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罪と罰 側妃イヴァンナ①
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「なぁ、何故イーニアだったんだ? 教えてくれよ。彼女じゃなくても、独身の令嬢なんて他にいくらでもいただろう?」
カイザードが、義父に問い質す。
けれど…。
「………」
相変わらず義父は何も語ろうとはしなかった。
「…そうか…。あくまでもだんまりを決め込むつもりの様だな。なら、それなりの覚悟はしておくんだな。この男が此処を去った後、この小屋に残るのは俺1人だ」
諦めたかのようにカイザードはそう半ば脅しの様な言葉を告げると、その後、まだ怒りの冷めやらぬもう1人の男を宥める様に肩に手を回し、共に部屋を出て行った。
私は2人が出て行った扉をただ呆然と見ていた。
男は言っていた。カイザードは義父様に此処に監禁され、挙句殺されそうになったって…。
それに義父様は彼に向かって呟いていた。
『…そんな…生きていたのか…』って。
だからきっと、彼らが言っていた事は、全て本当のこと…。私にはそう感じられた。
でも、もしそうならこれだけは絶対に言える。彼は義父様を恨んでいる。
そんな人がたった1人、私たちの見張りとして此処に残る。他に誰の目にもつかないこの場所では、彼が私達に何をしようと、誰も何も言わない。
そう…。誰も何も言わないのだ。
最悪の場合、私達は此処で人知れず殺されるのかも知れない…。
初めて自分の死を意識して、怖くて体が震えた。
だから私は、彼らが出て行き部屋の扉がバタンと音を立てて閉じると、堪えきれず義父に尋ねた。
「ねぇ、義父様どう言う事なの? さっきあの人達が言った事は本当なの? イーニアって私の伯母様のことよね? ジュリアスに王家の血が流れていないって本当なの? 私達はこれからどうなるの?」
次々と疑問の言葉が口を突いて出てくる。
その時だ。義父様が突然、縋り付く私を払い退けて叫んだ。
「うるさい! 彼の言った事を考えてみろ! 王妃の死の真相を、既にジルハイムは知っている! 俺たちは今、あの女の復讐をされているんだ!! それを態々言い返して、更に怒りを買うなんて! お前は一体何を考えているんだ!!」
「……ひっ!」
私は恐怖に目を見開いた。
義父は何時も私に優しかった。彼に怒鳴られるなんて初めての事だった。それだけ状況が切迫しているのだ。
「だって義父様、言ったじゃない! 絶対にバレないって! ジュリアスは私達を庇うだろうって! それに、王妃が身籠った。腹の子を何とかしなければ私達は折角手に入れた権力を失う事になるかも知れないって。先にそう言って私を唆したのは義父様じゃない!!」
まるで売り言葉に買い言葉だ。今はそんな状況ではないと言うのに…。
だって許せなかったのだ。あの女は私から正妃の座を奪った。それだけじゃない。私が側妃としてジュリアスに嫁いだ後も、彼はまるで義務の様に月に2度、彼女の懐妊し易い日を選んで必ず彼女と閨を共にした。
私が行かないでと泣いて縋っても
「王妃との間に必ず子を成す事。これは死んだ父との約束なんだ」そう言って私の願いを聞き届けてはくれなかった。
早くに母を失い、兄弟もいないジュリアスにとって、父親である陛下は唯一の肉親だった。だから、ジュリアスにとってエラルド陛下は何者にも代え難い特別な存在だったのだろう。
でもその事が、私に焦りを覚えさせた。
もし王妃がジュリアスの子を先に授かったら…。その子がもし王子だったら。ジルハイムとの言う巨大な後ろ盾を持った正妃が産んだ子。間違いなくその子が次の王だ。
もしそんな事になれば、私は今の生活の全てを失う。
不安になった私は、彼女の食事に避妊薬を入れる様に侍女長に命じた。
