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第七話:白きワニと出くわしてしまったのですが......

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森の中、私は追手から逃げていた。
力はある、追手も大したことがない者たちばかり、それでも逃げる理由・・・

―――分が悪い。

私を追う者、エルフ王。
彼は私の声が聞こえる者であった。
私は彼に真実を語った。
それが間違いだった。
彼は狂ったように笑い出し、収まったと思ったら突然兵を使って私を捕まえようとした。
何故だと問うても答えない。
ただ笑っているだけ。
まるで己にとって大きな理想を実現できると理解したような、そんな顔をしていた。
忘れもしない。
勝ち誇り、慢心した人間の傲慢に満ちた顔。
このままではいけない、早く別の神に協力を仰がなくては・・・
御使いともはぐれてしまい、戦力が削がれ助けがない今、私がどうにかせねば・・・
でも、どうすれば・・・。

――――――・・・

「つまり、カイコが居る世界ではインセクトと呼んでいるというワケか」

ホーネットの案内を受けながら僕は自分が住んでいた世界の事や身の上話などをしていた
信じてくれないだろうなとは思っていたが、ホーネットくんは真摯に受け取ってくれていた。

「そう。人間の遺伝子の中でどういった因果かはわからないけど虫の遺伝子が混ざってしまった、
そんな特別な人間というのが僕らみたいな存在だよ」

「しかし興味深い。
遺伝子に組み込まれた虫の遺伝子も種類別で特徴を性格などではなく能力に変換されているとは。」

インセクトに関しての説明をしていく中で、ホーネットくんだけではなく
ガーネットやオパールも興味を惹かれてか話に入ってくる。
確かに異世界の、しかも僕の世界でも異質の存在でもある種族の話となればそうだろう。
僕らインセクトは何も虫と人間との交配で産まれたわけじゃない。
あくまでも、その虫の遺伝子・・・僕の場合は蚕という虫の遺伝子が組み込まれている。
・・・と言っても僕の場合はちょっと異質過ぎるというかなんというか・・・
結構複雑なんだけどねぇ・・・

「カイコの世界では私はインセクトと呼べる存在なのだろうか?
それとも別の個体と言えばいいのか、私は・・・」

「単にインセクトだと言ってもそう複雑な意味を持たないからね。
ホーネットは僕らと同じインセクトと呼べるよ。」

「そうなのか?しかし私と子供たちの姿はカイコとは大きく違うが・・・」

「ああそこんところは大丈夫。
インセクトを知る他の人が見ても大分濃く遺伝子が出ているな程度の認識だから、
インセクトの中にはホーネットたちのような見た目に変身出来る子も居るし、
一番の問題は『対話が出来て敵意が無いか』だからね」

「それを聞けて安心した。
とても寛大な者が多いのだな、カイコの世界は」

「しかしカイコの話を聞いているとますます興味深いです。
私たちのような存在は日常的に存在する世界とは。」

「まぁ20年も前ならば、ありえない存在として敵視されてたけどねぇ、今じゃ気にしてる方が異常者扱いだし・・・」

そう、20年前のあの日。
僕がひっそりと街はずれの工場で働いていたあの日から僕が居た世界は一変した。
突如として開かれた異界の扉、そしてそこから流れ込む異界の存在。
しかもそれは一つや二つではない。
様々な世界から流れてくる異質な人間や動物、果てには神まで降りてくる始末。
最初は混乱と困惑、一部抗争が発生したが、今では降りてきた者たちによって世界が安定している。
それが僕が居た世界だ。

「ふむ、カイコの世界に興味が湧いてきたな」

「おっ、ホーネット興味出てきた? 嬉しいな。
まぁ・・・このトリガーシステムさえちゃんと作動すれば何だけどねぇ・・・」

「その妙な板か・・・それを使えばカイコの世界に行けるのか?」

「そう、複数人の同時転移も可能だから君たちを僕の世界に連れて行くことも帰すことも出来る。
僕としても協力してくれてる君たちにお礼をしたいからね」

このトリガーシステムさえ作動すれば僕自身どころか共についてきてくれてる彼らの転移なんか容易なものだ。
ただ・・・ここにやってきた時に起動を試したけどエラーを出してしまい、
あれから何度か試しているが変化がないままだ。
やはり最初予想していた“何者かによる妨害”が当てはまっている可能性が大きいだろう。
一体どこの誰だ?
これだけ規模の大きすぎる拉致監禁なんか神様クラスの実力者じゃないと不可能に近い。
本当、一体どんな神様を怒らせてしまったのか・・・いや、もしや邪神の可能性もあるよな・・・

