6 / 49
第3話
しおりを挟む
太った女はタバコを咥えたままメイドを見上げた。そしてその仮面を付けた顔を見て怪訝な表情を浮かべた。しかしすぐに、商売用のにこやかな笑みを浮かべて答えた。
「あんたたちは運が良い。
ちょうど角の良い部屋が空いてるよ」
「ではそのお部屋をお借りしたいのですが……」
どうやらこの太った女はメイドがそう思った通りここの女主人で間違いない様だった。メイドはにこやかに微笑みながらそう尋ねた。
「一晩、10セリング一泊ごとに先払い」
しかし太った女主人がそう言うとメイドが怪訝な表情を浮かべた。
『一泊ごとに先払い』と言うのは取りっパグれ防止からこの手の宿の場合ごく普通だった。しかし問題はその値段だった。『一泊10セリング』と言うのは、幹線街道沿いの大きな宿場町にある宿泊専門の高級宿屋ならまだしも、こんな炭鉱町にある酒場兼業宿屋としては相場の二倍近くだったのだ。
それを見逃さず女主人はすぐさま言葉を続けた。
「その部屋は結構お広い上に風呂付だよ。
しかも暖炉もあるんでお湯が使える。
その上、広いベッドやソファーセット。
それに物書きが出来る机に椅子もある。
都市の高級宿屋にだって負けない自信があるよ」
「なるほど、そう言う事でしたか」
女主人の言葉にメイドは納得したのだろう。そう言ってまた微笑みをその口元に浮かべた。そして、腰に付けた黒革のポーチからセリング銀貨十枚を取り出すとカウンターの上に置きながら続けた。
「では、その部屋をお願いします」
「あいよ、すぐ部屋の準備をするからここで待っててくれ」
女主人は咥えていたタバコを床に落としてもみ消しながら、愛想の良い笑みを浮かべた。
「フレディー、お客さん二人に何か飲み物でも出してあげておくれ」
そうして、カウンター内に居たバーテンダーにそう声を掛けた。その後、そっとメイドの耳元に顔を近づけると小声で囁いた。
「風呂もベッドも二人一緒に十分使える大きさだよ。
あんたみたいなメイドさん付きで旅してる旦那には、
色んな意味でぴったりの部屋だと思うよ、くくくくっ……」
そう囁いた後、女主人はメイドにウインクしながら下卑た笑みをその口元に浮かべると、カウンターの後ろへと引っ込んで行った。
ただ、その女主人はその場を立ち去りながらメイドに聞こえない様な小声でこう呟いてにやりといやらしい笑みをその口元に浮かべた。
「『国家認定万能メイド』とはね。
仮面で顔を隠しているのは気になるが、
滅多にない上玉みたいじゃないか……」
『国家認定万能メイド』、それは国家が認める最も有能なメイドである証であった。
この国にはメイドの国家資格がある。
もちろん認定を受けずともメイドにはなれる。しかし『国家認定万能メイド』の肩書が有ると無いとではその待遇において雲泥の差があった。しかも、この『国家認定万能メイド』は唯一、平民以下の女性でも取る事の出来る唯一の資格で、この資格さえあればどんなに卑しい身分の出であっても王宮の女官への扉ですら開かれるのだ。さらにはこの肩書があれば、貴族、果ては王族とも結婚する事が可能であった。それ故、平民以下の女性にとってはこの『国家認定万能メイド』は誰もが目指し憧れる肩書であった。
ただし、この『国家認定万能メイド』、一般的にメイドの職務とされる主人への給仕が出来るだけでは得る事は出来ない。主人への給仕、清掃等以外に読み書きはもちろん、各種公式手続きや商取引等の高度な専門知識までもが求められた。事実上、貴族、豪商を問わず、その主の代行を完璧にこなせる事が必要とされた。
この『国家認定万能メイド』は実務経験の有無は問われていない。一年に一度、一週間に渡って行われる筆記試験および実技試験、さらには面接試験に合格出来れば与えられる。しかし、事実上、この資格を得るにはそれ相応の場所で一般メイドとして少なくとも十年近くは修行を積む必要であった。それ故、『国家認定万能メイド』となればその職場においては使用人のトップ男性職である『執事』に匹敵する『メイド長』である事が常であった。
そしてこの『国家認定万能メイド』の資格を得た者に与えられるのが、このメイドがその白い詰襟に付けていた小さなバッジであった。この女主人は目ざとくこの小さなバッジを見逃さずにいたのだ。
「あんたたちは運が良い。
ちょうど角の良い部屋が空いてるよ」
「ではそのお部屋をお借りしたいのですが……」
