてしまい、時間を気にしながら用意を始める事にした。
約束の時間の五分前、僕は駅前でエミを待った。いつもこうなる。僕はなんだかんだと言いながらも約束の時間よりも早く相手を待ってしまう。この律儀な性格のせいでバンド活動時代は損をした。音楽をやっている人間はどうしてあんなにも時間にルーズなのか。僕が異端なのか?
「……アール、こっちに手を振っている彼女、誰だっけ?」
清楚な春服を着こなした黒髪の女性がゆっくり近づいて来る。記憶力には自信があった為、アールに頼らなくては思い出せない事が少しショックだった。
「ユキ、私に冗談を言ってもそのセンスは評価出来ない」
「は?」
アールも故障したか?
生活防水の筈だし、雨の日もちゃんと傘をさしているのに、何が問題だったろうか。
「ユキってばはやいね。待たせて悪いわね」
「……え?嘘でしょ、エミ?」
「はっは、間抜けな顔!」
彼女は悪戯が成功したかの様に僕を指差してケラケラ笑う。
「いや、だって、別人じゃん。何?ピンク色と喧嘩でもしたの?」
「アナタのジョークってわけわからないわ」
エミはそう言ってから、その場でクルリと回って見せた。
「似合う?」
「アール、エミが今の質問する為に何秒を犠牲にした?」
「凡そ二秒、空白の時間があった」
「態々回らなくたって答えは変わらないのにね」
「あら、一目で魅力的だと判断したって事ね」
「過去のデータから見て、ユキが他人の外見を批判する事が無いのは明らかだ。故にユキが考えもせずに肯定的な言葉を投げる事は私にも予想出来ていた」
近頃のアールはお喋りだな。無表情なのに得意げに見えるのは、僕の錯覚だろうか。それにしても随分とトラブルになりそうな事を言ってくれる。
「ちょっと、ユキ!乙女の心には真摯に向き合いなさい!そんな適当に生きてたら後悔するわよ!」
「エミ、アールの言う事は気にしないで。今まで通り根拠のないポジティブ思考でいた方が幸せだと思うよ」
「……私をコケにした罪は重いわよ。覚えておきなさい」
プリプリと怒りながら踵を返して歩き出すエミに、僕は肩を竦めてから着いて行く。
「エミという人間は理解し難い。気分が良さそうなのに怒った様に見せかけている。どんな理由があるのだろうか」
「アールにそれが理解出来たら、そこらの大人たちよりも人間になれるよ」
僕らの会話が聞こえているのか、いないのか。エミは上機嫌のまま派手な色彩の、小規模なビルの前に立った。
「到着したわ!何よその顔は。大丈夫大丈夫。ユキみたいにダサくても誰も見てないから」
「やっぱりピンク色とは仲が良いんだね……」
「いつまで引きずるのよ。大体、私が雰囲気変えた理由は田舎に帰るからよ。それには私の美学があってね……」
田舎といっても、地方の都市化は年を重ねるごとに進んでいる。東京ほどではないにせよ、エミが田舎でピンク色の頭を振り回していても誰も気に止めないのではないだろうか。
だからエミの独特な美学を聞きたい気持ちもあったが、僕の足がエネルギィ不足だと疲労を訴えているから早急に店内に入る事にした。
ビル一階の、ピンク色の箱に黄色のオモチャが詰め込まれたみたいな空間で、僕は白い椅子に座った。対面の虹色の椅子にエミが座るが、きっと僕がそっちに座っていたら目眩を起こしただろう。ここにいると派手と可愛いの区別がつかなくなる。
店内は空いていたし、テーブルも四人用だからアールも座らせた。この空間でピンクの次に多用されている黄色い椅子だ。
「田舎で派手なファッションしてるとダサいのよ。何故かって、私みたいなハイセンスウーマンと違ってね、田舎の若者は若干流行に疎いのよ。人口が少ない事も原因かもね。都会では外を歩けば様々な系統の服を見れるけど、田舎はここ程人が多くない。アンテナ張りっぱなしで定期的に情報を仕入れなくては、田舎でハイセンスウーマンになるのは厳しいわ。それなら、いっその事清楚系お淑やかウーマンとして田舎で慎ましく振る舞った方が楽だし、魅力的でしょ?まあ、田舎にはセンスのわかる人間が少ないっていうのも大きな理由だし」
エミはテーブルに設置された端末の上で指を踊らせながら口を動かす。脳の働きの殆どをコンピュータ任せにした現代では、二つの事を同時に進行させるのは高度な技術が必要だ。それを考えると、エミは能力ある人材なのだろう。
「そういえば、田舎に帰る理由を聞いていないよ」
端末をテーブル横に収納したエミは、白い指をビシッと僕に向ける。
「そんな事はどうでもいいのよ。お父さんが病で倒れたとか、家の仕事を継がなくちゃ、とか。それは私とアナタの間には全く無関係な事。私はね、ユキと話がしたくてここにいるの」
話をしようとしてるじゃないか、と思ったが、なんとなく彼女の言いたい事がわかった気がした。
「ユキはもう音楽をやらないの?」
「ああ、多分ね」
少し疼いた胸の痛みを、僕は知らないふりをした。
