ヤミ米峠の約15名

瑠俱院 阿修羅

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予期せぬ埴輪 3

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「ほら、始まった」
「任せておけ」

靴に手をかける田原坂を、鈴木が制する。

「社長、お願いですからやめてください。この中は通気が悪いんです」

メグミがケンイチと同じ方向を指さした。

「ねえ、ほら。見て」

川向こうの森から真っ黒な煙があがっている。

「本当だ」
「ほら、やっぱり。あれだけの機銃掃射に焼夷弾だ。どこかで山火事が起きない方が不思議なんだ」

半泣きの山田。佐藤が浮足立って言う。

「社長、逃げましょう。ヘリも戦闘機も来るといってもたまにだ。もしかしたら、もう来ないかもしれない。だけど、火の手は確実に迫ってくるんです」
「そうだな。みんな、先に行きたまえ」

社長にこう言われて「はいそうですか」と自分から先に行く社員は、少なくとも1999年の日本にはいない。

「どうした?早く行かないか。そうだ、鈴木君。119番を頼む」
「ええーっ!またですか?」
「当然だろう。山火事じゃないか。気にくっついて動けない者が二名いると言うのを忘れるな。急げ。火が川を越えてきたらおしまいだ」
「はい。ありのままを信じてもらえるかどうかわかりませんけど、とにかくやってみます」

鈴木はそう言いながらバッグの中から携帯を出し、あわただしくボタンを押す。

「あ、もしもし119番ですか。社長、通じました」

田原坂に小声で言い、鈴木は事情を話し始めた。

「先に行けだって。なあ、これがもし、会社側が仕組んだ適応力や人格の試験だったらどうする?」と田中。
「こんな会社辞めて、そのまま30年はひきこもる」と佐藤。
「そうだな」と高橋。

この会話をきっかけに佐藤、田中、高橋の三人はカブトを飛び出し、麓目指して登山道を一目散に駆け出した。
後ろから山田が叫ぶ。

「おまえら、俺を見捨てて逃げるのか?」
「骨は拾ってやるよ」
「高橋。そのセリフ、実家の犬のパピちゃんにでも言われた方がましだ」

山田が声をかぎりに絶叫する。

「待って、みんな。荷物、荷物」

鈴木も荷物をかき集めて後に続く。

「待ってください。皆さん。お兄ちゃんを助けて」

メグミが、逃げていく社員たちに追いすがる。

「御免」

田原坂があえて漢字の野太い一声を発してメグミのみぞおちを拳で打ち、気を失ったところを肩に担いだ。登山道を駆け下りながらふりむいて叫ぶ。

「山田君、ケンイチ君。君たちはきっと、レスキュー隊のヘリが見つけてくれる。望みを捨てるな」

権威を意識するあまり、責任能力を超えた確約をするリーダーはどこにでもいるものだ。

「今度は麓の町で春の草花を探そうか」

顔だけ人間のマジ太がブレるキャラを必死で支えながらおずおずとカブトから出てきた。

「野イチゴなんかもあるといいわね」

中身が実は男のカル子も開き直って出てきた。

「カル子ってば、食いしんぼうだなあ」

だんだん足早になるマジ太とカル子。

「登山道の入り口まで競争だよ」

マジ太がついに走り出す。

「ずるいわ。待って」

カル子も走り出す。うなずいたり小首をかしげたりしながら二人の後をじりじりとついてきたあやつり人形たちも、一気に先を争って駆け出した。

「わしも逃げる。善処してくれ」 
 
ダッシュで駆け出すドック・ダックに、山田が声をかぎりに叫ぶ。

「待て。助かる方法とやらを教えてから行け」
「ああ、さっきのあれか。わしに手をかけるとわしが助かる道が永遠に失われると言ったんだ」

遠ざかるドック・ダックの声に、山田が地団駄を踏む。

「チクショウ。縄張りの木に体臭つけてる熊みたいな格好で死ぬのは嫌だあ」
「向きが違うよ。山田君。それなら、後ろ向きだ」
「そんなこと、今の俺には宇宙誕生から未来永劫の中で一番どうでもいい」
「山田君、二人三脚の要領で逃げよう」
「せーの、一、二」

 二歩目で二人は転んだ。しかし、それが幸いした。幹から二人の顔が剥がれたのだ。同時にしりもちをついたが、山田が先に立ち上がった。

「さあ、急がないと火の手がすぐそこに」

 ケンイチに山田が手を差しのべる。

「山田君。僕にかまわず逃げてくれ。打ち所が悪くて立てない」
「何を言うんだ。方法はともかく、命がけで助けてくれようとした君を置いて行けるものか」
「僕の命とひきかえに君が助かるのなら、僕は喜んで犠牲になるよ」
「君が死んだら、メグミさんはどうなるんだ」
「君は逃げて、僕の代わりにメグミを守ってやってくれ」
「そうか、じゃあな」

弾かれたように駆けだす山田をケンイチは呆然と見送り、小さくなっていく後ろ姿に向かって大急ぎで叫んだ。

「妹に伝えてくれ。くれぐれもミラとクルを頼むと」
「わかった」

 内容が聞こえたとは思えないおざなりの「わかった」が返ってきた。
ケンイチは苦悶に満ちた表情で上体を起こそうと必死にもがく。しかし、バランスをくずしてさっきまで木の根があった地面のくぼみに尻がすっぽりとはまってしまった。ケンイチはかろうじて動かせる脚を交差させて座禅の形にし、目を閉じた。
対岸の森からは、真っ黒な煙がもうもうとあがっている。

「手のひらをかえしたようにとは、まさしく君のことだね。山田君。満漢全席の材料が余って中華料理のコックが手のひらを返してやっても、熊は喜ばないだろう。日常生活で役に立つことはおおよそ知らないが、満漢全席が清朝の時代から始まった宮廷料理だとかそういうことなら、僕は知ってるんだ。アジア限定だったが歴史番組をやっていたからね。満漢全席を実際に作ってもらって紹介してたら、スープの中の熊の手の生命線が異常に長いんだ。思わず涙をこぼして、スタッフに怒られたっけ。あのスープの微妙な塩味は今でも忘れられない。短い人生だったが、あの局に入ったおかげでいろんな経験ができた。げほげほ」

 煙にむせながらも、ケンイチのひとり言は続く。

「さてと、覚悟はすっかりできた。しかし、できたら苦痛にもがきながらじゃなく、眠るように死んでいきたいものだな。羊でも数えるかな。ただの羊を数えるのも芸がないな。昔観た超かっこいい映画『ブレードランナー』の原作にちなんで電気羊にしよう。電気羊が一匹高圧電線を越えた。電気羊が二匹高圧電線を越えた…」

炎は風にあおられて、いよいよ川を越えようとしている。

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