だが半年が経つ頃、それが王妃付きの侍女エリスに気付かれた。彼女は事もあろうに宰相アルドベリクに相談し、彼を通じて王妃の食べ物を調達する様になった。
私は焦った。相手は宰相。然も、彼の後ろには前王妃ミカエラがついている。
不安に押し潰されそうになった私は義父に相談した。
「彼もまた、子が出来にくい体質なのかも知れないな。ならばジュリアスに代わって、私がお前に子を授けよう」
義父は私を抱いた。
それからは、ジュリアスと並行して義父と関係を持ち続けた。
正直に言って、こんな男と体を重ねるなんて嫌で嫌で仕方が無かった。
でも、誰かに抱かれているその時だけは、私は不安から解放された。
それでも、ジュリアスが王妃の元へ向かう日は耐えられない苦しみだった。私はジュリアスを愛していた。王妃が殺したいほど憎かった。
そんな時、彼女の懐妊を子飼いの宮廷医師から告げられた。
異国から嫁いできた王妃は、私とは違い王宮から1歩も外へは出ていない。
つまり彼女の子は、間違いなくジュリアスの子なのだ。
許せなかった。迷いなんて無かった。
私は宮廷医師に彼女の懐妊を絶対に誰にも知られない様にと釘を刺し、義父に相談した。
義父も、王妃の腹の子を何とかしなければいけないと言った。
それにはやはり、王妃の食事に薬を混ぜ、彼女の腹の子を流産させるのが1番手取り早い。
でも、この計画には邪魔者がいた。王妃の侍女エリスだ。
私は侍女長に命じ、彼女を階段から突き落とさせた。打ち所が悪く彼女は亡くなった。
殺すつもりなんて無かった。ただ少しの間だけ…。全てが終わるまでの間だけ…。彼女が動けなくなればと思っただけだ。
エリスが死んだ後、アルドベリクは直接王妃の間の前に食事を運んで来た。
そんな事をされたら元も子もない。ジュリアスにおねだりして部屋を変えて貰った。
それに王妃の間は本来、私の物だ。ジュリアスに愛されている私の物なのだ。
だが、エリスが亡くなってからと言うもの、部屋へと運んだ食事に、彼女は一切手を付けなくなった。
だから彼女の食事を3日に1度、パン1つにしたのだ。腹を空かせた彼女が必ず食べる様に…。
だが…。
彼女は自分の命を犠牲にした。
窓が無く、光さえ差し込まないこの部屋では、時間の感覚が麻痺する。
今は何時ごろなんだろう?
兎に角、お腹が空いた。ああ、お腹が空くってこんなに苦しいんだ。
その時だ。今までずっと黙り込んでいた義父が口を開いた。
「こんな所にいたらいずれ俺たちは必ず殺される。なぁ、相手は1人。此方は2人だ。2人一斉に飛び掛かれば此方にも勝機があるとは思わないか?」
「でも、もしそれが成功して逃げ出せたとして、外が夜だったら?」
私は不安を口にした。
「いや、その心配はないだろう。彼が起きていると言う事は昼だろう。どちらにせよ、行動を起こさなければ、此処でのたれ死ぬだけだ」
のたれ死ぬ。義父の言う通りだと思った。
何もしなければ、ただ、死ぬだけ。そんなのは絶対に嫌だ。私は頷いた。
それからどれくらいの時が経ったのだろう。
漸く扉を開けて、カイザードが現れた。
「3日に1度のパンだ。味わって食え!」
彼はそう言って、トレーをテーブルに置いた。
見ると、皿に1つずつパンが分けられている。
このパン1つが3日分の食事…。私は絶望を覚えた。
これと同じ事を私は王妃にした。身重の彼女は、トレーに置かれたたった一つパンを見てどう思っただろう…。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
私は義父に合図を送り、2人で一斉にカイザードに飛び掛かった。
勝敗はあっと言う間に決した。カイザードは身を翻し義父を投げ飛ばしたかと思うと、彼の腹に拳を沈めた。義父は気を失った様だ。
残った私も、彼にあっと言う間に弾き飛ばされた。
「なる程、まだ、力は有り余っている様だな。なら、もう食事は要らないな」
カイザードはそう言うと、パンの乗ったトレー持って部屋から出て行った。