「まあ私の知った事ではないわね……でも、私はアナタの歌を聴いたことがないわ」
そりゃそうだろう、と思ったけど、間も無く運ばれてきた料理に意識がそれた。
よかった、サラダもオムライスも人為的に色を変えられた形跡はない。
「ねえ、聞いてる?私はアナタの歌を聴いた事がないの」
「当然でしょ。エミの前で歌った事ないんだから」
「バカ。私が言いたいのは、アナタは全てのの人類に批判された気になっているみたいだけど、アナタの曲を知っている人はたった少しなの」
「でも、そのたった少しの内の全員に批判されてちゃ、おしまいだよ」
「本当にバカ。私やシュウみたいにアナタを好む人間はいるわけでしょ?そういう人たちに届けなさいよ。音楽で人を変えたいって思うなら、相応の努力が必要よ。努力っていうのはアナタの現実的な活動だけじゃない。折角こんな時代なんだから、観客の多いヴァーチャルをステージにしたり、私みたいな物好きに宣伝を頼んだりとか、あらゆる手を使わなくちゃ。人を変えるためには手段を選んでいられない。それくらい、人間は複雑にこんがらがっているのよ」
僕はサラダに意識を集中した。次亜塩素酸ナトリウムの香りが付着したレタスは、現代に生きる人間の様だ。徹底的に菌を除去し、害をなさない事が証明されてからサラダになれる。僕らだって、他人に害を与えるなら即座に社会の外に弾き出される。
全く無慈悲だ。
だから人間はロボットの様に規則正しい動物になってしまったんだ。二十年代の映画では、子供がはしゃいでる様子がよく見られたが、今あれほど騒いでいたら迷惑防止条例違反になる。
こうして人も野菜みたいに殺菌されてから初めて社会に出られる。もっとも、殺菌された大人から生まれる子供は既に殺菌されているのが現代だけど。
「ねえ、ユキ?アナタ、話聞きたくないって表情ね?」
「悪いね、僕は大人になって幻想を夢見る事は辞めたんだ」
「大人になった?」
エミの胡乱な目が嫌で、水に浮いたレモンの、スライスされた側面を凝視する。完璧だ。アールに聞けばわかるだろうが、あのレモンは厚さニミリ丁度だろう。少しのズレもない、何処を測ってもニミリだ。間違いなく機械に切らせたな。
「ユキ、私の目を見てよ!」
嫌だなあ。そう思いながら視線を合わせて、僕は気付いた。エミはカラーコンタクトをしていない。裸眼じゃ情けなくて人に会えないと言っていた彼女が。僕にはどうでもいい事だけど、彼女なりに思う事があるのかもしれない。それがエミのお節介だとしても、僕は自分を守る重たい鎧を外して、エミとしっかり向き合わなくちゃいけない気がした。
「アナタは大人になれていないわ。だから私はユキにお人好しをするの。お節介だと思ってくれてもいいわ。だけど、一つだけ忠告させてほしいの」
「大人になれていないって、何処で判断してんのさ」
「だってアナタ、恋する乙女みたいよ」
「はぁ?僕は……」
「本当に“僕”なの?」
沈黙。
動悸。
視界が震えて、
唇が乾く。
彼女の言葉に陥れられて、
彼女の言葉に救われる。
「ま、いいわ」
今ほどこの言葉が嬉しかった事はない。
「センシティブな質問して悪かったわ。音楽について色々言ってしまったけど、ユキが活動再開するってのは私の些細な望みだから気にしなくていいわ。本当に聞いてほしい事を言うわね」
「なんだい?」
声を震わせずに発した自分を褒めたくなった。
「これから、常に気を付けて生きて」
「はぁ?」
「あまり言いたくないけど、女の勘よ。私ってシックスセンスが優れてるの」
「詳しく言ってくれないと、何をどうしたらいいのか」
ズカズカと僕のプロフィールに踏み込んできた彼女が、少し言いづらそうに顔を顰めている。
「怒らないで聞いてね……シュウよ。彼は天才よ。私も天才だけど、彼は次元が違うわ」
「そんなのわかりきってるよ」
「違うの。私が言いたいのは、大き過ぎる力は滅ぼすの。自身と、その周囲を……」
そう言って伏せていた目を僕に向ける。シュウが僕に危害を加えるなんてありえないだろう。
そう言おうと思ったけど、エミの言葉を蔑ろにする事も出来なかった。
「でも、僕はシュウといると成長出来るんだ」
「わかるわ。アナタには彼が必要よ。でも、気を許し過ぎないで欲しいの。アールにも、お願いよ?ユキを守って頂戴」
「承知した」
なんだ、まるでシュウが悪者みたいじゃないか。そのくせ僕にはシュウが必要なんて、支離滅裂だ。
でも、エミが僕の心配をしてくれているのはよくわかった。だから何も言わないで、ただ頷く。
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葛藤の中で、僕にはそれが妥協点だったのだ。
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