花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第13話 高級ホテルのロビーで

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「今日はお世話になります、総支配人さん」

 カタリナは車から出るとすぐにその男に声を掛けた。そう、この男はこのホテルのすべてを取り仕切る総支配人だった。

「ようこそいらっしゃいました、姫様」

 総支配人は最敬礼のままそう答えた後、ゆっくりと頭を上げた。

「ようっ! 支配人! 私も今日は世話になるぞ!」

 カタリナの後から出て来た静が、まるで行きつけの飲み屋の主人に声を掛ける様に片手を上げながら言った。

「げっ……静様もですか……」

 後ろに居るのが声で静だと分かった総支配人が思わずそう声を出した。実際、ドレス姿の静を見て彼は最初はそれがあの静だとは気が付かなかった様だ。

「そう嫌な顔をすんなよ、支配人。
 今日は、いつもと違ってこの恰好だ。
 お前を困らせる様な事はしないつもりだ」

 静はそう言って、親し気に総支配人の肩を片手でぽんぽんと叩きながら豪快に笑った。

「はぁ……そうですか……」

 この場に静も居る事が分かった総支配人はあからさまに困惑の表情を浮かべた。


「姉さん、あなた、ここでも何かやらかしたんですか?」

 前を先導する総支配人の後を歩くカタリナが隣に居た静に小声で尋ねた。

「ここの最上階スイートは見晴らしが良いからなぁ。
 時々、利用させてもらってるだけだ。
 こっちも忙しい身だからいつも飛び込みだけどな」

 静は平然とした表情でそう答えると、バックからまた棒付きキャンディーを取り出すと無造作に包装を破り捨てて口に咥えた。

「まさか、その時もいつものあの不良っぽい恰好じゃないですよね?」

「私はいつもあの格好だぞ。
 こんなちゃらちゃらした恰好など滅多にしない」

 カタリナが少し上目づかいにそう尋ねると、静は悪びれもせず口に咥えたキャンディーの棒をくるくる回しながら答えた。

「それであなたはそのスイートルームで何をしたんですか?」

「何をって、そりゃ仲間集めて、
 優雅に月見の宴会って奴に決まってるじゃないか」

 先ほどの総支配人の困惑した顔と、この静の答え。その二つを見ればカタリナにはその宴会がどんな乱痴気騒ぎだったか想像するのは簡単な事だった。良からぬ仲間が良からぬ恰好でこの超高級ホテルに乗り込んで来たのだろう。その時のこのホテルの惨状を思うとカタリナは他人事ながら胃が痛くなりそうだった。

「まったく、あなたと言う人は……」

 カタリナはすでにそう小さく呟くと苦虫を噛み潰した様な顔になった。


「では、姫様。私はここまで。
 今夜、我がホテル自慢のシースルーラウンジエレベーターは、
 姫様がご出席されるパーティー専用となっております。
 パーティー会場までゆっくりと夜景をお楽しみくださいませ」

 エレベーターの入り口とは思えぬ、まるで宴会ホールの入り口の様な巨大なドアの前で総支配人はそう言って頭を下げた後、ドアの横にある『UP』と表示されたボタンに触れた。するとすでにエレベーターはそこに待機していたのであろう、音もなく巨大なドアが左右に開いた。

 開いたドアに手を掛けて控える総支配人の前をカタリナと静が通り過ぎエレベーターの中へと入って行く。相変わらず静は口にあの棒付きキャンディーを咥えてた。二人の一歩後をクローディアが付いて行く。

「では行ってらっしゃいませ、姫様、静様」

 そう言って最敬礼しながら総支配人がドアから手を離すと一呼吸置いてドアが閉まった。

 そこはエレベーターと言うよりはラウンジと言うべき広々とした空間だった。ドアの対面が一面ガラス張りになっているだけでなく、左右もほとんどがガラス張りになりホテルの壁面よりエレベーター自体が飛び出し居るのが分かる。その上、小ぶりなテーブルや椅子、それに鉢植えの結構大きな観葉植物すらあった。それは文字通りシースルーエレベーターと同じ造りの小ぶりなラウンジがそのまま上下する様な物だった。これがこのホテルの名物『シースルーラウンジエレベーター』である。このホテルが出来た当初は、このエレベーターに乗る為だけに長蛇の列が出来、乗るのに数時間待ちなどと言う事態が半年ほど続いた物だった。今でも『ホテル ラマナスベイサイドキャッスル』は、このエレベータとその格調高さから、ラマナス国民はもちろん外国からの観光客からも憧れのホテルとなっている。

「まったく、無駄にデカいエレベーター造りやがって。
 普通のシースルーの奴なら三台は設置できる。
 そっちの方がはるかに人員運搬の効率は良い」

 静は、並のシースルーエレベーターでは味わえない180度以上広がるまるで宙に浮かんでる様な夜景には興味なさそうに、ドア横の壁に目を閉じもたれかかりながら独り言の様に毒づいた。

 一方、カタリナは置かれた椅子に座り窓の外に広がる星空を眺めながら静の独り言を聞きながら呟く。

「あの人は口を開けば必ず毒を吐く……。
 でも……あの人って誰構わず毒づいてる様で、
 そのくせ、言ってることは妙に的を射てるのよね」

 カタリナの座る椅子の横に立ち控えているクローディアはその呟きを聞いて微かに微笑んだ。

 
 やがてラウンジエレベーターは最上階に到着した。

 このラウンジエレベーターは通常なら一階下にあるレストランフロアーが折り返し地点になるのだが、最上階のスカイホールでパーティーなどが催される場合には今回の様に専用エレベーターとなり最上階まで運行する事も可能だった。その場合、ラウンジエレベーターはスカイホールに直接アクセス出来る様になっていた。ちなみに静が無理やり確保して乱痴気騒ぎをしたスイートルームも同じ最上階にあるのだが、通常はそちらへは専用の通常型シースルーエレベーターでのみアクセス可能でこちらとは完全に隔絶されプライバシーと静寂が確保された箇所にあった。

 ラウンジエレベーターの大きな扉が開くと、すでに総支配人から連絡が入っていたのであろう、パーティー会場にいた責任者が扉の横でカタリナ達を出迎えた。また、すでに会場入りしていた参加者達もエレベーター扉前へと集まって来た。

 カタリナはエレベーターの扉が開く前からすでに椅子から立ち上がりドアの前で待っていた。そして扉が左右に開くとその中央でぴんと背筋を伸ばし王女としての気品と威厳を十分に示す姿勢でパーティー会場へと歩き出した。その姿勢は近寄りがたい位の威厳を見せる程立派な物だったが、表情はその姿勢とは真逆に親しみやすい柔らかな笑みを浮かべていた。そして、光沢のある黒いベルベットのロングワンピースとシルクの白いエプロンドレスを身に付けたクローディアがその一歩後に従う。

 一方、静は、めんどくさそうな顔で相変わらず棒付きキャンディーを口の中で転がしながらクローディアの後からエレベーターを出た。
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