プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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3. 尖り続けるドラマー天使 ロドフェル

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「ヒュリエル。おまえ、本当に生意気だな」
「でも、笑顔は爽やかだろ」
苦しい息の下から、嫌味なくらい爽やかな笑顔を作ってみせるヒュリエル。
ひとに顔のことを言われると「ツラの皮だけがとりえじゃない」と反発するが、あまりけなされるとたまに自衛の手段に使う。

「おまえは何もわかってないな。ヒュリル。その爽やかな笑顔のせいで、おまえはこのバンドで一人だけ浮いているんだぞ」
と、ギヒテルが言えば、
「そのとおり。一人だけ浮くってのは、オリンピックのアーティスティック・スイミングでいえば、メダルを逃すほどの大きな失点だ」
と、ラウエルも同調する。
このラウエル。なみいる天使ギタリストの中でも最も優れた技能の持ち主と自他共に認めるだけあって、言葉や態度に重みがある。
顔は実在した人物ではミック・ジャガー、未確認の生物では狼男に似ている。
笑うと口の横に三本ずつ皺がよるのが特徴だ。

 《ケルビム》結成3年目に技量不足でクビになるかたちでキーボードのゼピエルが辞め、代わりにセッション・ミュージシャンだったギヒテルが加入した。
4年目には、ドラマーのロドフェルがバンドのメンバーともめ、引き抜きに近いかたちでライバルであった《グレイブ・ストーンズ》に加入した。
代わりに、これもまた当時セッション・ミュージシャンであったナイジェルが加入した。

それからは、メンバーの変動もなく順調に活動が続いてきた。
結成9年目に解散した後、キーボード奏者のギヒテルとギタリストのラウエルがそれぞれソロ活動を始め、最初のうちはそこそこの評価を得たがその後頭打ち。
ロドフェルは加入先のメンバーとまたもめてセッション・ミュージシャンになっていた。
鳴かず飛ばずで活動していたギヒテル、ロドフェル、ラウエルの3人を、彼らが創始者となって広めた〈前衛天球派〉音楽が大々的にリバイバルの兆しを見せ始めたからと、リーダーのジョフィエルが呼び戻した。

 せっかく、3年間も名前を《ケルビム》に戻そう戻そうとするジョフィエルを抑えて《5エンジェルス》で通し、バンド内の中心的な役割を担っていたのに、どやどやとロートルが戻ってきて同窓会的な雰囲気になり、ヒュリエルは孤立してしまった。
自分を支持してくれていたはずのバンド仲間が再結成を機にまた元の軌道に戻ってゆき、そのうえ懐古趣味なファンが寄り集まってそんな彼らを応援すれば、せっかくここまでバンドの維持に貢献してきたヒュリエルにとっておもしろいはずもない。

 ヒュリエルは心の中で、ジョフィエルが呼び戻した再加入の3人を『出戻りブラザース』と呼んでいる。最近は心で呼ぶだけでは飽き足らなくなり、どさくさまぎれに小声で口に出している。
いっぽう、ラウエルもヒュリエルとのツイン・ギターにはやはり抵抗があった。かつてはそのセクションを独占し、身分は下級天使でありながら第一期《ケルビム》とその後の活動で得た一部の熱狂的なファンから《神》とさえ呼ばれているのだ。
ヒュリエルのプレイに関しても批判的で、
(あんな音を出すくらいなら、セミをくくりつけたチェンソーを満載した芝刈り機を10台ステージに置いてスイッチを入れればいいんだ)
と思っている。

 ギヒテルもラウエルも根はそれほどきつい性格ではない。
ヒュリエルに対する態度がこれほどまでに厳しいのは、ひとえに自分たちを呼び戻してくれたジョフィエルに対しての義理立てである。
かくして、後輩いびりは続く。
「雨後の竹の子のごとく天使バンドが現れた中でなぜ、我々《ケルビム》だけが今もって亡霊たちに人気があるのか、わかるか?ヒュリエル」
「言ってやれ、言ってやれ。ギヒテル」
「僕のおかげ」
ヒュリエルが眉一つ動かさず、即答する。

「もっと、核心をつく答えがあるはずだ」
ギヒテルが、雪男顔に気合を入れる。
「じゃあ、あとは、一部の亡霊たちの惰性と一部の懐古趣味」
ヒュリエルは同じく平坦な口調で答えた。
「心憎いまでに的を射た指摘だな。真っ先に天使の職を離れてしまったために気づくとオヤジ顔になってしまっていた俺達に比べて、おまえだけが比較的に顔が若いから、怖いもの知らずな発言も大目にみてやろう。
だが、正解はこうだ。我々だけが音楽活動をしていた時代は独占市場だった。次に、対抗意識を燃やした2、3の天使バンドが現れ、それぞれに持てる力を発揮して天使バンドの黄金時代を築いた。
やがて、ヴォイス・ショックが到来し、ばたばたと天使特有の声を失う者が現れると、リズム音量強調の安手の音楽が粗製濫造される混沌の時代が来た。
あるバンドは五寸釘を踏んづけても気がつかないようなかかとの厚いブーツを履いた。またあるバンドはクレヨンのはみ出た子供のぬり絵みたいな形に髪の毛を固め、後頭部をこづいたら顔ごと落ちそうなメイクをしてシャウトしていた。
そんな連中と一線を画していたのが我々と、追随してきた2、3の天使バンドが名乗った〈前衛天球派〉だ。
天使本来のあり方を忘れず、聖書を基盤とする神学全般からモチーフを求め、神を賛美しエホバの行いを意味づけキリストの教えを説く観念的なセンテンスを随所にちりばめた歌詞と、壮大な音空間のかすみ網で亡霊たちの心をがっちりとキャッチしたのだ。昇天の過程と天国でしか聴けないはずの天球の音楽を用いてな。
あの頃は、日本のサムライの月代のような髪形をして目にクマドリを描いていた自称”ペテロ”・ガブリエル率いるバンド《創世記》なども、我々の敷いたレールの上をつきしたがって神話類型の歌を歌っていた。
出だしが遅くて有名バンドの正式メンバーになれず、全部の楽器を自分で演奏してダビングしたソロ・アルバムを出し、日雇いのセッションをして細々と活動していたとかいうおまえも、そのへんの時代のことはよく憶えているだろう」
「まあ、おぼろげながら」

「〈前衛天球派〉が衰退したのは、そのテのハッタリがバレたせいだ」
ロドフェルが唐突に横槍をいれる。


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