どうやらこの太った女はメイドがそう思った通りここの女主人で間違いない様だった。メイドはにこやかに微笑みながらそう尋ねた。
「一晩、10セリング一泊ごとに先払い」
しかし太った女主人がそう言うとメイドが怪訝な表情を浮かべた。
『一泊ごとに先払い』と言うのは取りっパグれ防止からこの手の宿の場合ごく普通だった。しかし問題はその値段だった。『一泊10セリング』と言うのは、幹線街道沿いの大きな宿場町にある宿泊専門の高級宿屋ならまだしも、こんな炭鉱町にある酒場兼業宿屋としては相場の二倍近くだったのだ。
それを見逃さず女主人はすぐさま言葉を続けた。
「その部屋は結構お広い上に風呂付だよ。
しかも暖炉もあるんでお湯が使える。
その上、広いベッドやソファーセット。
それに物書きが出来る机に椅子もある。
都市の高級宿屋にだって負けない自信があるよ」
「なるほど、そう言う事でしたか」
女主人の言葉にメイドは納得したのだろう。そう言ってまた微笑みをその口元に浮かべた。そして、腰に付けた黒革のポーチからセリング銀貨十枚を取り出すとカウンターの上に置きながら続けた。
「では、その部屋をお願いします」
「あいよ、すぐ部屋の準備をするからここで待っててくれ」
女主人は咥えていたタバコを床に落としてもみ消しながら、愛想の良い笑みを浮かべた。
「フレディー、お客さん二人に何か飲み物でも出してあげておくれ」
そうして、カウンター内に居たバーテンダーにそう声を掛けた。その後、そっとメイドの耳元に顔を近づけると小声で囁いた。
「風呂もベッドも二人一緒に十分使える大きさだよ。
あんたみたいなメイドさん付きで旅してる旦那には、
色んな意味でぴったりの部屋だと思うよ、くくくくっ……」
そう囁いた後、女主人はメイドにウインクしながら下卑た笑みをその口元に浮かべると、カウンターの後ろへと引っ込んで行った。
ただ、その女主人はその場を立ち去りながらメイドに聞こえない様な小声でこう呟いてにやりといやらしい笑みをその口元に浮かべた。
「『国家認定万能メイド』とはね。
仮面で顔を隠しているのは気になるが、
滅多にない上玉みたいじゃないか……」
『国家認定万能メイド』、それは国家が認める最も有能なメイドである証であった。
この国にはメイドの国家資格がある。
もちろん認定を受けずともメイドにはなれる。しかし『国家認定万能メイド』の肩書が有ると無いとではその待遇において雲泥の差があった。しかも、この『国家認定万能メイド』は唯一、平民以下の女性でも取る事の出来る唯一の資格で、この資格さえあればどんなに卑しい身分の出であっても王宮の女官への扉ですら開かれるのだ。さらにはこの肩書があれば、貴族、果ては王族とも結婚する事が可能であった。それ故、平民以下の女性にとってはこの『国家認定万能メイド』は誰もが目指し憧れる肩書であった。
ただし、この『国家認定万能メイド』、一般的にメイドの職務とされる主人への給仕が出来るだけでは得る事は出来ない。主人への給仕、清掃等以外に読み書きはもちろん、各種公式手続きや商取引等の高度な専門知識までもが求められた。事実上、貴族、豪商を問わず、その主の代行を完璧にこなせる事が必要とされた。
この『国家認定万能メイド』は実務経験の有無は問われていない。一年に一度、一週間に渡って行われる筆記試験および実技試験、さらには面接試験に合格出来れば与えられる。しかし、事実上、この資格を得るにはそれ相応の場所で一般メイドとして少なくとも十年近くは修行を積む必要であった。それ故、『国家認定万能メイド』となればその職場においては使用人のトップ男性職である『執事』に匹敵する『メイド長』である事が常であった。
そしてこの『国家認定万能メイド』の資格を得た者に与えられるのが、このメイドがその白い詰襟に付けていた小さなバッジであった。この女主人は目ざとくこの小さなバッジを見逃さずにいたのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
記憶喪失のおねショタハーレム〜遊んでいるだけなのになぜか大人や魔物よりも強いです〜
仁徳
ファンタジー
少年ラルスは気がつくと1人だった。覚えていることは両親と思われる人から捨てられたこと、そして自分から名前のみ。
彼はとある女性と出会い、おねショタ生活を送ることになった。
一緒にお風呂に入るのも同じベッドで眠ることもショタだから許される!
