プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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6.美少年天使ジョフィエルの恋人 《神》

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 ジョフィエルはこのやりとりを、聞くともなく聞いていた。
頭の中には今朝の異変のショックが渦巻いていて、それどころではない。
ポンペイの遺跡目当ての観光客向けに造られた21世紀までに造られたホテルの廃墟が、生い茂る木々に覆い隠されるようにして山のあちこちに点在する。もうすぐ目的地だ。

真に〈天使の歌声〉と呼ぶにふさわしいクリスタル・ヴォイスが失われたとなれば、これは自分一人の問題ではなく天使界全体の損失ではないだろうか。
他の天使たちが神と人の仲介役をやめた途端、身長と同じくらいの高さまでしか浮き上がれなくなってしまったのに対し、自分は昔と変わりなく空を自由に飛べる。他の天使たちは天使の象徴である子供や若者の顔からすこしずつ老けていったが、自分だけ、思春期を少し過ぎたくらいの顔から変わっていない。他の天使たちはそれなりにダミ声や野太い声に変わっていったのに、ジョフィエルの声だけはそれまでと同じボーイ・ソプラノ。

 考えてみれば不思議なのに、彼は(なぜ、自分だけ?)と問うこともなく、これからもずっとそうだと決めこんで安心しきっていた。
もしや、《神》の怒りにふれてしまったのだろうか。
たしかにこの前会った時、忙しい合間を縫ってせっかく出むいたのに、彼の機嫌はかんばしいとはいえなかった。やはり、《神》は今回の第3期《ケルビム》の人事を快く思ってはいないのだ。

メンバーとの仲を誤解して(誤解ときっぱり言い切れない面もあるが)嫉妬しているのだとしたら、なんとか早めにコンタクトをとって声を元に戻してもらわなくては。
このまま商標登録済のクリスタル・ヴォイスが元に戻らなければ、せっかく味方を3人も引き入れたのにまた《5エンジェルス》時代にハバを利かせていたヒュリエルに実権を奪い返されてしまう。

それだけではない。「ジョフィエルは〈前衛天球派〉バンド《ケルビム》では使い物にならない」とほかの6人も判断すれば、結果は目に見えている。
ジョフィエルは今、とても悩んでいた。

ゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギーダもまた、今、真剣に悩んでいた。
彼にはれっきとした本名がある。《神》。正確には《Z神》である。
だが、前者はあまりにも一般化していて、固有名詞にふさわしくない。そのうえ、宗教別に数え切れないほどの該当者がいる。後者は個人的に好きになれない。
それで、彼は人類の残した東西の文献を参考に、自分にふさわしい名前を探した。目にとまったものをピックアップし、アトランダムに並べた。それがこの、長ったらしい名前である。

《Z神》の名前が好きになれないのにはそれなりの訳があった。
彼はゼウス神の生まれ変わりだと、育ての親のアフロディテに言い聞かされて育った。しかし、確たる証拠が示されたわけではない。極端にいえば、子供相手の罪のない冗談ととることもできる。
本人も半信半疑のまま、ついに真偽を確かめず大人になってしまった。
 
成長してからの風貌は、がっしりした大柄な体つきに近づきがたい三白眼のいかめしい顔、加えてこわい髭と、いかにも道具立てがそろっている。が、それもまた、ある程度歳のいった男神をシンボライズしてはいても、ゼウス神と特定する決め手にはならない。

 アフロディテは幼少の頃から彼を《Z神》、もしくは《神》と呼んでいた。が、彼自身、本名を使う必要のない時は、自分でつけた長ったらしい名前を名乗るようにしていた。
「マムーシュカ。(お母様)いくら主神でも最高神でも、あんな自堕落で乱暴でわがままな神の生まれ変わりはいやだ」
思春期を迎えた頃、一度彼は思い切ってアフロディテに言った。
すると彼女は、美人コンテストの賞品の金のりんごを齧った時から金色に染まっている前歯をむきだして、ぎらぎらと笑いながら答えた。
「そう思うのも無理はないね。前世のおまえがまいた種は、みんなろくなもんに育たなかった。それこそ災いの種ばかり。この私を別としてね。あとの連中はみんなお互い同士のいさかいや人間界の争いにかまけて、神らしい建設的な事業を怠っていたのよ。
だから、今度は種まきしない神に生まれ変わったの。生まれ直したと言ったほうがいいかもねぇ。前世でムダな子作りに注いでいたエネルギーを、せいぜいご先祖様が創った世界の再建のために使いなさい」

 再建のために使いなさいと言われても、既に人類は滅びの道を全速力で転がり落ちており、救う術など残っていないのは明らかだった。
「下界をよく見ていればいいのよ。そうすれば、おのずと答えが見つかるから」
いくら一生懸命下界を見ていても、それで人類が助かる見込みはなかった。神話の神々が彼らにしたようなパーソナルな応援が、滅亡を前にした人類に対し効を成すはずもなかった。

だいたい、人類というものは危機への道を進む自覚を持ちつつ、指導者は代替可能な案を私利私欲のため退け衆愚は盲従し、そろって最悪の選択に突き進む救いようのない生き物なのだった。
しかし、である。
滅びたものはしかたがない。

《神》が今悩んでいるのは、まったく別のこと。世界への貢献とは無縁の、きわめて個人的なことだった。
一つは音楽的なこと。
一つは彼の恋人の美少年天使ジョフィエルのことである。
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