漆黒の万能メイド

化野 雫

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第22話

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 メイド服の女は町長の言葉に従い、その町長によって嫌と言う程仕込まれた技を使って、若い商人の男に自分に出来る精一杯の奉仕した。あの男の事、うわべだけ行為ではすぐに何か良からぬことを考えていると勘繰られるとあえてそうしたのだ。あの町長はそう言う抜け目ない所がある蛇の様な男なのだ。この永遠とも思えるほど長く感じた数日でメイド姿の女は痛いほど身に染みてそれを知った。そして、その一方、今でも心から愛している主に心の底で深く詫びながら、今自分に救いの手を差し伸べてくれたこの若い男にせめて女として、今できる方法で感謝の意を表したい気持ちも少なからずあった。

 一見、今まで通り娼婦の様に無心に若い商人の男に奉仕している様に見せかけながら、女は横目で町長の様子を窺っていた。

 それまで町長の膝の上に乗りぐったりとその身を町長に預けていた顔や体に火傷の痕の様な物がある黒髪の女が気だるげに立ち上がり、その場に跪いた。

 メイド姿の女にとっては始めて見る黒髪と黒い瞳だった。まるでカラスの様だ。その女を見た時そう思った。とても美しい女だった。自分と同じ歳かあるいは少しばかり上に見えた。顔や体にある火傷の痕らしい物も、これだけ美しい女だと、欠点ではなく男の好奇心を誘う絶好の香辛料スパイスになるのだろうと女は感じた。ただ、まるで意思のない人形の様な光を失ったその黒い瞳と見ると、この黒髪の女が町長によってどんな目にあわされたのか痛いほどわかった。もう逆らう事はおろか、自ら死を選ぶ気力すら失っているのだろう。

 メイド姿の女は、はっと気がつき、若い商人の男の顔をチラリと見た。男は悲しくそして苦し気な、それでもその瞳に怒りの炎を宿す目で町長の方を見ていた。女にはこの黒髪の女がこの男の連れである事が分かった。それもただの連れではない。きっとこの男は、あの黒髪の女の方とは特別な関係なのに違いない。見かけの年齢からすると、母か、いや姉ではないか? 確かにそう言う感じもするが、それより女は自身と主の関係と同じではないかと思えた。

 その黒髪の女が玉座に座る町長の股間に顔を埋めた。すぐに町長は蕩ける様な恍惚の表情を浮かべ、股間から沸き起こる快楽に身を任せて目を閉じた。

 それを確認したメイド服の女は、今までの弱々しい感じが嘘だった様に素早く反応した。

 若い商人の男の物を一心に口で奉仕する振りをしながらすでに彼の腰にあった鞘の留め金は外してあった。

 女は無我夢中でそこにあった短剣を鞘から引き抜くと、それをしっかりと両手で握りしめて腰に当てると町長に向かって一直線に駆けだしていた。

 あの若い男は確かに言ったのだ。

「僕は『帝の剣』だ」

……と。


 『帝の剣』、その名を知らぬ者はこの国には居ない。いや、この国どころかこの近隣諸国、さらにはこの大陸に住むすべての人間が知っている。

 正式名称『クレサレス帝国帝直轄聖剣騎士団』。この大陸、最強と謳われ、最盛期でもその人数は20名そこそこでしかないと言われる程の少人数精鋭の騎士。まさに騎士の中の騎士。ただし、公の場では常に純白の仮面を付けている為、その素顔を知る者は帝以外ではほとんどいないとされている。


 その『帝の剣』の一人が、この若い男なのだ。商人風の衣装を着ていたのは、その身分を隠しここを内偵する為だったのかもしれない。そして、たまたま運悪く、連れていたアシスタントにして恋人がここの町長の魔の手に落ちてしまったのだろう。

 『帝の剣』が付いているなら何も怖い物はない。
 絶対にこちらが負けたまま終わる事はない。

 短剣を腰だめにして駆けながらメイド姿の女はそう何度も自分に言い聞かせていた。

 もうすぐ目の前にあの憎い町長がいる。やっとこちらに気がつき目を見開き驚いた表情を浮かべている。

 殺してやる!

 町長の妖計により、主共々その手に堕ち、何日も昼夜を分かたず人として許される範疇を遥かに超え責め苛まれ辱められ続けた。

 凄まじい憎悪が沸き上がるのが分かった。今自分は心だけでなくその表情すらきっと鬼女の如き表情に成り果てているのであろうと女は思った。
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