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第1部:スーツの中のワタシ
第八章:カフェの午後と、すこしの秘密
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休日の午後、街はやわらかな日差しに包まれていた。
人でにぎわう駅前から少し外れた路地裏にある、小さなカフェの角席。
控えめな照明と、カップを置く音が響くだけの静けさが心地いい。
「お待たせしました。」
ふわりとした笑顔を浮かべて現れた河合さんは、ジャケットを脱ぎながら私の向かいに座った。
休日でもきちんとしたシャツに、時計と革靴。
大学生の私とは明らかに違う、“大人の男性”という雰囲気をまとうその人に、少しだけ背筋が伸びる。
「本当に偶然ですね。あのあと、お買い物だったんですか?」
「……はい。ちょっと服を見ていて……。河合さんこそ、こんなところで……」
「僕は取引先とのお昼ごはんの帰りで。時間もあったので、なんとなく、入ってみたら……」
優しい声と視線がまっすぐにこちらを向くたび、心臓が小さく跳ねる。
慣れたとはいえ、ウイッグの具合も気になる。
私は今日、スカートに白いニット。休日にしては落ち着いた格好だ。
仕事で着る女装とは違う、“私服のなお”として過ごす、初めてのカフェ。
「えっと……すごく似合ってます。その……白、すごくお似合いです。」
「……ありがとうございます。」
私は、思わず両手でカップを持って口元に寄せた。
熱くもないコーヒーなのに、顔の火照りを隠すように。
河合さんの目は、どこか穏やかで、どこまでも“女性”として私を見ていた。
疑う様子も、探る気配も、まるでなく――。
(……本当に、女の子だと思ってるんだ)
ふいに、胸の奥がきゅっと痛んだ。
嘘をついているという罪悪感と、それでもこの時間が壊れてほしくないという思いが交錯する。
「なおさんは……その、普段もこうしてお出かけされたりするんですか?」
私は、一瞬迷ったあと、正直にうなずいた。
「はい。最近は……たまに、こうして出かけたりします。」
「……そうなんですね。なんか、わかる気がします。落ち着いてて、雰囲気がすごく合ってるというか。」
また、心が跳ねた。
まるで、自分自身を肯定されたような言葉。
「女性らしいね」ではなく、「あなたらしいね」と言われたような――。
「……そんなふうに言ってもらえると、少し安心します。」
「本当のことですから。」
河合さんは、そう言って笑った。
気づけば、カップの中のコーヒーはもうぬるくなっていた。
けれど、このひとときだけは、まだ少しだけ続いていてほしいと願った。
人でにぎわう駅前から少し外れた路地裏にある、小さなカフェの角席。
控えめな照明と、カップを置く音が響くだけの静けさが心地いい。
「お待たせしました。」
ふわりとした笑顔を浮かべて現れた河合さんは、ジャケットを脱ぎながら私の向かいに座った。
休日でもきちんとしたシャツに、時計と革靴。
大学生の私とは明らかに違う、“大人の男性”という雰囲気をまとうその人に、少しだけ背筋が伸びる。
「本当に偶然ですね。あのあと、お買い物だったんですか?」
「……はい。ちょっと服を見ていて……。河合さんこそ、こんなところで……」
「僕は取引先とのお昼ごはんの帰りで。時間もあったので、なんとなく、入ってみたら……」
優しい声と視線がまっすぐにこちらを向くたび、心臓が小さく跳ねる。
慣れたとはいえ、ウイッグの具合も気になる。
私は今日、スカートに白いニット。休日にしては落ち着いた格好だ。
仕事で着る女装とは違う、“私服のなお”として過ごす、初めてのカフェ。
「えっと……すごく似合ってます。その……白、すごくお似合いです。」
「……ありがとうございます。」
私は、思わず両手でカップを持って口元に寄せた。
熱くもないコーヒーなのに、顔の火照りを隠すように。
河合さんの目は、どこか穏やかで、どこまでも“女性”として私を見ていた。
疑う様子も、探る気配も、まるでなく――。
(……本当に、女の子だと思ってるんだ)
ふいに、胸の奥がきゅっと痛んだ。
嘘をついているという罪悪感と、それでもこの時間が壊れてほしくないという思いが交錯する。
「なおさんは……その、普段もこうしてお出かけされたりするんですか?」
私は、一瞬迷ったあと、正直にうなずいた。
「はい。最近は……たまに、こうして出かけたりします。」
「……そうなんですね。なんか、わかる気がします。落ち着いてて、雰囲気がすごく合ってるというか。」
また、心が跳ねた。
まるで、自分自身を肯定されたような言葉。
「女性らしいね」ではなく、「あなたらしいね」と言われたような――。
「……そんなふうに言ってもらえると、少し安心します。」
「本当のことですから。」
河合さんは、そう言って笑った。
気づけば、カップの中のコーヒーはもうぬるくなっていた。
けれど、このひとときだけは、まだ少しだけ続いていてほしいと願った。
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