最初から気づくべきだった。馬車を襲ったのは公爵家の護衛達が皆、尻尾を巻いて逃げる様な…そんな精鋭の騎士達だった。
彼はその中の1人じゃないか。
沢山の使用人達に傅かれ、贅沢三昧の生活を送って来た私達に、最初から勝ち目なんて無かったのだ。
カイザードが、義父に問い質す。
けれど…。
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相変わらず義父は何も語ろうとはしなかった。
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私は2人が出て行った扉をただ呆然と見ていた。
男は言っていた。カイザードは義父様に此処に監禁され、挙句殺されそうになったって…。
それに義父様は彼に向かって呟いていた。
『…そんな…生きていたのか…』って。
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でも、もしそうならこれだけは絶対に言える。彼は義父様を恨んでいる。
そんな人がたった1人、私たちの見張りとして此処に残る。他に誰の目にもつかないこの場所では、彼が私達に何をしようと、誰も何も言わない。
そう…。誰も何も言わないのだ。
最悪の場合、私達は此処で人知れず殺されるのかも知れない…。
初めて自分の死を意識して、怖くて体が震えた。
だから私は、彼らが出て行き部屋の扉がバタンと音を立てて閉じると、堪えきれず義父に尋ねた。
「ねぇ、義父様どう言う事なの? さっきあの人達が言った事は本当なの? イーニアって私の伯母様のことよね? ジュリアスに王家の血が流れていないって本当なの? 私達はこれからどうなるの?」
次々と疑問の言葉が口を突いて出てくる。
その時だ。義父様が突然、縋り付く私を払い退けて叫んだ。
「うるさい! 彼の言った事を考えてみろ! 王妃の死の真相を、既にジルハイムは知っている! 俺たちは今、あの女の復讐をされているんだ!! それを態々言い返して、更に怒りを買うなんて! お前は一体何を考えているんだ!!」
「……ひっ!」
私は恐怖に目を見開いた。
義父は何時も私に優しかった。彼に怒鳴られるなんて初めての事だった。それだけ状況が切迫しているのだ。
「だって義父様、言ったじゃない! 絶対にバレないって! ジュリアスは私達を庇うだろうって! それに、王妃が身籠った。腹の子を何とかしなければ私達は折角手に入れた権力を失う事になるかも知れないって。先にそう言って私を唆したのは義父様じゃない!!」
まるで売り言葉に買い言葉だ。今はそんな状況ではないと言うのに…。
だって許せなかったのだ。あの女は私から正妃の座を奪った。それだけじゃない。私が側妃としてジュリアスに嫁いだ後も、彼はまるで義務の様に月に2度、彼女の懐妊し易い日を選んで必ず彼女と閨を共にした。
私が行かないでと泣いて縋っても
「王妃との間に必ず子を成す事。これは死んだ父との約束なんだ」そう言って私の願いを聞き届けてはくれなかった。
早くに母を失い、兄弟もいないジュリアスにとって、父親である陛下は唯一の肉親だった。だから、ジュリアスにとってエラルド陛下は何者にも代え難い特別な存在だったのだろう。
でもその事が、私に焦りを覚えさせた。
もし王妃がジュリアスの子を先に授かったら…。その子がもし王子だったら。ジルハイムとの言う巨大な後ろ盾を持った正妃が産んだ子。間違いなくその子が次の王だ。
もしそんな事になれば、私は今の生活の全てを失う。
不安になった私は、彼女の食事に避妊薬を入れる様に侍女長に命じた。
だが半年が経つ頃、それが王妃付きの侍女エリスに気付かれた。彼女は事もあろうに宰相アルドベリクに相談し、彼を通じて王妃の食べ物を調達する様になった。
私は焦った。相手は宰相。然も、彼の後ろには前王妃ミカエラがついている。
不安に押し潰されそうになった私は義父に相談した。
