彼女にも愛する人がいた

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侯爵セオドリク・ウィルターン③

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「王妃様はリカルド様御一家とアルテーシア様。俺はアルテーシア様とエリス。共に愛する人を失った者同士です。王妃様、どうでしょう? 俺と協力して共に敵を打ちませんか? それを生きる為の糧には出来ませんか?」

 その日、俺はシルヴィア様にそう持ちかけた。

 あれは、もう1年近く前になるだろうか?    

 ユリウス陛下から突然、登城せよとの呼び出しを受けた俺は、そこでアルテーシア様とエリスの死を告げられた。

 俄には信じられず、目の前が真っ暗になり呆然とその場に立ち尽くす俺に陛下は続けた。

「ロマーナ国から表向きに公表された2人の死因は、感染病に羅漢した事による病死だそうだ」

 血の気が引くとは正にこの事を言うのだろうか…。頭がぼーっとして何も考えられず体がふらついた。

 それに気付かれたのだろう。

「すまぬ。王妃も知らせを受けて倒れてな。ただ、お前にどうしてもこれだけは渡して欲しいと頼まれた。アルテーシアが亡くなった時、倒れた彼女の側にそうだ」

 そう言って陛下から受け取ったのはで作った栞だった。

 押し花とは言っても、それはちゃんとした一輪の花ではない。ひまわりの花びらで作った栞だった。

 恐らくひまわりは大きな花だから、栞には出来なかったのだろう。だからアルテーシアは、ひまわりの花びらを押し花にして、それで栞を作り、肌身離さず持っていてくれたのだ。

「あ…嗚呼…ああああー」

 その栞を見た瞬間、漸く我に帰った俺は、もう自分の気持ちが抑えきれなくなり、陛下の御前だと言う事を顧みる余裕すら無く、嗚咽を漏らし泣き崩れた。

 ひまわりはアルテーシアがロマーナへと出立する日、俺が最後に彼女に送った花だったからだ…。

 ひとしきり涙を流し、漸く少し自分を取り戻した俺は、そこでやっと、先程の陛下の仰った言葉の意味に気付いた。

「表向き? では、実際には違うのですか!?」

「ああ…」

 陛下は首肯した。

「その後直ぐに、王妃の元へ義姉である、彼の国の王太后ミカエラ様から手紙が届いたそうだ。その手紙にはロマーナの宰相が集めたアルテーシアの死の真相が、証人達の証言と共に添えられていた。」

「え? 何故宰相が?」

 俺は不敬にも、陛下に向かって聞き返してしまった。

 宰相と言えば内政を司る、国にとっては重要人物だ。その様な役職にあるものが、国が公に行った公表を覆すなんて、国を裏切ったにも等しい行為だった。本当に信頼出来る情報なのか? そう思った。

 俺の言葉の意図に気付かれたのだろう。

「彼はミカエラ様の甥に当たる。王妃が言うには、彼は信頼出来る人物だそうだ」

 陛下がそうお答え下さった。

「それで、その手紙に記されたアルテーシア様の本当の死因は何だったんですか?」

 俺は怪訝に思いながらも尋ねた。

 陛下はそんな俺を見据えながら、悔しそうに血が流れるのではないかと思うほどに強く拳を握り締め答えた。

「……餓死だ…そうだ」

 それは腹の奥から絞り出す様な低い声だった。

 その陛下の声を聞いただけで、陛下の無念さが伝わってくる様な…そんな声だった。

 だがそれでも俺は、確認せずにはいられなかった。

「…餓死…? アルテーシア様はロマーナの王妃として嫁がれたのですよね? それは一体どう言う事ですか…?」

 怒りで声が震える。何処の世界に王妃が餓死する様な国がある!?

 俺は叫び出したい気持ちを必死に抑えた。

 陛下だって娘が亡くなったんだ。泣きたいし叫びたい気持ちは同じだろう。

 だが、その後にアルテーシア様が死に至った経緯と、エリスが亡くなった本当の理由を陛下から聞いた俺は、絶対にシルベールとイヴァンナを許せないと思った。

 きっとそれは王妃様も同じだったろう。彼女もまた愛する娘を殺された。そして宰相からの手紙には更に続きがあったそうだ。それは王妃様の弟一家もまた、事故に見せかけて殺されていたと言うものだ。

 陛下は言葉を繋ぐ。

「だがな、セオドリク。私はその2人だけでは無く、国王ジュリアスの事はもっと許せないのだよ。アルテーシアの腹には彼の子が宿っていたんだ。」

 俺は息を飲んだ。それは彼女が最も望んでいた事だったから。

 その為に彼女は俺と別れ、ロマーナ国王に嫁いだんだ。

 ロマーナに王家の血を取り戻すために…。

 アルテーシアの思いを考えるだけで、俺はまた涙が滲んだ。

「それなのに宰相からの手紙には、ジュリアスはほんの少しアルテーシアと子の死に対して悲しむ素振りは見せたものの、その後は何の反省もせず事を隠蔽する様に指示を出し、今ではまるで何事無かったかの様に平穏に暮らしているらしい。あの男にとってアルテーシアは、我が国から無理矢理妻なのだ。そんな事が許せるか!? 王妃はこの事実を知ってから己を責め、食事も満足に取らないのだ! 全ては自分のせいだと言って己を責め続けている。私がどんな言葉をかけても、彼女の心には響かない。あの子は私のせいで死んだのだと言ってな。このままでは王妃まで死んでしまう…。もしそんな事になったら…。そう考えると私は怖い。この上、王妃まで失ったら私は…」

 陛下は真っ青な顔をして頭を抱えておられた。

 だから、俺はそんな陛下に提案したんだ。

「王妃様と合わせては頂けませんか? どうしても話がしたいのです」

 陛下が尋ねて下さるとシルヴィア様は俺に会って下さった。

 だが、光のないその瞳は、まるで生きる目的を失った者の目だ。

「ねぇ、セオドリク。私は間違えてしまったわ。母親失格よ。王家の血なんてどうでも良かった…。諦めれば良かったのよ。あの子より…アルテーシアの命より大切な者なんて無かった…。餓死よ? お腹に子を宿しながら、食べる物も与えては貰えない。あの子はどれだけ怖かったでしょう。苦しかったでしょう? あの子は私が殺した様なものだわ…」

 そう自分を責め続けるシルヴィア様を見ていると、陛下の仰る通り彼女もまた、このまま儚くなってしまわれる様な…そんな気さえした。

 ダメだ。そんな事になれば1番悲しむのは亡くなったアルテーシアだ。

 だから俺はシルヴィア様に懇願した。

「貴方の力を貸してください。共に敵を打ちませんか」と。

 目の前を馬車が通る。シルベールとイヴァンナを乗せた馬車だ。

 私はカイルと、この日の為にとシルヴィア様が遣わせてくれた、ジルハイムの選りすぐりの精鋭の騎士達と共に馬車の前に踊り出た。

 俺は御者や護衛に向かって叫んだ。

「命が惜しくばここから直ぐに立ち去れ!!」と…。









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