花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第23話 無敵で、そして美しき鬼

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 一方、ジェットポッドの一つを力業で破壊し離陸不能な状態に追い込んだ鬼は、何事もなかった様にそのままカタリナ達の居る方へゆっくりと歩いて来ていた。

「ファリン、グァンミン、伏せろ!」

 あまりに異様な光景に唖然としていたファリンとグァンミンに、大尉が機内から叫んだ。その手にはこちらへ迫る鬼に向けてグレネードランチャーが構えられていた。ファリンとグァンミンは反射的に、左右からその身を拘束していた姫を押し倒す様に地面に伏せさせるとその上に自分たちも伏せた。

 同時に大尉はランチャーの引き金を引いた。

 ぽんっという少し間の抜けた様な音と共に、発射されたグレネードがやや山なりの軌跡を描いて鬼に向かってゆく。

 鬼はその瞬間、歩みを止め、両手で顔を庇う様な動きをした様に見えた。

 すぐさま、爆音が辺りに響き、鬼のいた辺りに火炎と大量の煙が発生した。

「どうだ!
 どんなに頑丈でもハイパーグレネードの直撃ではまともではいられまい」

 大尉はグレネードランチャーを手にしたままそう言って笑った。


 しかし一呼吸の後、辺りを覆いつくしたグレネードの煙の中から赤く光る二つの点がぼんやりと見えた。しかもその光は一定のリズムで小さく上下に揺れながら確実にその光を鮮明にしていた。

 そう、その光を発している物は確実にこちらへ近づいているのだ。

 それに気が付いた大尉の笑いが凍り付いた。

 やがて、煙の中からあの鬼が再び姿を現した。またしても鬼の体には、何の損傷はもちろん痕跡すらなく、相変わらず月明かりを反射してきらきらと光り輝いていた。

「馬鹿な……対戦車用ハイパーグレネードの直撃だぞ」

 そう独り言の様に呟いた大尉の顔には、あからさまな恐怖の影が浮かんでした。


 一方、カタリナは、こちらに近づいてくる鬼をどう考えるべきが判断が付かずにいた。

 少なくとも鬼はこのテロリスト達とは敵対している様に見える。『敵の敵は味方』と言う言葉をそのまま信じるなら今、この鬼は自分の味方かもしれない。ただ、さすがに今までその実物を見た事はないが、この鬼は間違いなくこのラマナスで噂になっていた『白銀の鬼』に間違いなかろう。しかも、その噂になっている『白銀の鬼』は必ず犯罪が起こった現場で目撃されている。ならば、その『白銀の鬼』は犯罪者である可能性も高いのだ。この場に来たのも自分を救う為ではなく、このテロリスト同様に鬼の目的は自分なのかもしれない。自身の獲物を奪われそうになった為に、鬼はその獲物を取り戻すために行動している可能性もあるのだ。

 もし、そうならば、この状況はただ単に自分に危害を加える相手がテロリストであるか、鬼であるか、が違うだけで、絶望的な状況は変わらないと言う事なのだ。


 しかし、次の瞬間、鬼は初めて声を発した。

「カタリナ姫を解放せよ。
 さもなくば、直ちに攻撃に移行する」

 それは、抑揚のない、そして少しノイズの混じった合成音声だった。

 カタリナはその言葉に、鬼が自分を救出しにここに来たことをやっと確信した。

「うるさい! お前こそ、そこを動くな!
 一歩でも動いて見ろ。
 この姫さんの脳みそが床に飛び散るぞ!」

 鬼の目的がカタリナの救出にある事を知って、ファリンは笑みを浮かべて小銃の銃口をカタリナのこめかみに押し付けてそう叫んだ。

 この瞬間、ファリンは思った。この鬼の様な物の目的がカタリナの救出にあるなら、こちらにはまだ勝算がある。何故なら今、鬼の目的たるカタリナの命はこちらが握ってることに変わりはなのだからと。

 ファリンの言葉に鬼の歩みが初めて止まった。

 それを見た大尉とグァンミンも安堵の表情を浮かべた。

 相手が化け物でも、こちらが確保しているカタリナはただの小娘なのだ。このカタリナさえ自身の制圧下に置いている限り、この鬼がどれほど強くてもこちらに危害を加える事は出来ない。大尉とグァンミンもこの時そう考えていた。


 しかし、彼らのその考えはまたしても裏切られる事となる。いや、ファリンとグァンミンに関してはその事に気付く事すらなかっただろう。

 鬼のバイザーに隠された眼がその瞬間、その赤い輝きをさらに増した。

 次の瞬間、カタリナの身を両脇から確保していたはずのファリンとグァンミンは、そのカタリナから離れたヘリポートの両脇に意識を完全に失った状態で倒れていた。

「な、何が起こった……」

 さすがの大尉も目の前で起こった事が理解できずに放心状態でそう言葉を漏らした。

 大尉の目の前には、今までファリンとグァンミンがその身をしっかりと確保していたはずのカタリナが、あの白銀の鬼に優しく肩を抱かれる様にしていたのだ。鬼がその言葉を発した時には、まだこちらとの距離は十分程度あった。仮に鬼が走った所で、こちらに到着する前にファリンはカタリナの頭を自動小銃で打ち抜く余裕は十二分にあったはずだ。それなのに、当のファリンとグァンミンはヘリポートの両脇にまで飛ばされ、鬼は自分の目と鼻の先に居るのだ。

 しかし、こうして至近距離で見ると、カタリナを守る様にその腕に抱く鬼は少し色っぽく見えた。そうぼんやりと思ってすぐに、こんな切羽詰まった状況なのに何を馬鹿な事をと大尉は思った。しかし、確かにそうなのだ。そこに居る白銀の鬼は確かに生物と言うよりロボットと言う感じはするが、そのシルエットは妙に女性的だった。いや、まるで長身のファッションモデルの様な美しささえ感じられた。

「無駄な抵抗はやめて投降しろ」

 カタリナを完全に確保した鬼が再びあの機械音声でそう大尉に告げた。

「くそっ! ここで捕まってたまるか!」

 大尉は反射的に軍用機の扉を閉めるスイッチを叩き壊すかの勢いで叩いた。すると瞬時に、鬼とカタリナの目の前で開いていたドアが閉じた。


「今すぐ離陸させろ!」

 大尉はそのままコクピットに走り込み怒鳴った。

「無理です、大尉。
 ポッドが一つ完全に破壊されてます!」

 パイロットの一人が大尉を振り返り叫んだ。

「馬鹿野郎! 三つの残ってりゃ飛べる。
 AIサポート切ってマニュアル操縦にするんだよ。
 そこをどけ、俺がやる!」

 大尉は怒鳴り、そのパイロットを操縦席が引きずり下すと自身がそこに座りシートベルトを締めるとすぐさま操作を開始した。すると無傷だった三つのジェットポッドが唸り声を上げ始めた。同時に、不安定ながら軍用機の機体がわずかに浮き上がった。
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