「見えてきた、あそこが私が神と御使いを見た場所だ」

もんもんと考えていると、いつの間にか目的地に着いていたのか・・・
ホーネットがその人間よりも細くて長い指で指す方角には獣道が広がっており、
特に変わった雰囲気はなかった。

「普通の獣道だね。でも、その神様と御使いの痕跡があるかもしれないし、
周辺を探してみるとしよう」

「わかった。」

「了解しました。私は透視を続けます。」

「わかった、何かあったらすぐに報告を頂戴」

とりあえず、何か足跡とかそういった痕跡を探―――・・・
何か蛇のようなデカくて長い生物が通ったような跡がそこにあった。

「みんなーーーーッ!!! ちょっと来てーーーーッ!!!」

「えっ!? 何事ですか!?」

「何かあったのか!?」

「早いな」

普通、ゲームならばこっから捜索パートとかに入ったりするんだけど・・・
まさかこんなあっさり見つかっちゃうなんて・・・
いやほんとどうして何でぇ・・・?


――――――・・・


「でりゃああああ!!!」

攻撃を目視で感じ取り、回避して斬る。

「ぐあっ!?」

「くそぉ! またやられた!」

「畜生! 楽なクエストじゃなかったのかよ!?」

逃げ込んだ森の中に追跡者の大声が木霊する。
あの出来事が発生し、主の危機的察知の下に撤退を余儀なくされ数時間ほど時間経過した現在。
私たちは追跡者と思われる人族に追われ、主と分断されてしまった。
主の力あれば問題ないだろうが、主は慈悲深く優しい。
きっと追跡者から逃げ続けているのだろう。
一刻も早く合流を果たさねばならない、だがこの人族たちがそれを許さない。
冒険者。
人族が築いた組織の一つであり、主とは違う者の存在によって強化されている者も居る。
しかし、今戦っているこの人族たちはその恩恵を得られなかっただろう。
まるで弱き者と同等の力しかなく、動きも鈍い。
この森は凶暴なモンスターも多々居る。
何故彼らは死を覚悟して主を追跡しているのだろうか?
きっと主ならば何か理解しているのかもしれない。
早く合流しなければ・・・

「退きなさい! 魔法で仕留める!」

そういうと一人の人族が液体の入った小瓶を取り出し一気に飲み干す。
それと共にそいつに潜む魔力が爆発的に上がった。
だがそれはそいつの命を削るという意味でもあった。

「がふっ! くっ・・・! 詠唱するから守りなさい!」

「わかった! はぁぁッ!!」

禁忌の薬。
人族がこの長き時を浪費し、後世に伝えてまで完成させた禁じられた物。
飲めば己の中に微量に残る力を爆発的に増幅させることが出来る夢のような代物。
しかし・・・その代償として己の命を削り取り、
その増大した力に押し潰されそのまま命を落としてしまう哀れな物。

「ちぃ・・・!」

私と剣を用いて戦う者も同じく小瓶を取り出し一気に飲み干す。

「ぐっ・・・がはっ! ぎっ・・・ぐっ・・・ああああああ!!!」

苦しみもがき咆哮を上げ、一時の脱力の後にこちらに向かって猛撃を繰り出す。
先ほどとは全く違う。
動き、剣を打つ力、何もかもが上位に繰り上がる。
その代償にと言わんばかりにその目は出血をしており、血の涙で赤く染まっていた。
恐怖・・・
これが人族が見せる所業なのか。
相手は確実に私の動きを封じ込めようと剣を突き刺してくる。
それをいなしてもすぐに立て直して猛撃の中で鋭い突き刺しを繰り出そうとする。
間合いを見極め片手に持つ斧を力強く振り下ろし、持つ手ごと剣を砕いて吹き飛ばす。

「ぎゃあ!」

軽い悲鳴だけが響くが、歪んでいるその顔にある血に染まる目はこちらを捉え睨んでおり、
勢いよく地面を蹴りこちらに掴み掛るように体当たりをしてきた。
荒い息をしながら仲間である者たちの振り返り言った。

「今だ!!! 俺ごと討て!!!」

無言の了解。
後続に構えていた者たちは剣を突き立つように構え、一斉にこちらに突進しようとしてくる。
一人の人間の重みが私の動きを鈍らせる。
後ろに跳びたくとも掴み掛る者の重量は身に持つ装備のせいか結構な重みをしていて足がもつれる。
遠くで詠唱をしていた女も完了したのか一瞬無言になる、最後の一言を終えるようとしているのだろう。
詰みか。
そう思っていた。