「彼もまた、子が出来にくい体質なのかも知れないな。ならばジュリアスに代わって、私がお前に子を授けよう」
義父は私を抱いた。
それからは、ジュリアスと並行して義父と関係を持ち続けた。
正直に言って、こんな男と体を重ねるなんて嫌で嫌で仕方が無かった。
でも、誰かに抱かれているその時だけは、私は不安から解放された。
それでも、ジュリアスが王妃の元へ向かう日は耐えられない苦しみだった。私はジュリアスを愛していた。王妃が殺したいほど憎かった。
そんな時、彼女の懐妊を子飼いの宮廷医師から告げられた。
異国から嫁いできた王妃は、私とは違い王宮から1歩も外へは出ていない。
つまり彼女の子は、間違いなくジュリアスの子なのだ。
許せなかった。迷いなんて無かった。
私は宮廷医師に彼女の懐妊を絶対に誰にも知られない様にと釘を刺し、義父に相談した。
義父も、王妃の腹の子を何とかしなければいけないと言った。
それにはやはり、王妃の食事に薬を混ぜ、彼女の腹の子を流産させるのが1番手取り早い。
でも、この計画には邪魔者がいた。王妃の侍女エリスだ。
私は侍女長に命じ、彼女を階段から突き落とさせた。打ち所が悪く彼女は亡くなった。
殺すつもりなんて無かった。ただ少しの間だけ…。全てが終わるまでの間だけ…。彼女が動けなくなればと思っただけだ。
エリスが死んだ後、アルドベリクは直接王妃の間の前に食事を運んで来た。
そんな事をされたら元も子もない。ジュリアスにおねだりして部屋を変えて貰った。
それに王妃の間は本来、私の物だ。ジュリアスに愛されている私の物なのだ。
だが、エリスが亡くなってからと言うもの、部屋へと運んだ食事に、彼女は一切手を付けなくなった。
だから彼女の食事を3日に1度、パン1つにしたのだ。腹を空かせた彼女が必ず食べる様に…。
だが…。
彼女は自分の命を犠牲にした。
窓が無く、光さえ差し込まないこの部屋では、時間の感覚が麻痺する。
今は何時ごろなんだろう?
兎に角、お腹が空いた。ああ、お腹が空くってこんなに苦しいんだ。
その時だ。今までずっと黙り込んでいた義父が口を開いた。
「こんな所にいたらいずれ俺たちは必ず殺される。なぁ、相手は1人。此方は2人だ。2人一斉に飛び掛かれば此方にも勝機があるとは思わないか?」
「でも、もしそれが成功して逃げ出せたとして、外が夜だったら?」
私は不安を口にした。
「いや、その心配はないだろう。彼が起きていると言う事は昼だろう。どちらにせよ、行動を起こさなければ、此処でのたれ死ぬだけだ」
のたれ死ぬ。義父の言う通りだと思った。
何もしなければ、ただ、死ぬだけ。そんなのは絶対に嫌だ。私は頷いた。
それからどれくらいの時が経ったのだろう。
漸く扉を開けて、カイザードが現れた。
「3日に1度のパンだ。味わって食え!」
彼はそう言って、トレーをテーブルに置いた。
見ると、皿に1つずつパンが分けられている。
このパン1つが3日分の食事…。私は絶望を覚えた。
これと同じ事を私は王妃にした。身重の彼女は、トレーに置かれたたった一つパンを見てどう思っただろう…。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
私は義父に合図を送り、2人で一斉にカイザードに飛び掛かった。
勝敗はあっと言う間に決した。カイザードは身を翻し義父を投げ飛ばしたかと思うと、彼の腹に拳を沈めた。義父は気を失った様だ。
残った私も、彼にあっと言う間に弾き飛ばされた。
「なる程、まだ、力は有り余っている様だな。なら、もう食事は要らないな」
カイザードはそう言うと、パンの乗ったトレー持って部屋から出て行った。
最初から気づくべきだった。馬車を襲ったのは公爵家の護衛達が皆、尻尾を巻いて逃げる様な…そんな精鋭の騎士達だった。
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