漆黒の万能メイド

化野 雫

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第3話

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 太った女はタバコを咥えたままメイドを見上げた。そしてその仮面を付けた顔を見て怪訝な表情を浮かべた。しかしすぐに、商売用のにこやかな笑みを浮かべて答えた。

「あんたたちは運が良い。
 ちょうど角の良い部屋が空いてるよ」

「ではそのお部屋をお借りしたいのですが……」

 どうやらこの太った女はメイドがそう思った通りここの女主人で間違いない様だった。メイドはにこやかに微笑みながらそう尋ねた。

「一晩、10セリング一泊ごとに先払い」

 しかし太った女主人がそう言うとメイドが怪訝な表情を浮かべた。

 『一泊ごとに先払い』と言うのは取りっパグれ防止からこの手の宿の場合ごく普通だった。しかし問題はその値段だった。『一泊10セリング』と言うのは、幹線街道沿いの大きな宿場町にある宿泊専門の高級宿屋ならまだしも、こんな炭鉱町にある酒場兼業宿屋としては相場の二倍近くだったのだ。

 それを見逃さず女主人はすぐさま言葉を続けた。

「その部屋は結構お広い上に風呂付だよ。
 しかも暖炉もあるんでお湯が使える。
 その上、広いベッドやソファーセット。
 それに物書きが出来る机に椅子もある。
 都市まちの高級宿屋にだって負けない自信があるよ」

「なるほど、そう言う事でしたか」

 女主人の言葉にメイドは納得したのだろう。そう言ってまた微笑みをその口元に浮かべた。そして、腰に付けた黒革のポーチからセリング銀貨十枚を取り出すとカウンターの上に置きながら続けた。

「では、その部屋をお願いします」

「あいよ、すぐ部屋の準備をするからここで待っててくれ」

 女主人は咥えていたタバコを床に落としてもみ消しながら、愛想の良い笑みを浮かべた。

「フレディー、お客さん二人に何か飲み物でも出してあげておくれ」

 そうして、カウンター内に居たバーテンダーにそう声を掛けた。その後、そっとメイドの耳元に顔を近づけると小声で囁いた。

「風呂もベッドも二人一緒に十分使える大きさだよ。
 あんたみたいなメイドさん付きで旅してる旦那には、
 色んな意味でぴったりの部屋だと思うよ、くくくくっ……」

 そう囁いた後、女主人はメイドにウインクしながら下卑た笑みをその口元に浮かべると、カウンターの後ろへと引っ込んで行った。

 ただ、その女主人はその場を立ち去りながらメイドに聞こえない様な小声でこう呟いてにやりといやらしい笑みをその口元に浮かべた。

「『国家認定万能メイド』とはね。
 仮面で顔を隠しているのは気になるが、
 滅多にない上玉みたいじゃないか……」


 『国家認定万能メイド』、それは国家が認める最も有能なメイドである証であった。

 この国にはメイドの国家資格がある。

 もちろん認定を受けずともメイドにはなれる。しかし『国家認定万能メイド』の肩書が有ると無いとではその待遇において雲泥の差があった。しかも、この『国家認定万能メイド』は唯一、平民以下の女性でも取る事の出来る唯一の資格で、この資格さえあればどんなに卑しい身分の出であっても王宮の女官への扉ですら開かれるのだ。さらにはこの肩書があれば、貴族、果ては王族とも結婚する事が可能であった。それ故、平民以下の女性にとってはこの『国家認定万能メイド』は誰もが目指し憧れる肩書であった。

 ただし、この『国家認定万能メイド』、一般的にメイドの職務とされる主人への給仕が出来るだけでは得る事は出来ない。主人への給仕、清掃等以外に読み書きはもちろん、各種公式手続きや商取引等の高度な専門知識までもが求められた。事実上、貴族、豪商を問わず、その主の代行を完璧にこなせる事が必要とされた。

 この『国家認定万能メイド』は実務経験の有無は問われていない。一年に一度、一週間に渡って行われる筆記試験および実技試験、さらには面接試験に合格出来れば与えられる。しかし、事実上、この資格を得るにはそれ相応の場所で一般メイドとして少なくとも十年近くは修行を積む必要であった。それ故、『国家認定万能メイド』となればその職場においては使用人のトップ男性職である『執事』に匹敵する『メイド長』である事が常であった。

 そしてこの『国家認定万能メイド』の資格を得た者に与えられるのが、このメイドがその白い詰襟に付けていた小さなバッジであった。この女主人は目ざとくこの小さなバッジを見逃さずにいたのだ。
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