年下上司の溺愛は甘すぎる

春野カノン

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メインフロアの先の扉を指差し教えてくれる夏樹。
そのまま彼は階段を登って二階へと向かう。


「二階は俺たちの休憩スペースがあるんだ。あとは工房もあるよ」


ガチャっと扉を開けるとそこが休憩スペースのようでテーブルやソファ、それに冷蔵庫やテレビなどが完備されておりある意味住めそうな部屋だった。
数人がいっぺんに休憩が取れるくらいは広そうだ。


二階には全部で扉が四つあり、そのうち一つが休憩スペースで残り三つは全て職人が利用する工房のようだった。
中を覗かせてもらったがここでジュエリーが生み出されていると思うと感慨深い。


「以上が会社の案内だよ。何か質問ある?」

「大丈夫。思ったより広くてしっかりしてるとこでちょっとビックリした」

「え、俺をなんだと思ってるの。こう見えてもちゃんと仕事してるんだからな」


ホームページで写真は確認していたが、実際見ると思ったよりも広い会社で驚いた。
この建物一つでデザインから製造まで可能だと思うと、ジュエリーとの距離が近くなったため嬉しい。


夏樹と一緒に一階の事務所に戻ると数人のスタッフが準備をしていた。
女性が一人と男性が二人のようだ。


「みんなおはよう。今日から瀬奈さん出勤だから紹介するね」

「初めまして。早川瀬奈です。今日からデザイナーとして働かせていただきます。よろしくお願いします」


ペコッとお辞儀をするとみんなよろしくお願いしますとお辞儀を返してくれた。
夏樹に促され一緒に働く人たちが順番に挨拶してくれる。


「彼女は丸山菜々子まるやまななこちゃん。事務員として書類作業全般や会計関係のことをしてくれてる。彼女は恥ずかしがり屋なんだ」

「⋯よろしく、お願いします」


身体を縮こませながら顔を赤くさせ小さく挨拶してくれた女の子。
黒髪の前髪が長く目元が少し隠れているが、おそらく私よりも年下だと思う。


恥ずかしがり屋という夏樹の言葉にとても納得だった。
一瞬だけ視線が交わるもののすぐに逸らされてしまう。


だけど嫌な気はしなくて、本当に恥ずかしがり屋なんだろうということだけは伝わってきた。
そして次に視線を移すとメガネを掛けた同じく前髪が長めの男性と視線がぶつかり合う。


「工房で制作を担当してます遠藤健えんどうたけるです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「健さんは瀬奈さんと同い年なんだよ。職人気質の彼だから普段は無口だけどすごく優しい人だから」


物静かな男性で必要以上に口を開こうとしない所が職人気質という言葉に大変納得がいく。
作業に没頭してそうな姿が容易に想像できた。


「最後のこいつが話してた俺の幼なじみね」

「夏樹の幼なじみの冬木真斗ふゆきまなとです。よろしくお願いします。遠藤さんと同じく制作担当です」

「よろしくお願いします」


夏樹の幼なじみということは彼があの家によく泊まりに来ていたという例の人物なんだろう。
ベッドではなく布団派ということだけは知っている。


茶髪の髪を綺麗に整えており、彼の視線はしっかりと私と合っていた。
個性豊かではあるがみんなとても優しそうでなんとかやっていけそうだ。


「俺ひとつ連絡したいとこがあるから瀬奈さん頼んでた書類、丸ちゃんに渡しておいて」


そう言って私を置いて夏樹は外に行ってしまった。
完全アウェイの空間に残されてしまい一気に緊張感が増す。


「あの、丸山さん。これ夏樹から頼まれていた書類です。よろしくお願いします」

「あ、はい⋯確認します」

「⋯⋯」

「⋯⋯」

会話が続かず気まずい時間が流れると突然、後ろから声をかけられる。
それは制作担当の遠藤さんだった。


「早川さんの描くデザイン。見せてもらってもいいですか?」

「はい。こちらです」


持参していたスケッチブックを遠藤さんに渡すと、冬木くんと一緒にゆっくりとページをめくっていく。
誰も喋らない空間に紙をめくる音だけが小さくこだました。


「⋯⋯すごくいいデザインですね」

「ありがとうございます」

「けど作るのすごく難しそうです」


ページをめくりつつデザインに視線を落としながらポツリと呟く遠藤さん。
やっぱりここでも作るのが難しいと言われてしまったか、と肩を落としているとさらに思いもよらない言葉が聞こえてきた。


「だけど制作しがいがありますね」

「うん⋯簡単じゃないですけど制作できれば職人冥利に尽きるかもしれないですね」


制作担当の二人からは思ったより前向きな言葉が聞けて私は衝撃を受ける。
難しいことは分かっていたが、作れないと断られないことがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。


夏樹の言う通りここでなら私のデザインが形を与えてもらえるかもしれない。
遠藤さんと冬木くんがいれば、私のデザインをジュエリーとして命を吹き込んでもらえるかもしれない。


そう思うとワクワクが止まらなかった。
早く彼らと仕事がしたい、初めて思えたことだった。
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