―――轟音。

まさに雷鳴のようなあるいは爆発のような音が小刻みに鳴り響き、それと同時に人間たちが体を崩して倒れ込む。

「何!?」

私に掴み掛る男が口にした次の瞬間、鋭い斬撃が彼の首を跳ね飛ばした。
同胞だ。
魔・闇・悪・黒を管理する神の御使いの1体、何故彼がここに居るのか?
その理由は駆けつけてきた者たちを一目見て理解した。
神、魔獣、人間だ。
神の方は見覚えがある・・・
片方は地・火・武・赤を管理する上位神の下の神。
もう片方は海・水・知・青を管理する上位神の下の神。
彼らも私たちのように事態を聞きつけ動き出した者たちなのだろうか?
魔獣の方は神の知恵にて理解できる。
ブラックウルフと呼ばれるこの世界でもっとも希少な魔獣だ。
その鋭き牙と瞬発力は他の獣を凌駕し、
知能も人かそれ以上とも言えるまさに魔獣という名にふさわしい獣だ。
だが決して群れを作らず他とは相まみえない筈なのに何故共に居る?
人型の蜂・・・人間からはグレートビーなどと呼称されている魔物も居る。
ブラックウルフ同様に成虫は人と変わらぬ知能を持っているが神と共にしているのは
何か彼にとって合理的なものでもあったのだろうか?
ミミックもそうだ、ダンジョンを住処にしていてそこから出ない魔物が何故ここに居る?
そして・・・一番異質とも言えるのが―――

「君、大丈夫? どこか負傷とかしてない? 血は・・・返り血ぐらいか、よかった」

見た事の無い銃を持つ男。
同胞や私のようにフードを被っているがその奥に見える白い肌と髪、漆黒のような黒い瞳。
この男は人間なのか?
この世界のどこを探してもこの特徴に行きつく人間は他に居ないだろう。

「御使いの存在を確認。所属は自然を司る上位神の系統。」

「しかし上位神および我らが同胞の存在がこの半径の内には存在しません。どこか範囲外に逃げていると仮定します。」

「逆に言えばこの範囲から抜けたポイントに居る可能性が極めて高いってことでしょ?
二人とも。今、透視で感知した範囲を除外してまだ透視出来ていない範囲外がどの近辺か探れる?」

「少々待ってくれ。今、探してみる。」

「上空からの偵察も行います。」

「いやオパール、それはやめておいた方がいい、君の姿は人間からしたら大きく目立つ。
万が一君の姿をこいつらとは別行動している冒険者たちが目撃でもされたら厄介だ」

「何故他に冒険者が居ると?」

「ん~・・・過去の経験?」

「なるほど。」

驚いている。
この男は神と対話している。
我ら御使いは神の声は聞こえるが声を発せれない存在。
創造主から神へ紡がれた定め。
そして神の声は人間はもちろん、他の種族には届かぬもの。
しかし・・・この男は、いや、この方は神の声が届いているのだな。
そうか、だから共に行動しているのだな、我が同胞よ。
獣たちも従えるその手腕に、その力に、その知能に。

「ん? ガーネット、なんかワニさん跪きはじめたんだけど?」

「あぁ。カイコよ、君は彼に認められたのだ。」

「認められた?」

「君は我らの声を聴き、そして御使いを二人も救った。」

「はい。あなたは彼ら御使いにとって神に等しき存在と認められたようです。」

「過大評価だよ。僕は神にはなれない」

「受け入れてほしい。我らも君のことは無くてはならぬ救い手として認めている」

「・・・・・・わかった、受け入れるよ。但し、神としてではなく一匹の虫としてね」

聞こえし者よ。
我ら御使いが一人、貴方に忠義を誓います。


――――――・・・


現在の空の様子は茜色。
誰が見ても夕方と答える時間帯へと時は進んでいた...

「ヘクター様、そろそろ夕方の刻となります」

「ふむ。あれから冒険者たちの連絡は一部取れてはいるが大半からの連絡は途絶えたか」

「もはや彼らに任務完了は不可能かと・・・」

「ならばもう良い。“アレ”を放て、予定通りに済ませるぞ」

「御意」

ヘクターの言葉にフードの男は答え、その場から去る。

「さて・・・ここからは血と悪夢の夕暮れとなるだろう・・・ふっふっふっ・・・」

その場から去り行くフードの男を見届けながらヘクターは一人椅子に座り薄気味悪く笑うのであった。


――――――・・・


「見つからない・・・!結構な速度で逃げてるのかな!?」

「道中冒険者たちの攻撃もあった。上位神もさすがに敵対しがたいと判断し回避して逃げているのだろう。」

ワニくんの救出に成功してから数時間ぐらい経過した現在
この広大な森の中をガーネットとオパールの透視などの探知をしながら進んでいる。
しかし、この森には冒険者がモンスターと同様にそれぞれ集団で点在しており、遭遇と同時に襲い掛かってきた。

