欠落した世界を、君と生きる

木下美月

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四章 冷たいフユ

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 当時は酷かった。
 時代が目覚ましく進歩する最中、テクノロジィの副産物はトラブルだった。いや、トラブルの副産物がテクノロジィだったのか。人々が生み出す問題に対応していたのはいつも科学技術だった。
 中でも俺に直接的な被害を与えた問題は、女性の社会進出だ。
 我儘な女性と、同調意識の強い人間。人気者になりたい政治家、芸能人など、様々な利己主義者が関わって、この変化は進みすぎた。
 その行き着く先が育児、家事放棄だ。
 家事ならロボが幾らかやってくれるから取り立てて問題にはならなかった。だが、育児はロボにやらせてはいけなかった。

 俺は両親の顔も忘れてしまうほど昔に、孤児院に入れられた。
 もう一昔前は虐待が多かったらしいが、この時代は要らないものは捨てる時代。つまり俺みたいな捨てられた不幸者は多かったんだ。
 そんな不幸者は孤児院に集められ、実験の対象になった。

 ――育児ロボの性能テスト。

 今考えれば恐ろしい事だ。孤児達の人生を実験台にしてるのだから。
 だが仕方がないのかもしれない。
 ゴミでも有効活用しようとするのはいつの時代も変わらない。リサイクルマインドは合理的だから変わらず残っているのだ。
 俺たちも捨てられた身。ゴミと変わらなかったんだ。ゴミが社会貢献できるなら活用するしかないだろう。
 尤も、このテストは俺たちを対象に行われて以降は打ち止めになった。改善の余地もない大失敗だったからだ。
 今でこそ人と遜色ないが、三十年代のロボは今ほど精巧ではなかった。
 動作は明らかに不自然だし、音声スピーカーもこもった音しか出さない。
 だが、それは大した問題ではなかった。
 一番の問題は現在も解決していない。

 ――無感情教育。

 人間は合理性を追求し、感情を捨てていった。それでも全てを失ったわけではない。殴られれば怒りを抱くし、死体を目撃すれば恐怖を感じるだろう。
 一方でロボットには、人間の感情を再現させられない。感情をもっている様に見せかける事は出来るが、それはパターン上での事。想定されていない事態に対応する時、感情の無さが露呈する。
 そんなロボに育てられた子はどう成長するか。
 法律という外的強制力だけを知り、道徳心という内面的原理が働かない人間。
 これが出来上がった人間で、年月が経って彼らの問題が浮き上がってきた。
 彼らの行動に基づくのは我欲だ。
 我欲を満たす為には手段を選ばない。嘘や偽り、欺瞞の言葉は滑らかに舌先を離れ、自身の表情を自在に操る。共感力が著しく乏しい為、他人を利用する事に一切の抵抗は無い。
 現代の社会でも、上に立つ人間は彼らと似た性質だ。つまり無感情教育を受けた子供は皆優秀だった。
 しかし、世間がそれを認める前に、問題は起こる。
 彼らは我欲の為に社会的地位を確保した。だが、我欲が満たされればそれに飽き、その居場所に執着せず簡単に捨てる。
 つまり周囲の人間は彼らを信用することができない。何かを任せればいつの間にかいなくなってしまう。データを偽り、他人を欺く。上り詰めるのも早いが、転落するのも早い。
 それが彼らの特徴。
 嵐の様に訪れ、貢献したかと思えば嘘で塗り固められた成果が後になって露呈し、その頃には行方を眩ましている。
 軈て彼らは、大方の事に飽きてしまう。
 その後に目を付けるのが、人々がタブー視している快楽だ。

 ――快楽殺人。

 中には人肉を食す者もいたらしい。
 日常では起こりえない、常識では行われない法律違反。
 自分が捕まるリスクと、罪を犯して得られる快楽。二つを天秤に掛けて、果たして彼らの選択は如何なるか。
 結果、彼らは迷う事なく罪を犯した。
 痛みを感じにくい彼らは罰を恐れなかったし、発覚されなければ良いと考えた。
 何より、大方のものは手に入れて来た彼らだ。外的強制力ですら彼らを抑制する事は出来なかった。
 そうして罪を重ねる者達は捕まっていき、無感情教育の失敗を人々が悟る頃、未だ法に触れずに生きていた数人は、別の実験の被験体になる。

 ――コールドスリープ。

 俺も被験者の一人だった。
 人体の冷凍睡眠により、時間による老化を防ぐ技術だ。三十年代まででは、一年間のコールドスリープに成功していた。
 だが、俺たちを実験体にして行われるのは規模が違った。
 短い者でも十年、中には百年眠らされる体もあった。命の保証がない事は、当時十代の俺でもわかった。
 やはり、所詮ゴミの有効活用か。
 そんな諦念を抱いたが、僅かでも生きられる可能性があるなら重畳なのだろう。
 罪を犯した奴らは皆殺された。
 だからグレーゾーンで留まってる無感情教育を受けた子達も、殺される予定だったのかもしれない。
 そうならなかったのは、やはり実験の為。
 技術の向上のためには使い捨ての命は重宝するんだ。
 こうして、運が悪かっただけでこの世の闇を歩まされた俺は、永遠の眠りを覚悟して冬眠した。

 ――そして約四十年後に、ただ一人生きて目を覚ましたのだ。

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