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第2章:視線の気配
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月曜の朝。陽介はスーツに腕を通し、鏡を見つめながらネクタイを締めた。昨日の夜、縄の中で過ごした陽菜の残り香が、まだ肌の内側にこびりついている気がした。心地よい緊張と羞恥と、安堵。そのすべてが、現実の陽介とはまるで別人の記憶のようだった。
「いってきます」と呟く声は、どこか乾いていた。
通勤電車の中、つり革に掴まりながらふと視線を感じる。顔を上げると、数人先の女性がこちらをじっと見ていた。陽介と目が合うと、彼女はすぐに視線を逸らしたが、何かひっかかるものがあった。
(気のせい、だよな……)
彼女は総務課の市川だった。柔らかな雰囲気の女性で、社内でも愛想がよく、男女問わず人気がある。とはいえ、部署も違えば話したことも数えるほどしかない。
なのに、その日の昼休み。いつもは社食で食べる市川が、なぜか陽介のデスクまでやってきた。
「西山さん、今って一緒にランチ行けたりします?」
「え、あ……うん、いいけど」
唐突な誘いに驚きながらも、断る理由も見つからず、会社近くのカフェに連れ出される。落ち着いた照明とジャズの流れる空間に、陽介はどこか落ち着かない気持ちで座っていた。
市川はコーヒーをひと口飲むと、静かに口を開いた。
「……昨日、同じ電車でしたよね?」
「うん、たまたまだけど」
「そのとき、すごく真剣な顔をしてたから。なんだか……『別の人』みたいだった」
陽介の心臓が跳ねる。まさか、何か見られた? 着替え? 縄? そんなはずはない。
「気のせいじゃないかな。疲れてただけだよ」
「ふふ、そうかもね。でも……、あの、ちょっと変なこと聞いていい?」
市川がやや声を落とす。彼女の目が、どこかいたずらっぽく、しかし鋭く光っていた。
「西山さんって、女の子の服とか……興味あったり、しない?」
一瞬、空気が凍った。
陽介は笑顔を保とうとしたが、頬の筋肉が引きつっていくのが自分でもわかった。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
市川はふっと目を伏せ、そしてこう呟いた。
「だって、私もそうだから。女の子の服、男の子が着るの……好きなんだよね」
その言葉は、陽介の心に静かに、しかし確実に落ちた。
「いってきます」と呟く声は、どこか乾いていた。
通勤電車の中、つり革に掴まりながらふと視線を感じる。顔を上げると、数人先の女性がこちらをじっと見ていた。陽介と目が合うと、彼女はすぐに視線を逸らしたが、何かひっかかるものがあった。
(気のせい、だよな……)
彼女は総務課の市川だった。柔らかな雰囲気の女性で、社内でも愛想がよく、男女問わず人気がある。とはいえ、部署も違えば話したことも数えるほどしかない。
なのに、その日の昼休み。いつもは社食で食べる市川が、なぜか陽介のデスクまでやってきた。
「西山さん、今って一緒にランチ行けたりします?」
「え、あ……うん、いいけど」
唐突な誘いに驚きながらも、断る理由も見つからず、会社近くのカフェに連れ出される。落ち着いた照明とジャズの流れる空間に、陽介はどこか落ち着かない気持ちで座っていた。
市川はコーヒーをひと口飲むと、静かに口を開いた。
「……昨日、同じ電車でしたよね?」
「うん、たまたまだけど」
「そのとき、すごく真剣な顔をしてたから。なんだか……『別の人』みたいだった」
陽介の心臓が跳ねる。まさか、何か見られた? 着替え? 縄? そんなはずはない。
「気のせいじゃないかな。疲れてただけだよ」
「ふふ、そうかもね。でも……、あの、ちょっと変なこと聞いていい?」
市川がやや声を落とす。彼女の目が、どこかいたずらっぽく、しかし鋭く光っていた。
「西山さんって、女の子の服とか……興味あったり、しない?」
一瞬、空気が凍った。
陽介は笑顔を保とうとしたが、頬の筋肉が引きつっていくのが自分でもわかった。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
市川はふっと目を伏せ、そしてこう呟いた。
「だって、私もそうだから。女の子の服、男の子が着るの……好きなんだよね」
その言葉は、陽介の心に静かに、しかし確実に落ちた。
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