「上位神なんでしょ?抵抗する術は無いの?」

「ある。それどころか人間相手では誰も上位神には敵うことはないだろう。」

「えっ?じゃあなんで―――」

「それについては私から説明を。」

透視を終えてかオパールが横にやってきた。

「その前に報告を。」

「上位神は見当たりませんでした。それと共に冒険者の姿もありません。」

「数減らした甲斐があったかな・・・それで?」

「はい。上位神が何故敵うはずの人間に対して攻撃を加えないのか。
―――それは彼女が優しい方だからです。」

「優しい?」

「各上位神と神の中にはこの世界の人間に対して愛情や友情を感じる神も居れば
世界の均衡の為に悪しき人間を間引くこともあります」

「怒りとか憎しみとかではなく?」

「そのような感情は存在はしています。
ですが基本的には上位神や神にはそのような私情での行動は無いのです。」

「今回のように君の生存の為に戦うこの行為も怒りや憎しみは存在していない。
しかし、彼ら冒険者が君への危害を加えようとするのならば我らはそれをことごとく消そう」

オパールの説明をしめるようにガーネットが最後にそう言う・・・
中々物騒な言い回しだが、こちらとしても彼ら冒険者に対しての遠慮はない。
『食うか食われるか』自然界の中で当たり前のように存在する概念だ。
これまでの経験上、この言葉を胸にこれまで進んできた。
死ぬのは嫌だ。
痛みに苦しむのも、知り合った者たちとの突然の別れも嫌だ。
だから逆にこちらから相手を殺めるんだ。
生き抜く為に、死なない為に。

「僕としても、君たちの助けは何よりもありがたいと思う。
叶うのならこの世界から抜けた先も、君たちと共に居たいと思うよ」

「そう言って貰えて―――」

ガーネットが言いかけたその時だった。


―――森全体を突き抜けるほどの咆哮が響き渡った。


まるで特撮映画に出てくるような巨大な怪獣が放つ鳴き声。
それを実際に体験しているような感覚。
地面は震え、森の木々は小刻みに揺れながらバサバサと音を立て葉っぱを散らす。
鼓膜の奥まで響き渡るその声に思わず目を細らせ、反射的に耳を塞ぐ。

「なんだ!?」

「透視します!―――これは!?」

「オパール。何が見えた?」

「これより離れたポイント。湖の方からです。巨大な魔獣が見えます!」

「魔獣?馬鹿な。ここら一帯の探知は透視を使い済ませた。何故?」

「待ってください。湖から少し離れた場所・・・誰か居ます!これは・・・エルフ?」

オパールの透視の目には何が見えたのか、
こちらにはわからないが何か異様な事態が発生していることは理解した。
だったら・・・

「オパール。透視で見えた情報の詳細を教えて、他の皆は周囲の警戒を強めて!」

「わかった」

「バウッ!」

ホーネットくん御使いの二人は頷き、ファングは了解と吠え、ミミックはパカパカと蓋を開け閉めした。
僕はオパールの説明を聞きながらそこら辺で拾った石をパンドラシステムで組み替えて弾丸を作っていく
オパールが見た情報によれば、先ほどの咆哮を上げた張本人は木と同じようなサイズをしており、
肉体も筋肉質で平気で木々をなぎ倒すほどの怪力を持っているそうだ。
そして・・・一番重要な情報だが、その魔獣は自然に現れたのではなく何者かによって放たれたという事だ。
その何者かはフードに顔を隠していたようだが、微かに見えた耳でエルフであるという事が判明した。
装填を完了して、改めてオパールが示した方角へと顔を向ける。
ここから大分離れているとはいえ、耳に届く木が軋む音と地面を力任せに蹴り飛ばす音・・・
容姿はまだ確認されないが、すぐにここから離れた方が良いだろう。
音の調子なら、このまま立ち止っていれば、あと数分でこちらと接触するだろう。

「ガーネット、上位神さんを探して。オパールはさっき見えた魔獣の同行を逐一報告して」

「了解した。」

「了解しました。」

「皆、急いでこの場から移動するよ」

いくらこちらの戦力が増強されつつあると言っても、相手は未知数の敵・・・
叶うのならばこのまま出会わずに上位神さんを見つけてこの森から脱出したい。
そう微かな願いを抱きながらまだ捜索しきれていないポイントへと足を進める・・・。
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