花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第44話 すべて知ったカタリナの心

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 カタリナはその夜遅く自身の部屋に戻って来た。


 静から真実を聞いた後、カタリナは、父そうラマナス王ではない父フレデリック、ラマナス王妃でない母マリア、そして『狂犬王女』ではない姉静と四人ゆっくり過ごした。いや、もっと端的に言うなら仮面を被らない素顔の家族と初めて静かな語らいの場をもったのだ。

 カタリナにとって真の意味での『家族団らん』と言うのはこの夜が初めてだった。

 物心ついてからこの日まで、いつも『狂犬王女』と陰口を叩かれる姉が居た。姉は王宮に現れれば必ず自分たちに毒を吐いた。だからカタリナにとって家族全員が顔を合わす時は苦痛でしかなかった。もちろん姉の居ない時は幸せな家族と思える時もあった。それでもカタリナの心から姉の存在が消える事はなかった。

『あんな人、あのテロの時に先王妃と一緒に死んでしまえば良かったのよ』

 何度もカタリナはそう思った。しかし、いくら国民にまで『狂犬王女』と影口を叩かれる問題ばかり起こす人間でも、半分とは言え確実に血の繋がった実の姉なのだ。その姉を『死ねばよかった』と一瞬でも思った自分を何度、恥じて自己嫌悪に陥った事か。そして、そんな風にして自分と家族を苦しめる原因を作る姉をまた憎んでしまう繰り返しだった。幼い頃からずっと人知れずカタリナはその事に日々心痛め苦しんで来た。

 自分自身、姉がああいう状態ではせめて妹の自分が清く正しい国民に愛される姫であろうと努力した。いつも微笑みを絶やさず、誰に対しても慈悲深く優しい、まるでおとぎ話に出て来る様な姫。そして、それは性格や行いだけではない。あの姉は問題児でありながら学校での成績は文句のつけようのない程素晴らしかったと言う。それこそ、どの学年にいても素行以外の純粋な成績は学科を問わずほとんどが一位だった。自分はそんな姉に負けるわけにはゆかないと思った。だから必死に勉強した。おかげで学校での成績を姉と比べられても恥ずかしくない状態でいる事が出来た。

 だがそれ故に苦しかった。これがあの姉の存在が無く、自分自身の純粋な気持ちでそうあろうとして努力するのならば例え苦しくともそれは我慢できたし、気持ちも前向きになれたであろう。しかし、自分は違った。王宮に帰り傍に誰も居なくなると足元から崩れ落ちそうになるほどの疲労感に襲われた。大声でない叫びたい衝動に何度も襲われた。

 ひどい時など、部屋に帰って気が付くといつの間にかベッドに寝かされている時もあった。そんな時、目を覚ますとそこには必ずあのクローディアが居た。彼女がベッドの傍らに置かれた椅子に座り本を読んでいたり、書類に目を通していた。そして、こちらが目を覚ましたのに気が付くと優しく柔らかな笑みを浮かべながらこう言った。

「お目覚めですか、姫様。
 酷くお疲れの様ですが、大丈夫ですか?」

 クローディアは自分が帰宅した時の様子をいつも気にしていたのだ。そして、自分の様子に少しでも心配があると必ずその後に様子を確かめに来ていたのだ。たぶん、そう言う時は自分からベッドに入ったのではないのだろう。部屋の椅子に座ったまま寝落ちしていたか、酷い時などそのまま床に倒れ込んでいたのかもしれない。そんな自分をクローディアはそっとベッドに運んで寝かせてくれていた。そして、そんな事を一言も自分には語らず、ただ、自分が目を覚ますまで静に傍に寄り添っていてくれたのだ。

 その時、いつも思った。ああ、この人が自分の本当の姉だったらどんなに幸せだったろうかと。

 思えば、物心ついた時からカタリナにとってクローディアは姉の様な存在だった。自身の専属メイドは常に数人付いていた。最初、クローディアはそのカタリナの専属メイドを統括する立場にいた。しかし、数年でその有能さを認められ、メイド長へと上り詰めて行った。それでも、クローディアは常にカタリナの事を気づかってくれた。傍に居られる時間は減ったが、それでもなるべく時間を作り傍に居て自分を見守っていてくれた。

 しかし、今、真実を知ったカタリナは思う。

 それは、自分や母マリアの為に、ひいてはラマナスと言う国、そしてこの世界の為、あえて汚れ役を引き受けた静の優しさだったのだ。信頼できる部下でもある……と言ってもクローディアがいつから静の『Heaven’s Gate』になっていたのかはまだ聞いてはいないが……クローディアに自身がしてやりたくても出来ない姉としての役割を任せたのだろう。


 そこまで思った時、カタリナは無性に静に会いたくなった。その想いは空気が入り続ける風船の様に一度自身で気が付くとみるみる大きくなって胸の中一杯に広がり押さえきれなくなった。

 気が付くと、もう自身の部屋を出て王宮左翼を抜け夜の廊下を右翼の入口まで来ていた。

 姉はもう眠っているのではないだろうか?

 カタリナはふとそう思ったがそれでも引き返す気にはならなかった。あとで思えば姉はすでに人ではない機械の体なのだから眠る事は必要でないのだろうと気が付いた。しかしその時はそう言う考えもまったく思い浮かばなかった。その時のカタリナにとって静は、間違いなく人であり自分の大切な姉だったのだ。

 王宮右翼にある静の部屋の前まで来たカタリナはその扉をノックしようとしてその手を一度止めた。そして目を閉じ大きく深呼吸をしてから、再び目を開き意を決してその扉をノックした。

「カタリナだろう。
 鍵は開いてるから入れ」

 カタリナが声を掛けようとする前に部屋の中から声がした。

「静姉さん、入ります」

 カタリナはそう声を掛けてから大きな扉を開けた。

 部屋に入ると、部屋の仲は明かりが消されていた。カーテンが開け放たれ星空が綺麗に見える窓からの月明かりに照らされた窓際に、静が一人、椅子に座ってウイスキーグラスを傾けていた。

 いつものあの革ジャンに革のミニスカートと言う姿ではなく、月バスローブを羽織って月明かりに照らし出される姉の姿は一枚の絵画の様にとても美しかった。その顔の左半分には酷い火傷の痕と縫い傷があったが、そんな事はまったく気にならない程美しいとカタリナはその時思った。

「何故、私だと分かったのですか?」

 ああ違う、今、そんな事聞く必要なんかない。
 今口にするのはもっと他の言葉なのに。


 そんな静を目の前にしてカタリナはそう口にしたことを悔やんだ。

 それに今、私、すごくぶっきらぼうな顔をしてる。

 そして、何故、本心のまま可愛らしい妹としての顔が出来なかったのか激しく後悔した。
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