これは親から捨てられた記憶喪失のショタが、多くの人々を助け、気がつくとおねショタハーレムが出来上がっていた物語
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
僕はその昔、魔法の国の王女の従者をしていた。
石のやっさん
ファンタジー
主人公の鏑木騎士(かぶらぎないと)は過去の記憶が全く無く、大きな屋敷で暮している。
両親は既に死んで居て、身寄りが誰もいない事は解るのだが、誰が自分にお金を送金してくれているのか? 何故、こんな屋敷に住んでいるのか……それすら解らない。
そんな鏑木騎士がクラス召喚に巻き込まれ異世界へ。
記憶を取り戻すのは少し先になる予定。
タイトルの片鱗が出るのも結構先になります。
亀更新
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
恋人を目の前で姉に奪い取られたので、両方とも捨ててやりました
皇 翼
恋愛
フローラにはかつて将来を誓い合った男の子がいた。
初恋だった。これ以上ないくらいに儚くて、優しくて、綺麗な――しかし今ではそれ以上に思い出したくないくらいに腹立たしくて、痛くて、汚い感情が心の底からわいてくる。そんな初恋。
なにせ、その初恋は奪われたのだ。実の姉によって。
幼かったフローラの目に映ったのは将来を誓い合った相手とキスをする姉の姿だった――。
******
・3人称から1人称にした作品です。
どうぞご勝手になさってくださいまし
志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。
辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。
やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。
アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。
風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。
しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
アラフォー料理人が始める異世界スローライフ
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。
わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。
それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。
男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。
いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
【R18】異世界リゾートライフ~女運が最悪だったオレがチートスキルで理想のハーレムを作りあげる~
永遠光(とわのひかり)
ファンタジー
異世界に転生したオレは女神フィリアから湖畔に建つリゾートの所有権とオレが惚れた相手がオレに惚れると言うチートスキルを手に入れる。
美少女メイドに囲まれ、何不自由なくリゾートライフを満喫するオレだったが、浜辺で助けた錬金術師の美少女トリンや王都の商家バレンシア商会の娘アスナ、S級冒険者ステラとの出会いの末、ソランスター王国第3王女ジェスティーナを助けたことから、異世界を旅し、様々な難問を解決しながら、やがてリゾート開発と都市再生に取り組むことになる。
次々と訪れる難問を解決してリゾート開発に邁進、美少女率99%時々エロありでお届け致します。
キーワードは美少女、メイド、ハーレム、アダルトラブ、旅、スローライフ、恋、キャンプ、グルメ、パラレルワールド、リゾート設計、リゾート開発、リゾート経営、領地経営、サクセスストーリー、神テクノロジー、冒険、SF、R18。
最初はゆっくりと、徐々にペースアップしていきますのでお楽しみに!!
1話2~3000字で、100万文字、360話くらいの長編を目指します。
※カクヨムでお蔵入りとなったR18版を加筆訂正してアップ致します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
おじさんが異世界転移してしまった。
月見ひろっさん
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか?
モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる