プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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10. 美少年天使ジョフィエルへの《神》のジェラシー

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 この出来事からしばらく経って、オリジナルのいわゆる第一期《ケルビム》は派手なフェアウェル・コンサートもせず、『ファイナル・カット』と名づけたアルバムも出さず、最後のステージを映像に残すこともせず、空中分解同然に解散した。

 ジョフィエルは、暇になったからとオリンポス山の《神》のもとに通いつめ、しまいには帰る手間を省くといって転がりこんできた。
夜毎に求めてくるジョフィエルにたまに気の乗らないそぶりを見せると、とっておきのせつなく愛らしい表情にきらきらした目を添えて天使の微笑みを浴びせてくる。えくぼ二つ分の効果も計算ずみである。それでもダメなら「わかった」と寂しく言い、「こんな気持ちにさせといてひどい」と背を向けて小刻みに肩を震わせてみせる。
これで《神》はイチコロである。こうしてジョフィエルは望むものを確実に手に入れた。雲のキングサイズベッドは連夜波うち、《神》にとって肉体的にはかなり疲れるが、とにかく夢のような日々が続いた。

 ジョフィエルのためにそうとうの時間とエネルギーを費やしていながら、《神》は全曲を新曲が占める新譜を1年のうちに3枚もリリースした。
姑息な既発表曲のライブ収録や別テイク、別ヴァージョン、セッション・ミュージシャンに弾かせたインストルメンタル、リハを兼ねたスタジオ・ラン・スルーなども一切なしである。私生活の肉体的、精神的充実が、彼の芸術活動にハリを与えていた。

 ジョフィエルと《神》が、“EX・《ケルビム》”と添え書きしたジョフィエルの名前と、長ったらしい例の変な名前を連ねて1枚のコラボレーション・アルバムを出したのもこの頃である。
タイトルは『神話集』。初めて契りを交わすことになったあの日にプライベートとして録音した数曲を整理し、2、3の新曲を加えて制作した物だ。

 ジョフィエルは曲の中で、難解な歌詞の合間に《神》への愛を、どさくさまぎれにたっぷりと注ぎこんでいた。
《神》もそれに応えようと努力したのだが、音楽では言葉ほどうまく愛を表現できない。それでも、アルバムは《神》の歴代の作品の中でもっとも叙情的な仕上がりとなった。
《神》は、ここへきて創作活動の新たな1ページが開かれたと思ったが、その後のソロ活動ではテレも手伝って恋愛中の甘ったるい感情があまり表に出ず、『神話集』は彼の音楽活動の特異な1ページとなった。

 『神話集』をリリースするにあたって、ジョフィエルは乗り気だったが、《神》は躊躇していた。そのつもりで聴けば誰かしら、トーチソングだと気づくはずだと、《神》は言った。しかし、ジョフィエルは、表向きは教理と神秘主義、神聖を強調した神学的な詩に仕立ててあるから、そんなバチあたりな聴き方をする者などいないと請け合った。

 二人のアルバムは《神》と元《ケルビム》のファンや一部のマニアだけでなく、多くの亡霊たちの間で高い評価を得、音楽誌でも、珠玉の名盤と絶賛された。
シングル・カットされた『御言葉に耳を澄まして』は、一時チャートの20位までいき、二人が出演するビデオ・クリップの話まで持ち上がった。
だが、結局、《神》が正体を明かすのをいやがり、PVは若くして死んだ男性ダンサー亡霊が全身タイツを着て雲の上で踊り跳ねるという内容になった。

ツアーや音楽番組出演など、ヴィジュアル面でのプロモートは一切なされず、《神》はやはりマイナーなまま。〈姿なき伝説の巨人〉となり、カルト的な人気を博していた。
 
ジョフィエルは《神》への世間の絶賛に触発され、バンド活動にまた魅力を感じ始めていた。
彼はふらふらと地上に降りていっては新しい活動の場を探すようになった。
そして、解散から1年後、《ケルビム》は一部メンバー構成を変え《5エンジェルス》という新しいバンド名で再生した。そうなると、ジョフィエルはまた忙しくなり、デートの機会もめったになくなってしまった。

 一時は体がもつだろうかと危惧したことも忘れ、《神》はつかの間の蜜月を惜しんだ。
《神》の視線を意識してか、ジョフィエルのステージ・コスチュームが変わった。初めて見た時はゲートルを巻いたラメ入り柔道着かと《神》は思ったが、どうやら、グレコ・ローマンをフィーチャーしたチュニックもどきの衣装であるらしい。だが、そんなことで《神》の寂しさがまぎれるはずもない。

 寂しいものだから、ジョフィエルの身の回りの些細な変化にもいちいち神経をとがらせてしまう。
例えば、インストルメンタル・パートで叩く円形のタンバリンを三日月型に変えたのは、夜ごと形を変える月のように心変わりしたというメッセージではあるまいか。
時々、リード・ヴォーカルを新入りの天使に譲るのは、自分に歌声を聴かせたくないからだろうか。等など。何かにつけかんぐり、つい悪い方に意味づけてしまう。

 《神》はジョフィエルの周囲の天使間人間関係にも敏感になっていった。
姿は見えるが音楽的でない音声、つまり話し声は聞こえない。建物や大木の陰に入ってしまうと見えない。加えて、天使族に属する者たちと《神》である自分という埋めることのできない隔たりが、ますます彼を苛立たせた。

 新入りの天使は、ジョフィエルのようなボーイ・ソプラノではないが、他の天使たちと違って声変わりしておらず、ある程度、歌声の張りと艶を保っていた。そのことも、彼を不安にした。ジョフィエルが彼の何か秘訣を伝授したのではないかと疑ったのだ。

しかし、忙しい合間を縫って久しぶりに訪ねてきたジョフィエルにさりげなく訊いてみたところ、その天使は職場放棄が遅かったためまだ天使時代の歌声をひきずっているだけで、近いうちに必ずや割れ鐘かガマのような声になるに違いないと言った。
その言い方から、ジョフィエルと新入りの天使とはあまりソリが合っていないように思われた。

かつてはことあるごとにジョフィエルの体に触れ、ひときわ親密にしゃべりかけ談笑していた背の高い天使も、再結成後はがらっと態度を変えて距離をおくようになっているし、《神》はとにもかくにもほっとしていた。

 しかし、ここへきてまた、安心していられない事態になった。
最近、解散後の再スタートの際に加わらなかった最盛期メンバーの3人が戻ってきたのだ。
中に一人、気がかりな者がいる。ギタリストである。彼はかつての《ケルビム》で、背の高い天使とはりあうようになれなれしくジョフィエルの体に触り、ことあるごとに近づいていた。
後になるとジョフィエルに一番近い位置を確保し、屋外のミーティングなどでは、見るたびにお互い肩を寄せ合っていた。

 ゲスの勘ぐりと軽蔑されるのが怖くて、彼は一度もジョフィエル本人にバンド内の他の天使との関係を訊ねたことはない。近づくのもくっつくのも、唯一残った天使らしい天使としてジョフィエルを崇拝するあまりの所作と自分に言い聞かせてきたが、自分でもそれを100%信じていたわけではなかった。

 ギタリストの天使はすっかり中年顔になっていたが、今もジョフィエルとの距離には充分問題がある。
ジョフィエルはそ知らぬ顔をしているものの、今頃になって戻ってきた、そして、戻ってこさせたというのがどうもひっかかる。

 ジョフィエルを満足させられるのは自分だけだという自負はあった。
できるものならやってみろ。死んでも知らんぞ。と、彼は闘志をむき出しにしてはるかなる高みからその天使をにらみつけた。

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